51.片思い
サユリに公園で助けてもらった日から三日後の昼、俺は学食に来ていた。
ふと会計待ちの列を見ると、サユリが友達らしき女の子と立っているのを見つけた。
俺が列に並ぼうと近づくと、サユリもこちらに気がついたようだ。
「この間はどうも」
俺は一言だけ挨拶して通り過ぎた。
会計を済ませた後、適当に空いた席に座っていると女の子の声が聞こえてくる。
「ねぇ、サユリ。さっきのってモリミヤ ミズキでしょ? 私の友だちが遊び人だって言ってたけど、この間は⋯⋯ってまさかあんたもなの?」
サユリの友達の声は心配そうだった。
はぁ⋯⋯そんな噂が流れてんの?
俺はそういう話は誰にもしないから、フレンド側が言ったに決まっている。
なんでそういうプライベートな話を包み隠さず言っちゃうかな⋯⋯
まぁ、カフェとか電車の中とかでも、女の子同士の会話って結構エグいし、俺も裏ではこきおろされてるのかもね。
一応覚悟を決めていたらサユリの声が聞こえた。
「いやいや違うよ〜! たまたま出くわしてちょっと話しただけ」
「話しただけって、普通に危ないでしょ。惚れたら火傷させられるやつだよ⋯⋯」
「本当にそう言うんじゃないから。それに話してみたら結構面白い人だったよ?」
「あんたまさか半分落ちてるんじゃないでしょうね?」
そんな会話だったと思う。
友達の言うことはごもっともだ。
サユリはもっと警戒心を持つべきだ。
ただ、サユリが俺の事を面白い人で片付けてくれたことに救われたのも事実だった。
数日後
この日は講義終わりにサユリとお礼の食事に行く約束をしていた。
一つ前の講義で今日の授業が終わって暇だった俺は適当に時間を潰した。
待ち合わせ時間が近づいて来たので、講義室近くのトイレに入り、鏡を見て気がついた。
そういえば、顔の傷がこんなに治ってたら違和感あるよね。
けど、食堂の時もこのままで会っちゃったしなぁ。
でも、姉ちゃんの力の事がバレるのが一番まずいよね。
そう思った俺は今更ながら絆創膏を貼ることにした。
トイレから出るとちょうど講義が終わったようで、講義室から人が溢れ出てくる。
「あ! ミズキくん! ごめんね、待たせちゃって」
サユリは俺に駆け寄ってきた。
「ううん、俺も今着いたとこだから」
そのまま二人並んで歩き出した。
「それで、何気分?」
駅前についた俺たちはブラブラしながらどの店に入るか選んでいた。
お礼の食事会だからちゃんとした店の方が良いかと思ったけど、サユリが駅前の店の中から、その時の気分で適当な店に入りたいと言ったのでこうなった。
「うーん。洋食か和食か中華なんだよね⋯⋯」
サユリは顎に手を当てながら大真面目に言った。
「いやそれ全部じゃん」
「全部じゃないよ〜あれはインド料理でしょ?」
サユリはカレー専門店の看板を指さした。
「なるほど。じゃあカレー以外に絞られたわけだ」
「そういうこと!」
この調子だと店に入るまでに日が暮れるよね。
そう思っていたけど、次に通りかかったファミレスにあっさりと決まった。
「本当に何を頼んでもいいの!? じゃあ⋯⋯デラックスハンバーグ定食にしてもいい?」
メニューを見ているサユリは、ハンバーグ定食にエビフライが付いた定食を指さした。
「いいよ。デザートも付けたら?」
奢りなんだから、もっといいお店にすればいいのに。
「デザートもいいの!? じゃあこのデラックスパフェにする!」
「いいよ。ケーキの盛り合わせも食べれば?」
「そんなに食べられないよ〜」
すでに大食いの域に達してると思うけど。
俺はそこまで腹が減っていなかったものの、サユリがそれだけ食べるのにコーヒーだけと言うわけにもいかず、和定食を注文した。
「やったー! いただきまーす!」
元気に手を合わせたサユリは、料理を美味しそうに、きれいに、パクパクと食べていく。
どんどんお皿がきれいになっていく様は、驚くと同時にこちらまで気分が良かった。
「そういえばミズキくんはチャラ男で有名みたいだね?」
サユリはさらりと言った。
「残念ながらそうみたいだね。サユリちゃんはこの前、食堂でそんなチャラ男の事を庇ってくれたんだ?」
サユリが包み隠さず言ったもんだから、俺も盗み聞きしてたことを隠さずに言った。
「聞こえてたの? 別に庇ったわけじゃないよ。思ったことを言っただけで」
サユリは何でもないことのように言った。
「そういえば、サユリちゃんはチャラ男に耐性あるんだっけ?」
「そう。幼馴染が救いようのないチャラ男だから! もう幼稚園の時から女たらしだよ。本当に救いようがない!」
