56.証明
あれから俺たちは、デートを重ねていった。
牧場での乗馬体験やバター作り、釣り堀など⋯⋯普段なら行くことがない場所ばかりだった。
サユリはなかなかにアクティブなデートが好みみたいだ。
それに実際に運動神経も良さそうだし。
他人からすれば、俺は彼女に振り回されているように見えるかもしれない。
けど、サユリと過ごす中で、今までは積極的に知ろうとしなかった世界が見れるのを楽しみにしている自分がいた。
そして今日、俺たちは観光地に来ていた。
この街は世界的にも有名な場所で、寺や史跡が点在している。
サユリの目的はこの街の雰囲気を楽しむこと、グルメを堪能すること、そして浴衣を着ることだ。
俺たちはまずは、浴衣をレンタル出来る店にやってきた。
この店では夏限定で浴衣を借りることができて、着物はオールシーズン貸し出しているんだとか。
まずは席に案内されて、プランの説明を受けたり、浴衣の種類を選んだりするようだ。
隣のブースからは、カップルが楽しそうに浴衣を選び合っている声が聞こえてくる。
「じゃあ、私たちもお互いにどの浴衣にするか選びっこしない?」
サユリは小声で提案してきた。
「いいよ。どういう系がいいとかある?」
「私は何でもいい! 全てお任せコースで! ミズキくんは?」
「俺は派手じゃなければ何でも」
そんな会話の後、俺はサユリに白地に薄紫色の柄の浴衣を選んだ。
大きな牡丹の花が描かれているのが印象的だ。
帯は薄ピンクで、ヘアセットはアップスタイル。髪飾りは白でお願いした。
サユリが俺に選んでくれたのは、暗い灰色の浴衣と薄灰色の帯だった。
その後は別々の部屋に分かれて着付けをしてもらった。
お店の人からSNS掲載用に写真を撮らせてもらえないかと頼まれたけど断った。
サユリはヘアセットもあるから着付けに時間がかかっているみたいだったけど、写真を断った手前、なんだか気まずいので、先に外に出て待つことにした。
サユリを待っている間、女の子の二人組や海外からの観光客から、写真を一緒に撮ってくれと頼まれたのも断り、だんだんと居心地が悪くなってきた。
サユリはまだかな。
店の出入口に目線をやると、そこにはサユリが立ちつくしていた。
サユリの浴衣姿は、俺の予想通りとても良く似合っていた。
サユリは色白だし、顔立ちも上品だからシンプルなのが良いと思ったんだよね。
「サユリちゃん、よく似合ってるよ。可愛いね」
俺はサユリの方に歩いていきながら声をかけた。
けれどもサユリは口を開けたまま固まっている。
「どしたの?」
サユリの反応はいつまでも返ってこない。
「ミズキくんて⋯⋯フェロモンかなにか出てる?」
やっと声を発したサユリから出てきたのは、そんな言葉だった。
「そりゃ出てるでしょ。生き物なんだから」
「いや、そういうレベルの話じゃなくて⋯⋯」
「なに? 俺に見惚れたって?」
俺はサユリに顔を近づけた。
「ひぃ〜!」
サユリは俺から距離を取るように飛び上がる。
とは言え足元が草履なので、いつものような俊敏さはない。
「これから隣を歩くって言うのに、サユリちゃんはそんなひどい反応をするんだ?」
俺はわざと拗ねたように言った。
「えっ、これ隣歩くの⋯⋯」
「ほら、抹茶パフェ食べに行くんでしょ?」
俺はサユリに手を差し出した。
「食べる! あと、にしんそば!」
サユリは笑顔で俺の手を取ってくれた。
目的のお店に向かうために、ゆっくりと歩きながら坂道を登る。
道の左右には土産物屋や茶店などがずらっと並んでいる。
道幅が狭いから、すれ違う人との距離もそこそこ近い。
「これがイケメンが見ている世界なんだね。かなりの確率で女の子がミズキくんのことを振り返るよね」
サユリはまだそんな事を言っていた。
「浴衣着てるのは少数派だし珍しいんでしょ。もしくはお似合いのカップルに見えるとか?」
サユリの反応を見ようと思って言ってみる。
「いやいや私なんか⋯⋯」
サユリは全力で顔の前で手を振り謙遜している。
「サユリちゃんは自分に自信なさすぎじゃない? そこだけは俺を見習った方がいいよね」
サユリにはマイルド自虐が染みついている。
それは知り合った直後から分かっていた。
もしそれが、幼馴染のアイツの影響だとしたら俺はアイツを許せない。
「でもそれは⋯⋯」
サユリは困った顔をしていた。
俺はサユリの手を引いてメインの道から少し逸れた所にサユリを連れ込んだ。
サユリの頬を両手で包みながら言う。
「もうそういうのは無し。俺はサユリちゃんが好きで、可愛いって思ってる。それでも自信持てない? 俺がイケメンならイケメンのお墨付きなんだよ?」
とんでもないナルシスト発言だけど、俺は自分自身の長所を否定するつもりはない。
「⋯⋯⋯⋯ぷはっ! あははっ! ミズキくんはすごいね? そんな真剣な表情で! あはは!」
サユリは大笑いしていた。
一瞬で目が無くなって、代わりにえくぼが現れる。
その顔をずっと見たかったんだよね。
「そうやって笑っときなよ。せっかく浴衣も似合ってるんだから」
俺は人差し指でサユリのえくぼをつついた。
「ありがとう。ミズキくんは最強だ!」
こうしてまた手を繋いで歩き出した。
「ミズキくんのそういうところいいよね! 自信満々なところも魅力を引き立てるんだろうね!」
「そうだろうね。雰囲気イケメンていうジャンルがあるくらいだから。俺は違うけど」
