58.隠し味
サユリの誕生日の夜、サユリは俺のことを信じると言ってくれた。
それによって目に見える関係が変わったわけではないものの、確実に何かが変わり始めているように俺には感じられた。
あれ以降、サユリの"質問してもいい?"も無くなった。
俺たちは今まで通り、講義終わりにご飯に行ったり、デートしたりして二人の時間を過ごしている。
この日は映画を観に来ていた。
「ポップコーン買うの?」
「もちろん買う! うーんと、このペアのやつにしない?」
サユリが指さしたのはポップコーン2種類が一つの容器に盛り付けられているものと、二人分のソフトドリンクのセットだった。
「俺、映画中あんまり食べないから、サユリちゃんのノルマがほぼ倍に増えるけどいい?」
「増える分にはオッケー!」
サユリは嬉しそうにポップコーンを注文した。
今日見る映画は、現在話題沸騰中のアニメーション映画だ。
大人気監督の最新作ということで、たくさんの客がこの映画を目当てに来ているようだ。
ちなみに恋愛ものらしく、この映画を見たいと言ったのはサユリだ。
予約開始時刻と同時に予約をしたから、いい場所が取れた。
もちろんペアシートにしておいた。
「すごいね! ゆったりしてる!」
サユリは満足そうに座った。
映画のストーリーは、現代が舞台で、ヒロインは他の人にはない神秘的な力を持っていて、次々と迫りくる脅威から主人公がヒロインを守り抜くという内容だった。
内容も面白いし、アニメーションもきれいだし、主題歌のバラードもいいし⋯⋯観に来てよかった。
スタッフロールが流れ、サユリの方を見ると⋯⋯やっぱ泣いてるっぽい。
俺はサユリの手の上に、自分の手を乗せて握った。
サユリもすぐに握り返してくれた。
「すごく良かったね! 実は主人公が何度も転生を繰り返しているところなんか⋯⋯」
「そうだね。ロマンチックだと思った」
本人たちには言わないけど、何だかんだ両親みたいな馴れ初めに憧れはあるよね。
絶対本人たちには言わないけど。
それからサユリは映画に出てきた、ヒロインが主人公に手料理を振る舞うシーンに感化されて、今から俺に料理を作ってくれることになった。
好きな子の手料理が食べられるなんて、ラッキーだよね。
俺は少し浮かれていた。
サユリの部屋に着くと、サユリは早速キッチンに立って作業を開始した。
「何作ってくれんの?」
「もちろんカレーだよ! さっきの映画観て美味しそうだったから!」
「じゃあ俺も何か手伝う」
「だめ! お客さんの席はあそこ」
両手が塞がっているサユリは、テレビの方向をアゴでさした。
俺は大人しく言われた場所に座った。
サユリの部屋に来たのは、あの日以来だった。
付き合ってもないのにまた来ることになるとは。
けど、サユリ本人が気にしてなさそうだから、俺も意識しないことにした。
「お母さん料理人さんなんだもんね? 緊張するなぁ」
サユリは野菜の皮を剥きながら、少しはにかんでいる。
「いや、母さんは関係ないでしょ。サユリちゃんが俺のために作ってくれるのがいいんじゃん」
それからたっぷりと時間が経過し、カレーのいい匂いが漂ってきた。
苦戦してるのかと思ったけど、もうすぐ完成かな。
「ミズキくん、お待たせ!」
サユリは満面の笑みを浮かべてカレーライスをローテーブルの上に置いた。
皿の中身は⋯⋯なにこれ?
カレーって言ってたよね?
匂いは間違いなくカレーなんだけど、色がヤバいっていうか⋯⋯なんでちょっと紫?
「おかしい⋯⋯かな?」
サユリは俺の反応を見て不安になったらしい。
「⋯⋯ちなみに何が入ってるの?」
俺は恐る恐る尋ねた。
「人参とじゃがいもと玉ねぎとお肉と⋯⋯」
ここまでは大丈夫そうだよね。
「はちみつとヨーグルトとコーヒーとチョコと焼き肉のタレとナンプラーとジャムと⋯⋯」
はいはい。理解できた。
隠し味フルコースのやつだ。
絶対やったらだめなやつだ。
確かに映画の中の女の子も、隠し味をいくつか組み合わせて入れているような描写があったけど⋯⋯
サユリは大食いだけど、料理音痴?
失礼だけど、これ食べれんのかな?
まぁ、生焼けとかじゃなければ腹は壊さないでしょ。
カレーをスプーンですくって口に近づける。
匂いはカレーだと思っていたけど、近くで嗅ぐと違う匂いがした。
たぶんブルーベリージャムとチョコが強そう。
けどナンプラーも結構主張してるんだよね。
けどサユリの愛情も入ってるはずだから。
俺はためらいながらも覚悟して一口食べた。
あぁ⋯⋯やばい⋯⋯食えない⋯⋯
胃が焼けそうなくらい重い。
「どう?」
サユリは不安そうに俺を見ている。
「うーん。クリエイティブでエキゾチックって言うのかな⋯⋯どこの国かはわかんないけど」
俺はできるだけ遠回しに答えた。
「それって褒めてないよね⋯⋯?」
「一口食べてみる? ほら、あーして」
俺はスプーンにほんの少しだけカレーをすくってサユリの口に入れた。
サユリは口に入った瞬間に顔を歪めて⋯⋯
「ごめんなさい!」
頭を勢いよく下げた。
幼馴染のアイツがサユリを選ばなかった理由って、まさかこれ?
そんなすごく失礼な考えが浮かんでしまうほど、パンチの効いた味わいだった。
「いや、こちらこそごめん。まぁせっかく作ってくれたし、この一皿分はありがたくもらうから⋯⋯」
俺はもう一口すくって食べようとした。
「だめだって、お腹壊しちゃうから!」
サユリは慌てて俺から皿を取り上げた。
「いやでも俺はサユリちゃんの全部が欲しいって、最初に自分で言ったし」
そうだ。
これはきっと試されているんだ。
「じゃあじゃあ! 今度はミズキくんも一緒に作って? その方が私は嬉しいから。ね?」
サユリはそう言ってくれた。
その言葉に甘えておいてよかった。
結局、俺はカレーを一口しか食べていないのに、翌日しっかり腹を壊した。




