52.飲み友達
サユリと初めて食事に行って以来、俺とサユリはしょっちゅう食事や飲みに行く関係になった。
今日も夕方からファミレスでだらだらと会話をしていた。
「高校生の時、お昼休みになってお弁当を開けたらね。二段とも白ご飯だったの! それで、家に帰って聞いてみたらね。お父さんが二段ともおかずだったんだって!」
「それ、俺だったらおかず二段がいい派」
「私もそうだって〜」
サユリは元々は隣の県で父親と母親と3人暮らしをしていたそうだが、毎日通うには少し交通の便が悪い場所だからと、大学入学をきっかけに一人暮らしを始めたらしい。
週末は実家に帰って泊まることも多いんだとか。
例の幼馴染のチャラ男とは家が隣同士だから、今も変わらず家族ぐるみで接点があるらしい。
「あとは⋯⋯口癖が"はい"の先生がいてね。だからこうなるんですはい〜とかって言う回数を数えて毎回ノートの端っこに記録してた!」
「それ絶対内容聞いてないやつじゃん」
「それで、ノート提出の時にこの数字は何や?って聞かれちゃって正直に答えたら、先生が次の授業中にみんなの前でその話をしちゃって! そこから毎回授業のたびに何かしら当てられたよね!」
「その先生は、サユリちゃんが授業に集中できるようにしてくれたんだ?」
話す内容は色気も何もないただの雑談だった。
家族のこと、子供の頃のこと、大学のこと⋯⋯
サユリは明るくて話題も豊富だし、純粋に話していて楽しかった。
他人の噂話なんかには興味なさそうだし、女の子同士の所謂マウントの取り合いなんかとも無縁なようで、話していて安心感もある。
俺の中で女の子との会話っていうのは、まだお互いのことを何も知らない内から、落とす落とさないの勝負を仕掛けられるイメージが強い。
それがなかったとしても、お互い腹の探り合いというか、誰としても同じ内容になりそうな表面的な会話をしつつ、相手が自分に何を求めているのか、お互いどこまでが踏み込んでいいラインなのかを擦り合わせるような⋯⋯
いつからか、そういう不健全な会話が当たり前になっていた。
けどサユリからはそういったことが一切感じられず、肩の力を抜いて話せた。
「ミズキくんのバイト先のカフェは忙しくないの?」
「駅前とは言え地元の人しか来ないからね。昔ながらの喫茶店って感じだから、一杯ずつ手間暇はかけて淹れてるけど」
「そうなんだ! うちみたいにマシンは使わないんだね!」
あと、サユリと俺はバイト先がカフェという共通点があることがわかった。
俺のバイト先は昔母さんがバイトをしていたカフェだ。
お爺さん店長とバイトが数人で回している。
一方、サユリの方は有名なチェーン店で、メニューもカスタムも豊富かつ、テイクアウトのお客さんも含めるとかなりの人数が利用しているみたいだ。
「家で飲むときはインスタントばっかりだな〜」
「そうなんだ。うちは⋯⋯」
サルビアが淹れてくれるから⋯⋯なんて言ったらやばいよね。
「ん?」
サユリは不思議そうな顔をしている。
「混んできた」
俺は店の入口を指さした。
時間が経って、夕食時になったので店の入口に立っている人がでてきた。
今日も、もう一軒行きたいな。
何となくいつもニ軒以上行く流れになってるし。
俺から声をかけようと思ったら先にサユリが言った。
「じゃあ、今日は帰るね! 実家に帰る日なんだ! アイツもバイトないみたいだから、ついでにちょっと顔見に行ってくる!」
その場でサユリとは解散になった。
その次の機会は、サユリは遅くまで付き合ってくれた。
夕方のファミレスから始まり、夜は居酒屋に来た。
サユリはだいたい酒が入るとアイツの話をし始める。
「アイツ、一人暮らし始めるんだって! これって女の子を連れ込むためだよね?」
「まぁ、話を聞いてる限りではそうなんじゃない?」
俺が答えるとサユリは少し悲しそうな顔をした。
「今は家が隣同士だから会えるけど、これからは会いづらくなっちゃう」
「けど、家の場所は教えてもらえるんでしょ? 遊びに行けば?」
「それはそうだけど⋯⋯」
サユリがアイツの話をして、切なそうな顔をするたびに、何故か俺の気分まで悪くなった。
「たまにはチャラ男の良いところも教えてよ」
俺の発言にサユリは驚いたように目を見開いた。
「そうだよね! いつの間にか悪口ばっか言ってたかも! そうだね⋯⋯小学生の時に拾った捨て猫を今も大事に育ててる所とか〜私の好きなお菓子を箱買いしておいてくれる所とか〜うちの家電とか買い換える時に車出してくれたりとか〜」
なんだ。良いところもちゃんとあるんじゃん。
アイツの良いところを語るサユリはキラキラした目をしていた。
そっちの方がずっと良い。
そう思ったけど、気分の悪さが消えたわけではなかった。
ふと時計を見ると、終電の時間が近づいていた。
俺の路線よりもサユリの路線の方が終電が早いからそろそろ駅に向かわないと。
もう解散か⋯⋯帰したくないな⋯⋯
そんなことをぼんやりと考えながら、店を出た。
「気を付けて帰んなよ。今なら走らずに済むんだから」
何故かサユリはいつまでも駅に向かわない。
「走るから。もうちょっとだけ話そ?」
「⋯⋯まぁ、いいけど」
サユリはそうは言うものの、特に何かを話すわけではなかった。
「ねぇ。俺とアイツはどこが似てるの?」
俺は疑問に思っていた事を聞いてみた。
「時々ちょっと寂しそうに見えるところかな。今もそう」
サユリは俺の目を真っ直ぐに見ていた。
サユリの目は時々サルビアの目に似ていると思うことがある。
全てお見通しですとでも言いたげな、居心地の悪い視線だ。
たぶん俺は痛いところを突かれたんだと思う。
「それはチャラ男の常套手段なんじゃない? 影があるように見せて女の子の同情を誘ったり、急に真面目に夢を語りだしてギャップを演出したり⋯⋯」
「そうなのかな⋯⋯」
サユリは手を伸ばして俺の頭を撫でた。
「ほら。こうやって引っかかるじゃん」
俺はサユリの手首を掴んで、見つめ返した。
「⋯⋯⋯⋯」
サユリは俺のことを心配そうな表情で見上げている。
このまま手を離さなかったらどうなるんだろう。
サユリは優しいから側にいてくれるだろうか。
でも駄目でしょ。
俺とサユリは飲み友達なんだから。
「もう走りな」
俺はサユリの手を離した。
「ほんとだ! みんな走ってるね! じゃあね!」
サユリは俺に手を振ったあと、駅に向かって走って行った。
俺も帰ろ。
自分の路線の駅に向かってしばらく歩いていたらスマホが震えた。
"終電逃した。今どこ?"
それはフレンドからだった。
"家についたところ"
俺は嘘をついた。




