57.思い違い
この日はサユリの二十一歳の誕生日だった。
前回のデートで俺は、サユリに恋人は一人で良いのかと尋ねられた。
俺のだらしなさがサユリを不安にさせていることが分かり、自分なりに誠意を持って答えたつもりだ。
そしてそんな俺に、サユリは誕生日当日を一緒に過ごす権利を与えてくれた。
サユリは俺のことを信じようとしてくれているのかもしれない。
いつもはサユリの行きたい場所に出かけていた俺たちだったけど、今日のサユリの希望は、俺に全て任せたいとのことだった。
女の子のために真剣にデートコースを考えるなんて初めてかもしれない。
けど、自分なりにサユリの喜ぶ顔を思い浮かべながら決めた。
「潮風! 最高〜!」
サユリは潮風を全身に浴びながら両手を広げている。
ライトグレーのワンピースの裾が風にたなびく。
俺たちは今、港に来ている。
これから海沿いの大型商業施設にある、ちょっとお高いレストランでランチの予定だ。
「じゃあ、行こうか」
俺はサユリの手を引いて目的地に向かった。
「え⋯⋯こんないいお店⋯⋯今日は何かお祝い事だっけ?」
サユリはとぼけたことを言い出した。
「なに言ってんの。サユリちゃんのお誕生日でしょ?」
「まじか⋯⋯やったー!」
このお店はカウンター席を予約すると、目の前の鉄板でシェフがステーキを焼いてくれる。
シェフがひしゃくを傾けて、鉄板の上の肉にアルコールが注がれると、大きな火柱があがる。
「おぉ〜」
「おぉ〜」
俺たちは二人仲良く小さな歓声を上げた。
「美味しい⋯⋯お肉もお口もとろける⋯⋯」
サユリは目を閉じて、じっくりと味わって食べていた。
さすが、いいお店のステーキは格別だった。
ランチを楽しんだ後は、商業エリアに移動して、色々な店を見て回った。
日中はもう暑い時期だから、屋内で過ごすのが良いかと思って。
お互いにどんな服が似合うか話しながら服屋を見たり、雑貨を見たりした。
「ねぇねぇ! 次はどこに行くの?」
夕方、サユリはワクワクした様子で尋ねてきた。
「きっと気に入ると思うよ? サユリちゃんはお姫様にでもなった気でいてよ。夜もお肉出てくると思うけど、雰囲気違うだろうし、いいよね?」
「本当に? 楽しみすぎる⋯⋯お肉はなんぼでもいけます!」
サユリは元気よく答えた。
夜はディナークルーズを予約していた。
窓から港町の夜景を見ながら食事を楽しんで、ピアノやバイオリン、フルートの生演奏も聴けるという豪華さだ。
とは言え学生の身分でも十分手が届く価格のもので、周りの客の中には自分たちと年の近そうなカップルも大勢いた。
「ほんとに? ほんとに?」
乗船してからというものの、サユリはずっと小声で騒いでいた。
けれど、食事と演奏が始まると静かになった。
表情を見る限り、楽しんでくれているようだ。
ほんと、きれいに、幸せそうに食べるな⋯⋯
しばらくして、船内のBGMが変わり、バースデーケーキが運ばれてきた。
サユリは顔の前で手を組んで目を輝かせていた。
お店の人が二人の記念写真も撮ってくれた。
「ケーキはお持ち帰りもできるみたいだけど、どうする?」
「もちろん食べる!」
サユリはそう言ってきれいに完食してくれた。
その後は、オプションでついてきた花束と自分が用意したプレゼントを渡した。
周りのテーブルから歓声があがったけど、交際前の誕生日だと知ったら笑われるだろうか。
プレゼントはアロマキャンドルにした。
サユリの誕生石のルビーを散りばめたようなデザインがきれいだと思ったから。
サユリは目を輝かせながらキャンドルを手に取り、角度を変えながら眺めていた。
「やばい。嬉しすぎて鼻血出そう」
「いいよ。俺がいつでも拭いてあげるから」
「そんな、涙を拭いてあげるみたいに言われても⋯⋯」
サユリは照れくさそうに笑った後、つぶやいた。
「本当にお姫様になった気分だ⋯⋯」
そうだよ。
サユリちゃんにはそれだけの価値があるから。
キザな男の詰め合わせコースって感じだけど、この顔が見られるなら頑張ってよかったな。
食事の後は、船内を見て回ったり、デッキに出て海を眺めたり自由に過ごしていいことになっていた。
