54.欲しい
あの日以来、いつもの二人での飲み会はなくなった。
大学で会えば、今までと変わらないノリで話す程度。
別に仲が悪くなったわけではない。
俺は何も間違えてない。
いくらそう自分に言い聞かせても無駄だった。
サユリへの気持ちに気づくと同時に、結局のところ俺はアイツの身代わりにしかなれないってことを実感してしまった。
心がもっと空っぽになったという事実は変わらない。
俺は家の隣の公園のベンチに座って、ぼーっと過ごしていた。
すると、遠くから見覚えのある人物が歩いてきた。
「ラッキー! いたいた! ミズ吉〜!」
「え? ショウ五郎?」
声をかけてくれたのは、幼馴染のショウゴだ。
ショウゴは大学から地元を離れて隣の県で一人暮らしをしている。
最後に会ったのは正月だったかな⋯⋯
まさかこんな中途半端な日に会えるとは思わなかった。
あと、俺たちは小学生の頃から変なあだ名で呼び合っている。
ショウゴの隣には、同い年くらいの女の子が立っていた。
「彼女に地元を案内しようと思って、ふらっと帰ってきた! ミズ吉の家の近くをうろついたら会えるかと思ってこっちまで来てみた!」
「メッセージ入れてくれたらいいのに」
俺は手に持っていたスマホを振りながら言った。
けど内心嬉しかった。
ショウゴが彼女とのデートコースに俺の家を加えてくれたことが。
「こちらが俺の彼女のアカリちゃん!」
「初めまして」
アカリちゃんは清楚で明るい女の子って感じだ。
「よろしくね。アカリちゃん」
俺は立ち上がって挨拶した。
「イケメンだからって惚れないでくれよな! こいつの家は母ちゃんも美人だし、姉ちゃんも妹も可愛いし、ほんと規格外だから⋯⋯」
ショウゴの言葉に彼女は苦笑いしている。
「そういうの、こっちも彼女も反応に困るから止めてくんない?」
「悪い悪い」
ショウゴは彼女の方をちらっと見て少し安心したような表情をした。
俺だってそこまで見境なく行かないから!
確かにこういう場面のあと、友達の彼女から連絡が来て、彼のことで相談があるだとかプレゼント選びに付き合って欲しいだとか言われることはあった。
けど万が一そんなことがあっても俺は絶対に行かない。
色々間違えてる俺でも、そこは間違えていないつもり。
それに、ショウゴが選んだ彼女が、ショウゴを選んだ彼女がそんなことするわけないんだから。
それからしばらく三人で座って話した。
小学生の時に俺が通学路にいる犬に吠えられてビビってた所を、ショウゴはいつも犬側を歩いて帰ってくれた話とか、小中と俺が休んだ時はいつもプリントを家に持って来てくれた話などを彼女は興味深く聞いてくれた。
ショウゴと彼女が帰って寂しさを感じていた俺は、そのまま公園で子どもたちが遊んでいるのを眺めていた。
男の子二人と女の子二人の四人組。
年は離れてそうだけど兄弟なのかな。
もうすぐ日が暮れるし、子どもたちもそろそろ帰るんだろう。
そしたら俺も帰ろう。
家に帰ったって賑やかなんだし。
そう思っていたらスマホが震えた。
久しぶりにサユリからのメッセージだった。
"撃沈! 焼け鮭!"
