59.正義
腹の調子が治った後、俺はまたサユリの部屋に来ていた。
「ミズキくん、ほんとごめんね?」
サユリは顔の前で手を合わせている。
「いいよ。今日は一緒に作ろ」
俺たちは二人並んでキッチンに立った。
サユリの料理の破壊力はすごかった。
サユリの恋人に立候補し、現在仮免状態の俺だけど、このままでは合格はおろか身体がもたない。
これは早急に解決するべき課題だ。
「前に自炊してるような事言ってなかったっけ? 器具も揃ってそうだし」
冷蔵庫にも食材が入っているし、調味料も種類がある。
普段から使っているキッチンに見えるけど。
「普段は野菜とお肉を切って、塩コショウとか焼き肉のタレで炒めたりしてるから、失敗しないかな。けどそんな手抜き料理をミズキくんに食べさせられないから、この前ははりきって入れすぎちゃった⋯⋯」
サユリは申し訳無さそうに言った。
「なるほど」
俺のためにはりきってくれたんだ。
それはすごくうれしい。
けどそれが隠し味の入れすぎに繋がったと。
「なら、隠し味無しの普通のカレーも作れるってこと?」
「うん。入れなければいいなら作れるよ」
「そう」
じゃあ全然問題ないじゃん。
「ミズキくん、皮剥くの早いね!」
「うちは人数が多いから。大量の皮剥きを手伝ってたらいつの間にか早くなっただけ」
俺が皮を剥いて、サユリが一口サイズに切る。
そうして無事、鍋に具材が入った。
後は15分ほど煮込んでからルーを入れて、更に10分ほど煮込めば完成だ。
待ち時間。時々鍋をかき混ぜながらサユリが俺に質問してきた。
「ミズキくんはどんな女の子がタイプなの?」
その言葉を聞いて俺はサユリに近づく。
「今さらそれ聞いてどうすんの? それよりもさぁ、サユリちゃんのどこが好きなのかを聞いたほうが有意義な時間になると思うんだけど?」
「⋯⋯⋯⋯」
俺の言葉にサユリはわかりやすく赤くなった。
そしてしばらくして、ようやく口を開いた。
「⋯⋯⋯⋯どこが⋯⋯き⋯⋯ですか?」
その声は小声で聞き取れないくらいだった。
サユリは赤い顔をして、モジモジしながら俺を見ている。
自分で誘導しといてなんだけど、その顔は反則でしょ。
「まずは、優しいところ、お節介なところ、元気なところ、明るいところ、よく食べるところ」
「⋯⋯⋯⋯」
サユリは顔を両手で隠しながら聞いている。
俺はサユリの手を剥がし、うなじに手を当て、自分の方を向かせた。
「あとは、きれいな瞳とえくぼが可愛い⋯⋯」
目をまっすぐに見つめながら顔を近づける。
「ヤバいって! チャラ男怖いー!」
サユリは俺の身体を押して遠ざけようとした。
「怖いってなに? 触れられるのが嫌だから怖い? それとも好きになりそうで怖い?」
俺は畳み掛けた。
「知らない! わからない! 一旦解散!」
サユリは顔を真っ赤にしてテレビの前を指さした。
はいはい。ハウスってことね。
俺はご主人様の命令を聞く犬みたいにテレビの前に大人しく座った。
「できたー!」
時間が経って具材に火が通り、カレーの味も染み込んだみたいだ。
早速二人で座って食べる。
「うん! 普通のカレーだ!」
サユリは嬉しそうに笑っている。
「うん。普通のカレーだ」
無事に、カレールーのパッケージの説明書きを忠実に守った、安定の美味しさのカレーが完成した。
「最初からこうしておけばよかったね。今度から普通に作るよ」
「クリエイティブカレーも気持ちはありがたかったけどね」
俺たちはわいわいとカレーを完食した。
夜、サユリの家を出て、駅に向かって歩こうとしていた。
サユリは買い物があると言うので、俺と一緒に家を出てきている。
「それ、急ぎの買い物なの? もう遅いし明日にすれば?」
俺はサユリが心配だった。
「たぶん明日だったら忘れちゃうから!」
サユリはそう言うけど、俺は何となく嫌な予感がしていた。
「じゃあ買い物が終わったら送るから」
「それじゃ往復になるじゃない」
「別に構わないけど」
「いや悪いって!」
送る送らないの話に決着がつかないので、俺がもっと一緒に居たいから的な事を言おうとしたけど、それじゃ泊まりたいみたいになるか。
考えを巡らせていると、最初の角を曲がる直前にサユリが突然叫びだした。
「あっ! スマホ忘れた!」
「じゃあちょうどいいや、もう帰ろ」
「たぶん靴箱の上だから! ここで待ってて!」
サユリはそう言い残すとあっという間に走って行ってしまった。
ここからならサユリがマンションに出入りするところも見えるけど⋯⋯
俺はもと来た道を歩いて引き返しながら、マンションに近づいた。
エントランス付近で待っているけど、サユリはいつまでも出てこない。
トイレにでも行ってるのかな。
電話をかけても出ないし。
サユリに入れてもらえないと俺はオートロックの内側に入れないから、待つことしかできない。
しばらくして、ちょうど別の住人が出てきたので勝手にエントランスの中に入った。
緊急事態なので許して欲しい。
サユリの部屋に向かおうとしたら、反対側の出口の方から、かすかに話し声が聞こえてきた。
ドアを開けると、裏にある公園の隅っこにサユリがいるのが見えた。
「落ち着きましたか?」
「あぁ、ありがとう」
どうやらサユリは、しゃがみ込んでいるお爺さんを介抱していたようだ。
無事で良かった。
お爺さんの方も深刻そうな雰囲気じゃないし。