二人で横に並び、手すりに身を預け、海を眺める。
港は色とりどりのライトで照らされていて、その光が水面にも映って輝いている。
宝石箱って表現がぴったりだ。
「贅沢すぎ! 本当にお金大丈夫?」
「大丈夫。こんなことでもないとお金使わないから」
「ええ! それを私のために⋯⋯お返ししたいけど、ミズキくんの誕生日終わっちゃってるし! 今度なにかご馳走するからね!?」
「じゃあ、来年期待してるね」
「⋯⋯⋯⋯」
いつもの軽いトークのつもりだった。
けれどもサユリは黙ってしまった。
長い沈黙のあと⋯⋯⋯⋯
「⋯⋯⋯⋯ねぇ、色々聞いてもいい?」
サユリは真剣な表情をしていた。
これはサユリが俺と向き合ってくれる大切な時間が始まる合図だ。
「いいよ」
俺はサユリに目線を移した。
サユリから質問されて、初恋やファーストキスはいつだったか、初めての彼女はどんな雰囲気の子だったかなんていう話をした。
飲み友だちの時にも軽くは触れた話題だったはず。
だから、これはたぶん、より踏み込んだ話に持っていくための導入なんだというのがわかった。
そしてとうとう、その質問をされた。
「⋯⋯⋯⋯ミズキくんは、何十人と経験があるの?」
⋯⋯⋯⋯来た。
サユリは不安そうな表情でこちらを見ている。
いつかは聞かれると思ってた。
それにしても、質問の段階ですでに桁がおかしいんだけど。
「これは正確に答えられる。ゼロだから」
俺はサユリの目を見て答えた。
こんなにきれいで贅沢な夜景をバックに、俺はいったい何を言わさせられてるんだろう。
「ミズキくん⋯⋯私、真剣に聞いてるんだけど⋯⋯」
サユリは戸惑っている。
「真剣に答えてるよ。嘘だと思うなら確かめてもらって構わないけど」
俺はサユリの方に向き直った。
「確かめようがないじゃない⋯⋯」
「そうだよ。だからサユリちゃんが信じるか信じないかだよ」
サユリは透き通るような目で俺のことを見上げている。
「どうして? 理由は?」
「俺の実家は祠の管理が仕事でしょ? それ関係で」
血筋の話は出来ないから、俺が言えるのはここまでだ。
「そうなんだ。じゃあずっとしないの?」
「遊びではしないね。未来がある付き合いじゃないと」
「⋯⋯⋯⋯」
サユリは黙ってしまった。
そりゃそうだ。
俺たちはまだ学生だけど、同い年の中には後二年もすれば結婚する人だって大勢いるだろう。
サユリだって今から付き合う相手に対して、そういうのがチラつくことだってあるかもしれない。
「最初に言わずにごめん。結構大事なことだよね。だからもし、サユリちゃんがそこのところ重要視するなら、俺が期待に応えられるかは分からない。付き合う前に相性を確かめたいって思うんなら、俺には出来ない」
チャラ男なのにそこだけは意地張って貫き通そうとするって、意味わかんないよね。
俺が普通の男ならきっと、こんな事にはならないはずだから。
「私は思い違いをしてたのかな」
サユリの声は消えそうだった。
俺はその言葉にどう答えて良いか分からなかった。
サユリの目には俺が救いようのない大嘘つきに映ってるんだろう。
二人の間に沈黙が流れる。
それでも船はゆっくりと進み続け、徐々に方向転換していく。
このまま港に帰って、今日はおしまいだ。
俺は手すりにもたれながら、波がうねるのを見ていた。
サユリはさっきからずっと俺の横顔を見ているみたいだ。
もうここでフラれるんだろうな。
きっと、気まずくならないように、船が港に着く直前に。
これが最後の思い出か⋯⋯
ため息が出そうになるけど、今日はめでたいサユリの誕生日だからね。
船内にアナウンスが流れた。
もうすぐ夢のような時間は終わる。
覚悟を決めて目を閉じるとサユリが深呼吸する音が聞こえた。
「私、ミズキくんのこと信じる。出会った頃のミズキくんは、たくさんの女の子の間をフラフラしてたって言う割には、いつもどこか寂しそうだった。けど、最近は寂しそうな顔をしなくなった。それだけ私のこと好きなんでしょ? 一緒にいて満たされてくれてるんでしょ? 私もミズキくんのこと見習って自分に自信持つね」
サユリは女神のように優しく微笑んでいた。