はぁ⋯⋯
何が起こったのかは、なんとなく想像がついた。
やけ酒の漢字間違ってるし⋯⋯
大学の近くの公園にいるというので、俺はすぐに向かった。
公園に着くとサユリはベンチに座って酒を飲んでいた。
サユリの横にはコンビニ袋に入った大量の酒の缶。
いや、これ全部飲んだらさすがに死ぬでしょ。
「ねぇ、女子大生だよね? こんな時間から公園で一人やけ酒ってどういう神経してんの?」
俺はコンビニ袋を取り上げて、隣に座った。
「一人だとやばいから、ミズキくんを呼んだんじゃ〜ん」
サユリは笑いながら、袋に手を伸ばして来た。
「何本目?」
「そんなの数える意味ないから」
「はぁ⋯⋯もう没収」
「えぇ⋯⋯一緒に飲んでくれるんじゃないの?」
サユリは赤い顔をして、俺を上目遣いで見ている。
「とりあえず一旦水にして」
俺は近くの自販機で買った水のペットボトルをサユリに渡した。
サユリは不満そうだったけど、俺の言う通りにした。
「で、何があったの?」
別に聞きたくもないけど、一応聞かないとね。
「アイツ⋯⋯彼女が出来たって。しかも中学の同級生! 私とあの子は何が違うんだろ⋯⋯」
予想通りというか、何というか。
「あっそ。じゃあもう諦める?」
「そんな簡単に言わないでよ⋯⋯」
サユリはいつの間にか泣いていた。
なんでここまで諦めが悪いんだろう。
アイツにいったいどれだけの魅力があるんだろう。
サユリが言ってた通り、これはもう呪いの域だ。
聞いてるだけで、すっごくイライラする。
サユリには悪いけど、これは俺にとってはチャンスだ。
弱っているところにつけ込むなんて、ずるいかもしれない。
けど、ここで黙って見ていられるほど出来た男じゃない。
俺は隣に座るサユリを抱きしめた。
「待ってよ。離してよ」
サユリの声は弱々しかった。
「離してよ、じゃないでしょ。この前だって一晩中こうしてたじゃん」
「⋯⋯⋯⋯」
「こんなことされたくないなら、何で俺に連絡したの? 何で女友達じゃなくて俺にしたの? こういうのを期待してたんじゃないの?」
「⋯⋯⋯⋯」
「サユリちゃんはズルいよね。俺の気持ちを弄んで」
「⋯⋯⋯⋯」
いつかの女の子が、泣いていた気持ちが少しだけ分かった気がする。
「ねぇ。もうそんなやつのことは忘れて、俺にしない? 雰囲気が似てるんでしょ? じゃあ俺でもいいじゃん」
「⋯⋯⋯⋯」
俺の言葉に対して、サユリは何も言ってくれなかった。
ただただ静かに俺の腕の中で泣いていた。
サユリの涙を見ると胸が苦しくなる。
なんでアイツにはそこまで心を動かされるの?
ほんの僅かでもいいのに、なんで俺では動かせないの?
アイツと俺では何が違うの?
またアイツの腕の中にいる妄想でもしてるの?
「俺はサユリちゃんのことが好きだ。俺ならもっと大事にする。お願い、俺の事を見て? 俺の全部をあげるから、サユリちゃんも俺にちょうだい? 一部でもいいから、辛い所だけでも、苦しい所だけでもいいから⋯⋯」
気がついたら言いたいことを全部言っていた。
ここまで俺が言っても、サユリは何も言ってくれない。
変わらず俺に抱きついたまま泣いていた。
しばらく経つと、いつの間にか二人の身体は離れていて、並んでベンチに座っていた。
俺は少しずつ冷静になってきた。
なにこれ、どういう状況だった?
俺、なんかすごいこと言ったよね? ダサすぎ。
失恋して酔っ払って泣いてる女の子に対して、俺を愛して欲しいって言いながらすがりつくなんて⋯⋯
その後もしばらく沈黙が流れていた。
サユリは⋯⋯起きている。
でも一言も喋らない。
いや、何か言ってよ。
俺めっちゃ恥ずかしいんだけど。
もしかして、まだ俺のターンが続いてる?
さらに時間が経過し、ようやくサユリが口を開いた。
「ありがとう。ミズキくんの言葉⋯⋯嬉しかった」
あぁ、お断りパターンじゃん。
深呼吸をしたあと、覚悟を決めて続きを聞いた。
「あんなに情熱的な言葉をもらって、これ以上幸せなことはないよ。私だってミズキくんのことは、どこか特別だと思ってる。けど、私は物心がついた時からずっとアイツが好きで⋯⋯簡単に切り替えられるほど器用じゃない」
「⋯⋯⋯⋯」
「だから、お互いにちょっとずつ分け合うところから始めてもいいかな?」
⋯⋯つまりどういう意味?
「仮免合格ってこと?」
俺は質問した。
「あはっ! その表現じゃ私は何様って感じだけど、これからもっとミズキくんと向き合って知っていきたい」
サユリは少し照れたような顔で笑っていた。
どうやらサユリは俺の言葉に少しだけ心を動かされてくれたみたいだ。
こうして俺たちは友達以上恋人未満の関係になった。




