2.俺の力
俺は公園のベンチでエリカが置き忘れたスマホを拾った。
画面に表示されていたのは⋯⋯彼女代行の始め方
みんなの憧れのエリカが。
巫女さんをしているエリカが⋯⋯
お金に困っているんだろうか。
とにかくこのスマホを俺が持っているのは、まずいはずだ。
早く彼女に返さないと。
俺は立ち上がり、彼女の後を追いかけた。
家の中に入ってしまったのか、エリカを見失ってしまった。
しばらく歩き回っていると、遠くの方に巫女服に着替えたエリカを見つける。
祠とは離れた方向へ歩いていくようだ。
エリカが向かった先は、倉庫だろうか。
山の斜面に扉がついているように見えるが⋯⋯
エリカが扉を開けた瞬間、少しだけ中が見えた。
あれは⋯⋯洞窟?
洞窟の入口を扉で塞いでいるのか?
エリカは中に入ると、素早く扉を閉めてしまった。
一体どうすればいいんだ。
ここで待っていれば良いんだろうか。
迷った俺はひとまず外で待つことにした。
⋯⋯まだ出てこない。
かれこれ30分以上、もうすぐ1時間経ちそうだ。
俺はいけないことだと知りながら、中を覗いて見ることにした。
扉をそっと薄く開く。
洞窟の中はそこまで広くなさそうだ。
ここからでも行き止まりが見える。
中は電気ランタンで明るく照らされている。
エリカは⋯⋯舞を踊っている。
揺れる髪、スラリとした手足、どこか憂いを帯びた表情⋯⋯
影まで神々しい。
洞窟の奥にあるのは⋯⋯像?
悪魔の像だ。
像に舞を捧げているのだろうか。
俺はあの像を知っている。
どこで見たんだ?
歴史の教科書?
ネットニュース?
――ジャリ
俺は夢中になる内に足音を立ててしまった。
「誰?」
エリカが振り返る。
「勝手に開けてすみません。これ、落としましたよ。外で待ってたんですが中々出てこられないので⋯⋯」
エリカに歩み寄ってスマホを差し出す。
「あっ! 拾って頂いたんですね。ありがとうございました!」
可愛らしい笑顔でエリカはお礼を言ってくれた。
憧れのエリカとの初めてのまともな会話。
今までの俺だったら、緊張してすぐに回れ右して終わりだったはず。
でもその時の俺は、あり得ない行動をとってしまった。
口に出してしまったんだ。
「あの⋯⋯彼女代行って、お金に困ってるんですか?」
「えっ?」
エリカは困った顔で小首をかしげている。
そんな顔も可愛い⋯⋯じゃなくて。
普段だったら絶対にこんなこと言う訳がない。
立ち入りすぎだ。
頭ではわかっている。
「えっ? えっ?」
エリカは固まっている。
そして次の瞬間⋯⋯
「何? 人のスマホ覗いたの? 最低!」
あれ?
今、誰が喋ったんだ?
目の前のエリカが喋ったように見えたが⋯⋯
「あんたいつも公園にいる暇人でしょ? 私はいつも生きるのに必死だって言うのに」
彼女は腕組みしながら、俺のことを虫けらを見るような目で睨んでいる。
エリカは急にキャラが変わってしまった。
いや、正確には俺が彼女のことを何も知らなかっただけだ。
「勝手に見てしまってすみません! 画面がつきっぱなしだったので見えてしまいました」
エリカが怒るのも無理はない。
俺は正直に謝った。
「てか、私がお金に困ってたら何? あんた私に何かしてくれんの? あんたお金持ってんの?」
「いや、えっと⋯⋯まずそもそも、彼女代行って男の人と食事したりデートしたりしてお金をもらうんですよね? 巫女さんがそんなことして大丈夫なんですか?」
俺は恐る恐る尋ねた。
「はぁ⋯⋯ご覧の通りここはそこの悪魔を祀ってんの。私が毎日毎日、1日中ずーーーーっと尽くしてそいつの面倒見てんだから。それで空いた時間にお金を稼いできたくらいで天罰なんて下ったら、ほんと笑えないわよ!」
エリカは悪魔像を睨みつけ、あごで指しながら言う。
よく分からないがすごく怒っている。
「はぁ。でも知らない男の人と会うんですよね。それで色々と⋯⋯その⋯⋯」
「そうだけど? ていうか私からしたらあんたも知らない男の人ですけど」
エリカは俺を指さしながら言う。
確かにエリカの言う通りだ。
「立ち入ったこと聞いてすみませんでした⋯⋯」
俺は謝るしかなかった。
「あんた学生?」
「はい。この春から大学生二年生です」
「名前は?」
「モリミヤ レンです」
「ふーん⋯⋯」
エリカはあごに手を当てながら、俺の周りを一周歩く。
顔や身体をじろじろと見られている。
「親のお金で生活してるの?」
「はい。バイトもしてますけど、仕送りもしてもらってます」
俺の回答のあと、しばらく沈黙が続き⋯⋯
「じゃあ、ご家族を大事になさってくださいね。学生さん!」
さっきの雰囲気は嘘のように、エリカは元々よく俺が知っている可愛らしい笑顔で言う。
右手でバイバイをしながら。
そして俺の身体を押して外に追い出そうとする。
「ちょっと待ってくださいよ! 恋人代行なんて止めましょうよ!」
俺は必死に抵抗する。
「だから、あんたに関係ないでしょ!」
エリカも負けじと押し返してくる。
「事情を聞かせてもらえませんか?」
