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巫女と悪魔が交わした約束  作者: 水地翼
第6章:ミズキ前編〜孤独と秘密と本気の恋〜
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53.空っぽの心


 その日も俺とサユリはいつものように居酒屋に来ていた。


「荷物が全然片付かないから助けて! って言われたから家まで手伝いに行ったの。そしたらもう、足の踏み場もないくらいぐちゃぐちゃで〜」


「ふーん」


 結局サユリはアイツの家に行ったんだ。

 じゃあ、何かが起こるとすればこのタイミングだよね。

 そんな風に思いながら話を聞いていた。


「それなのにアイツは途中から私一人に片付けさせて、女の子と電話し始めてさ〜」


 サユリは笑いながら言った。

 なにそれ。

 俺はいよいよ"アイツ"の事が本格的に理解できなかった。

 いや、理解はできるか。

 都合良くサユリを扱ってるだけだって。

 なんだかすごくイライラする。


 それは、そんな扱いを受けてもヘラヘラしてるサユリに対しても⋯⋯


 俺はいつもより酒を飲むペースが上がっていた。



 2人ともが出来上がってきた頃、サユリが燃料を投下した。


「それでさ、ちょっといい雰囲気になったの。肩を抱き寄せられて⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

「そういえば経験あるのかって聞かれた。無いって答えたら、この年で経験のない女とかありえんって笑われた。重くて手を出せないって言われた⋯⋯」


 サユリは酒を飲みながら、伏し目がちに言った。

 その言葉を聞いた瞬間、怒りが湧いてきた。

 もうこれ以上聞きたくない。

 何の拷問?


「俺にはアイツの考えはよくわからない。そんなの関係ある? 好きならむしろ嬉しかったりするんじゃないの? はっきり言うけど女としても、友達としても、全く大事にされてないよね」


「⋯⋯⋯⋯」


 サユリはひどく傷ついたような顔をしていた。


 それからもサユリは何か考え事をしながら静かに酒を飲み続けていた。

 俺の発言がサユリを傷つけたのは明らかだったけど、俺は謝る気にはなれなかった。

 居心地が悪かった俺は、黙って酒を飲むしかなかった。

 結局、会は最悪な空気でお開きになった。




 店を出た後、サユリは駅に向かって歩き出そうと俺に背を向けた。

 それからしばらく立ち止まったと思ったら、俺の方を振り返ってこう言った。


「ねぇ、ミズキくん。今晩、泊まっていかない?」


 サユリは色素の薄い透き通った瞳で俺を見ている。

 その瞳は少し潤んでいて、頬は赤く上気していた。


「相当酔ってるね。タクシー奢ってあげるから、それで帰りな」


 俺はスマホのアプリでタクシーを呼ぼうとした。

 するとサユリは俺のスマホを取り上げた。


「お願い。もう少しミズキくんと一緒にいたいの」

 

 縋るような目だった。

 そんな目で俺を見ないでよ。


 今までだったら、他の女の子だったらすぐについて行ってたと思う。

 けどサユリはだめでしょ。

 何故かは分からないけど、俺はショックを受けた。


「俺はそういうのもう辞めたから。他の奴を誘えば?」


 俺は断った。

 実際にそうだ。

 ここ最近はなんとなく、そういう誘いを断っている。


「いやだ。ミズキくんがいいの」


 サユリは確かにそう言った。

 なにそれ。

 まるで俺が特別みたいに⋯⋯


「お願い。私たち、友達でしょ?」


 サユリの声は心から俺を求めてくれているように聞こえた。

 けどそれは⋯⋯俺にはそう聞こえたってだけだった。

 



 結局、俺はサユリの部屋に来た。

 サユリがシャワーを浴びている音が聞こえる。


 女の子に誘われたからついて行った。それだけ。

 お願いされたから、無下に出来なかっただけ。

 俺は今までずっとそんなことばっかりしてきた。

 だからサユリだって同じだ。

 多少酔ってるってだけで、俺はいつも通りだ。


 自分への言い訳を考えている内に、サユリが風呂場から出てきた。



「じゃあ、ここどうぞ」


 サユリは俺をベッドに招いた。

 お言葉に甘えて布団の中に入り、サユリの希望通りに正面から抱きしめた。


 サユリの身体は温かくて柔らかかった。

 今まで抱きしめた女の子たちの中でも、ここまで身体に馴染む感じがするのは初めてかもしれない。

 サユリが呼吸するたびに、その規則的な動きが腕に伝わってくる。

 ふわっと香るシャンプーの香り⋯⋯何度も似たような香りを色んな女の子から感じて来た。

 心が落ち着く瞬間のはずが、今日は胸を締めつけられるみたいだ。 


 しばらく抱き合っていると、サユリの呼吸が少し深くなってきた。

 そして俺の頬に手を添えて見つめてきた。

 

「なに? 言いたいことがあるなら言えば?」 


 サユリの望みはなんとなく分かった。

 けど、飲み友達であるサユリ相手にそれをして良いのかは俺には分からない。


「キスしたい⋯⋯」


 サユリの声はギリギリ聞き取れるくらいの大きさだった。

 透き通った瞳は、熱っぽく潤んでいた。

 なんだ、こんな顔もできるんじゃん。

 なんでアイツはこの表情の続きを見たがらないんだろう。


 その言葉を聞いた俺は、サユリの頬に手を添えてキスをした。


 本当に大丈夫か、確かめる感じで。

 けど唇が触れ合った瞬間、胸に鉛でも入ってきたかのように苦しく感じた。


 駄目だった⋯⋯止めよう。


 すぐに唇を離すと、サユリは俺の頬を撫でながら言った。


「どうしてそんなに痛々しいの?」


 サユリは心配そうに俺を見ている。


 殴られた傷のこと?

 でもあれはきれいに治ってるはず⋯⋯


 あっ⋯⋯そういうこと。

 サユリは俺の表情の事を痛々しいと言ってるんだ。

 なぜ俺の表情が痛々しいかというと、たぶんそれは俺が空っぽだからだ。


 彼氏がいる女の子に、気になる男がいる女の子に、側にいてくれるだけでいいと言われたら、男として優越感に浸れると、前に言ったけどそれは間違いだ。

 その後に自分でも言ってたじゃないか。

 女の子たちは俺の容姿、身体、肩書しか興味がない。

 だから俺はいつまで経っても、空っぽなんだ。


 サユリはアイツには振り向いてもらえないから、優しくしてもらえないから、代わりに俺を求めている。

 言い換えれば、都合良く利用している。

 だから俺が優越感に浸るのは間違っている。

 だって俺は、幼馴染のクズに負けてるんだから。


 サユリは俺に抱きしめられながら、キスをされながら、アイツの夢を見ている。


 本当は⋯⋯俺はサユリの心が欲しいんだ。

 アイツじゃなくて、俺の事を見て欲しいんだ。

 だからこんなに苦しいんだ。



 あぁ、サユリが"勘違い"してくれないかな。


 そう願いながら、サユリを強く抱きしめて目を閉じた。



 この日俺は、ちょっと変わった経緯で知り合った飲み友達から、幼馴染のクズの身代わりに降格した。


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