「ははっ! すごい! 振り切ってる! これはモテる!」
「なに? サユリちゃんも俺のこと好きになっちゃった?」
「ははっ! チャラすぎ〜!」
しょうもない話をしながら歩いているうちに、サユリのお目当ての抹茶専門店についた。
人気店なので行列は出来ていたものの、回転も速いようであまり待たずに店内に入ることができた。
「いっただっきまーす!」
満面の笑みのサユリの前にあるのは、抹茶パフェだ。
クリームやあんこ、わらび餅なんかも入っているようで、サユリの顔が隠れるくらい大きい。
俺は抹茶のモンブランにした。
「美味しい⋯⋯美味しすぎる!」
サユリは幸せそうな顔をしていた。
食べている時の顔、好きだな⋯⋯
「ミズキくんもどう?」
サユリは俺にスプーンを向けている。
「いいよ。サユリちゃんが全部食べなよ」
「でも本当に美味しいから⋯⋯」
サユリがそこまで言ってくれるならいいか。
「じゃあ、ちょうだい?」
俺が口を開けるとサユリはパフェを食べさせてくれた。
「美味しいね」
「でしょ!?」
サユリは嬉しそうにしていた。
「じゃあ、お返し」
今度は俺がモンブランをフォークですくって、サユリに差し出した。
「やったー!⋯⋯⋯⋯美味しい!」
サユリはまた幸せそうな顔をした。
「全部あげたいくらいだね」
この顔が見られるなら、いくらだって食べさせてあげたくなる。
「ええ! 両方は食べられないよ!」
サユリは大笑いしていた。
お店を出て、街並みを楽しみながら歩いた俺たちは有名なお寺にたどり着いた。
「あんなとこから飛び降りる思いって、すごい思いだね⋯⋯」
「サユリちゃん、なんだか危なっかしいから、あんまり身を乗り出さないで」
サユリは夢中になってお寺の写真を撮っていた。
お参りをしたあとは、すぐ近くにある神社に来た。
ここは縁結びで有名な神社で、敷地内にある二つの石の間を目を閉じて歩き、無事に辿りつけたら願いが叶うとされている。
「サユリちゃんやれば? 人にぶつからないように見といてあげるから」
ここに来た人たちは、結構な割合でやって帰るみたいだし。
「出来るかな⋯⋯そんなに遠くないし、真っ直ぐ行けば良いもんね!」
サユリは目を閉じて歩き出した。
俺は斜め後ろを歩きながら、サユリの歩みを見守る。
ふと目に入るのは、白いうなじ⋯⋯
「ここでしょ!?」
サユリの声で我に返る。
自信満々な様子だけど、その手は宙をかいている。
「惜しい。もうちょっと左、あともっと下の方」
俺が口頭で誘導すると⋯⋯
「あ! あった!」
サユリは無事に反対側の石に触れることができた。
「ミズキくんもやりなよ!」
俺はこういうのは柄じゃないんだけど。
「まぁ、サユリちゃんがサポートしてくれるなら」
俺はサユリがゴールした石からスタートした。
「がんばれミズキくん! いいよ!」
サユリは元気よく応援してくれている。
ここは人通りも多いしあんまり騒がないで欲しいんだけど⋯⋯
恥ずかしくてつい目を開けそうになるけど、なんとかこらえた。
「そろそろ?」
「近い! もうちょっと右!」
サユリの案内に従うと、石に触ることができた。
「やった。ゴールだ」
「おめでとう! ミズキくん!」
サユリはハイタッチしてくれた。
交際前の二人がお互いをサポートし合って縁結びを願うという、なんとも不思議な状況に、くすぐったいような感情を抱いた。
その後は着物の返却の時間が近づいて来たので、来た道を戻った。
夕暮れ時、私服に着替えた俺たちは川の堤防に座っていた。
他にもたくさんのカップルが腰かけているけど、みんな自然と等間隔に離れているのが不思議だ。
川の流れを眺めていると、サユリが口を開いた。
「ねぇ、ちょっとおかしな質問してもいい?」
なに?突然。
普段から少し変なことを言うサユリが、わざわざ事前に確認してくるということは、覚悟したほうが良さそう。
「まぁ、いいけど⋯⋯」
「その⋯⋯⋯⋯」
サユリは言い淀んでいる。
「ミズキくんがモテるのはよく分かった。それで⋯⋯⋯⋯ミズキくんはもともとたくさんフレンドがいたんでしょ? えっとその⋯⋯恋人は一人でいいの?」
サユリは不安そうな顔をしている。
まぁそうだよね。
今まで素行が悪かった男に急に言い寄られて、ホイホイ簡単に信用できるはずもない。
俺は行動で示せばいいと思っていたけど、ちゃんと言葉でも言わないといけないよね。
「俺が恋人を作らずにフラフラしてたのは事実。フレンドの中には彼氏がいる女の子だっていた。ちゃんとしてる人から見たら、相当だらしない生活をしてたと思う。けど、好きでもないのに好きって言ったり、恋人がいる状態で他の子ともどうこうなったりっていうのは一度もないから。サユリちゃんのことを好きになってからはフレンドたちとは全員関係を終わらせた。サユリちゃんと恋人になれるなら、女関係で泣かすことは絶対にしない」
俺は正直に答えた。
「そうなんだ」
サユリは俺の目をまっすぐ見つめている。
「今すぐ信じてくれとは言わない。サユリちゃんが俺に時間をくれるって言うなら、ちゃんと証明してみせるから。不安な時は何でも聞いて? 正直に答えるから。それくらいしか今は思いつかない」
俺の言葉は答えになっているんだろうか。
「わかった。ありがとう」
サユリは何かを考え込んでいるようだった。