俺の言葉にエリカは一瞬止まった。
「あんたに言っても意味ないから⋯⋯」
エリカはそうつぶやくと押し合いを再開する。
今、一瞬すごく悲しそうに見えた。
何とか出来ないかと考えを巡らせ⋯⋯
「バイトを増やします。今の所は本屋なので、夜中は働けないから、かけ持ちします。仕送りじゃなくてそのお金を使います。だから俺の彼女を代行してください。俺なら、絶対にあなたの嫌がることをしないと誓えますから」
なんとかエリカを説得しようとする。
「は?」
「仲介業者を通さない方が、あなたの取り分が増えるんじゃないですか?」
「⋯⋯⋯⋯」
「それに、まずは気楽に練習してみた方が良いんじゃないですか? いきなりできますか?」
「⋯⋯⋯⋯」
「どうせ知らない人と一から会うんだから俺も条件は同じですよね。訳ありなのを少し理解している分、俺の方が融通が利きます」
「⋯⋯⋯⋯わかった。わかったから。じゃあ、まずはお試しでよろしく」
エリカが手を差し出して来たので、俺たちは握手を交わした。
こうして早速、今晩に仮初めの恋人たちとしてデートする約束をした。
夜10時。
俺は神社の近くでエリカを待っていた。
いや、ここは神社ではないんだったか。
とにかく今からエリカとデートをするためにここにいる。
前の通りは誰も歩いていない。
近くに民家もないし当然だろう。
こんな所で立ち止まっていたらまるで不審者だ。
こんな深夜から会うことになったのは、エリカがこの時間を指定してきたからだ。
エリカは、お祖父さんに見つからないようにしたいからと、別の待ち合わせ場所を提案してきたが、こんな深夜に待ち合わせ場所まで一人で歩かせるのも危ないと思ったので、ここで待ち合わせすることにした。
まだ初対面だし、メッセージのやり取りでも良いと言ってみたものの、練習にならないから会うとのことだった。
こんな時間から女性に会うなんて初めてだ。
エリカはどんな服装で現れるのだろうか。
俺たちはどこに行けばいいのか。
俺がリードした方が良いのだろうか。
それに、お金を払って会うなんて、何だかすごく悪いことをしている気分だ。
でも、ここで俺がデートしなかったらエリカは別の男とデートしてしまうんだ。
それなら俺が予約した方がエリカは安全に違いない。
そう自分を納得させるのだった。
その後、待ち合わせ時間から1時間近く待ってもエリカは来なかった。
弄ばれてたのだろうか。
連絡ぐらいくれたらいいのに。
スマホを取り出し、確認する。
連絡先はさっき交換した。
ここに到着したってことも送信した。
既読は⋯⋯ついていない。
もう寝てしまったんだろうか。
俺はあと少しだけ待って来なかったら帰る旨を連絡した。
送信ボタンを押したのと同時くらいに、後ろから強い光を感じた。
振り向いて見上げると⋯⋯エリカの家の方だ。
まるでUFOか隕石か、それとも爆弾でも落ちたんじゃないか?
光はまだ続いている。
急いで階段を駆け上がると⋯⋯
エリカが地面に倒れている。
倒れたエリカの身体を、お祖父さんが抱き起こしている。
強い光の正体はエリカだ。
エリカの身体が⋯⋯光っている?
「大丈夫ですか?」
声をかけようと近づいた時に気がついた。
エリカの周りにおびただしい数の化け物が群がっている。
妖怪か?
角が生えたものや、目が多い猫のようなもの、黒いヘビのように空中をニョロニョロ動いているものなど、見たことのない生き物が大量に湧いている⋯⋯
呆気に取られていると、お祖父さんが空中に手をかざす。
「ハアッ!」
お祖父さんは自分とエリカの周りに結界のようなものを張ったみたいだ。
結界は白く光り輝いている。
でも、お祖父さんの結界は押され気味だ。
妖怪の爪が結界にめり込み、お祖父さんの顔を掠めて、切り傷が出来る。
「危ない!」
俺が叫ぶと妖怪たちは一斉にこちらを振り返った。
まずい。見つかった。殺される。
だがエリカもお祖父さんもこのままでは危ない。
「おらぁ!」
俺はカバンを振り回しながら決死の覚悟で、二人の方に走る。
すると、不思議なことが起こった。
妖怪が俺に道を空けている。
知性がありそうな妖怪は、俺に触れるのを避けるように離れていく。
知性のなさそうな妖怪は、俺の身体に突進してくるも、触れる前に塵になって消えていった。
「なんなんだ、これは」
よく見ると俺の身体も薄っすらと光っている。
何か湯気のような⋯⋯
暗い色のオーラのようなものが出ている。
このオーラに触れるのを妖怪たちは嫌がっているようだ。
よく分からないが、とにかくまずはエリカだ。
「大丈夫ですか?」
エリカは意識を失い、手足は力なく垂れている。
身体は未だにまぶしく光り続けている。
お祖父さんの方は⋯⋯
切り傷は以外は、他に大きな怪我はなさそうだ。
「この度は、助けて頂き感謝いたします。あなたは霊能力者でしたか。お陰様で妖怪どもは帰っていきました」
お祖父さんは安心したように言った。
振り向くとおびただしい数の妖怪が、音もなく消えていた。