ほっと胸をなでおろしながらサユリに近づくと、サユリの後ろに停車しているワンボックスカーのドアが開くのが見えた。
「危ない!」
俺がとっさに叫ぶとサユリは俺の方を見た。
俺の声に反応したお爺さんが、病人とは思えない動きで逃げていく。
これ、連れ去りの手口じゃん。
後部座席からぞろぞろと男たちが降りてきた。
少なくとも一人は刃物を持っているようだ。
「逃げろ!」
俺の声は間に合わずに、サユリはすでに男の一人に腕を掴まれていた。
残りの男たちが俺に向かって走って来る。
一人は刃物を振り回している。
俺は襲って来る男たちを、拳に乗せた威圧で吹き飛ばした。
男たちの体は軽々と吹っ飛んで地面を転がる。
次に、サユリを掴んでいる男が呆然としているところを引き剥がして、今度はその男を車中に向かって吹っ飛ばした。
気がついたら男たちは全員伸びていた。
運転手は伸びた男たちを回収し、車を走らせて逃げていった。
⋯⋯⋯⋯やば。
サユリを守ろうと必死だったとは言え、人前で威圧を使ったのは、まずすぎでしょ。
サユリを見ると⋯⋯口を開けて地面にへたり込んでいる。
俺はサユリに怪我が無いことを確認して、すぐに部屋に連れて帰った。
「⋯⋯⋯⋯」
サユリは手に持った、水の入ったコップを見つめながら、何も話さずにいた。
「怪我がなくて良かったね」
俺が苦し紛れに放った一言は、すごく他人事って感じだ。
「えっと、まずは、ミズキくんありがとう⋯⋯」
「どういたしまして」
「⋯⋯⋯⋯」
また沈黙が訪れる。
「ミズキくんって喧嘩強いんだね」
「そう? 空手やってたからかな」
「⋯⋯⋯⋯空手って吹っ飛ばせるんだ」
「まぁ、極めれば飛ぶでしょ」
「それでもあんなには飛ばないよね?」
「⋯⋯⋯⋯そろばんも習ってたから」
「関係ないよね?」
「⋯⋯⋯⋯少年時代に憧れのヒーローから力を受け継いで」
「不思議とそれが一番しっくりくる」
「⋯⋯⋯⋯」
何とか誤魔化せないかな。
でも今日のサユリは酒を飲んでいない。
見間違いでしたは苦しいか。
「本当は⋯⋯⋯⋯なんなの?」
サユリは俺のことを不安そうに見ていた。
本当の事を言えたら良いんだけど。
万が一、サユリから噂が広まるようなら、俺も家族も危ない。
けどサユリはそう言うのを言いふらさないタイプだよね。
それにいつか、人生の伴侶となる人には言うだろうし。
でもいくら何でもそれは飛躍しすぎだ。
俺はサユリに選ばれるかどうかもわからないのに。
「んー霊感強い系みたいな? 今日のところはそれで勘弁して」
結局俺は力があることは認めたものの、その詳細やルーツは隠すことにした。
加えて、絶対に今日のことは他言しないように念押しした。
その後は、あんな事があった直後だから帰らないで欲しいとサユリに言われた。
まぁそうだよね。
自分の秘密のことで頭がいっぱいだったけど、俺が気がつかなかったらサユリがどうなっていたかなんて、想像もしたくない。
「じゃあ、俺は床に寝るから。毛布だけ貸してくれる? 超寒がりだから」
俺は年がら年中毛布にくるまって寝ている。
敷布団もなしに床に寝るなら、間違いなく凍えてしまう。
「ミズキくんがベッド使って? 私が床に寝るから」
サユリはベッドの上の枕や掛け布団を床に下ろし始めた。
「いやいや、女の子を床で寝かすわけないでしょ」
「いやいや、命の恩人を床で寝かすわけないでしょ」
一度は同じ布団で抱き合って眠った関係だけど、当時はお互いに酔った勢いもあったし、今となってはこの関係に決着がつくまでは、そういうことはしないというのは共通の認識らしかった。
そして譲り合いは続き⋯⋯
「宅飲みしようってなったから、友だちに電動自転車借りて、お酒を買いに行ったんだけど、電源入れ忘れてたから脚がパンパンになっちゃって〜!」
「よく漕げたね。普通の自転車よりかえって重かったんじゃないの?」
結局は晩酌が始まっていた。
寝る場所は決まらないし、眠れる気分でもないということで、二人で酒を飲みながら過ごすことにした。
「それでさぁ、帰りの電車の中で座ったまま寝ちゃってて、目が覚めたら聞いたことのない駅にいたの。駅員さんに聞いたら、県境2回越えてた〜!」
「もう本当にそういうの辞めたほうがいいよ」
「ほんと! 気をつけないと、私が無事なのはたまたまだよね〜!」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
いつも以上にハイテンションで、ニコニコしていたサユリが真顔になった。
さっきの事を思い出しているんだろう。
可哀想に。
トラウマになっても不思議ではない。
「ミズキくん、本当にありがとう。私、もっとちゃんとするから。ちゃんとするから⋯⋯」
やっぱり。
から元気だと思った。
とうとうサユリは泣き出してしまった。
「怖かったね」
俺はサユリの肩を抱き寄せた。
「サユリちゃんは悪くないよ。騙す方が悪いんだから。お爺さん心配だったんだよね。助けてあげたかったよね」
サユリは溢れる涙を子供みたいに両手で拭いている。
それでも次から次へと涙が溢れてくる。
「俺、サユリちゃんが大事だから、何があっても助けに行く。だから、サユリちゃんも普段から自分を大事にして。俺からのお願い」
俺の言葉にサユリは何度も何度も頷いていた。