「ならその彼の方が先輩だね。俺のチャラ男は大学入ってからだから」
他のテーブルの人が聞いてたらいったい何の話をしているのか、神経を疑われそうな会話だった。
とっくに食べ終わっているのにも関わらず、しょうもないことで話し込んでいた俺たちは、夕食時になって客が増えてきたことをきっかけに店を出た。
「ごちそうさまでした! ねぇ、この後時間ある? 居酒屋行かない? もちろん次は割り勘で!」
サユリは俺が言おうとしていたことを先に言ってくれた。
俺は奢りでもよかったけど。
「いいよ」
俺たちはそのまま駅前の居酒屋に入った。
「さぁ! 飲みまくるぞー!」
サユリは酒を飲むのが好きらしい。
メニュー表を見ながらすでに、何杯も先に注文する予定の酒を選ぼうとしている。
「俺を置いてきぼりにしないでよね」
正直、俺はあまり強くない。
このペースについて行ったら確実に潰れる。
「ミズキくんお酒強くないの? 女遊びする人って強いイメージあった!」
「それはなんとなく分かるけど、別に俺は酔わせてどうこうはしないから」
「そうなんだ〜じゃあ私も安心して飲もーっと」
「なにそれ。内心警戒してたんだ?」
話しながら飲み進めていると、徐々にサユリが出来上がってきた。
「そういえば顔の傷⋯⋯この前はきれいになってたのに、また絆創膏貼ったの?」
不意に絆創膏に触れられた。
その余りにも自然なしぐさに不覚にもドキッとしてしまう。
「あの時はファンデーション塗ってたから」
俺は適当に答えた。
「ミズキくんってお化粧するの?」
すると今度は絆創膏を貼っていない部分に触れられる。
ちょっと、勘弁してよ。
「あんまり気安くチャラ男に触らない方がいいんじゃない?」
俺はサユリの手首を掴んで、その目をじっと見つめた。
「あはっ! ごめーん! 危ないところだった〜!」
サユリは特別な反応はせずに手を引っ込めた。
本当に耐性があるみたい。
「サユリちゃんの幼馴染のチャラ男の話、聞かせてよ」
俺は軽い気持ちで話を振ってしまった。
「しょっちゅう、好きになりそうとか言って頭撫でて来んの。でもじゃあ、いつ好きになんのよ。好きになりそうから五年以上経ってんの⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯そうなんだ」
「俺の隣はいつでもお前のために空けてあるとか言って、いつも反対隣に女の子取っ替え引っ替え引き連れてるやんって⋯⋯」
「それはなかなかエッジが効いてるね⋯⋯」
「それでさぁ、可愛いとか、特別だとか言って来るくせに、今まで一度も私のこと選んでくれたことないから⋯⋯今までずっと、アイツが他の子と付き合うのを側で見てきたから⋯⋯」
サユリの話を聞いてる内に、どうやらサユリはその幼馴染のチャラ男に片思いをしているということがわかった。
普段だったら、ふーんで終わりだったと思う。
割り切った関係なら、そういうのどうでもいいし、むしろ面倒なことにならなさそうで気楽なくらいだ。
けど、何故か俺はそのことが面白くなかった。
その男とキャラが似てるらしいから、対抗心でも芽生えたのかな。
けど俺と彼はジャンル違いというか、共通点が見いだせないんだけど。
「何でだろう。ミズキくんはアイツに雰囲気が似てるからかな。何でも話せちゃう⋯⋯」
「俺に雰囲気が似てるって⋯⋯でもその男、本当に大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ⋯⋯でもほっとけないから⋯⋯」
「純愛ってやつなんだ?」
「いやもう呪いだよね〜」
客観的に話を聞いていたら、よっぽどの事がない限り、その男とサユリがくっつくことはない。
男の側にまるでその気がないから。
たぶん、サユリもそのことは重々承知なんだと思う。
それでも片思い歴イコールほぼ年齢の状況から抜け出せないみたいだ。
「でも今、アイツは彼女いないから。チャンスだから⋯⋯」
「そう。じゃあ後悔しないように頑張りなよ」
「うん。じゃあミズキくん、また話聞いてくれる? アイツの気持ち分かるでしょ?」
サユリはテーブルに伏せながら顔だけを俺の方に向けて、甘えるように言った。
いや、俺に相談されてもそのチャラ男が攻略できるとは到底思えないんだけど。
でもなんとなく、サユリとの繋がりを残したくて⋯⋯
「いいよ。いつでも相手になってあげる」
俺はそう答えてしまった。




