1.巫女と悪魔が交わした契約
後に一族の長となるエリカとレンの物語が始まります。
俺はレン。普通の大学一年生だ。
平凡な両親の元に生まれ、妹とともに育ててもらい、今は実家を出て一人暮らしをしている。
高校時代はテニスをやっていた。
特にやりたい事がなければ、運動部に入るという周りの雰囲気に流され、入部しただけだ。
3年間、それなりに熱中して充実していたものの、特別な結果は残さずに引退を迎えた。
数ある大学の中で今の大学を選んだのは、自分の学力ならここを目指せるから⋯⋯そんな理由だった。
特に将来なりたいものがあるわけではない。
真面目に通学しているので、今のところ単位の取得は順調だ。
書店でバイトをしながら生活費を稼いでおり、ありがたいことに仕送りもしてもらっている。
大学入学をきっかけに、実家を離れて移り住んだこの街は、交通の便はいいが、駅前でさえも大きなビルなんかは無くて、空も広い。
程よく都会で、程よく田舎だ。
俺に特別な何かがあるとしたら⋯⋯
幸運にも、蚊とかに刺されたことが人生で一度もないことくらいだ。
そして、もう1つ幸運なのは、この神社を見つけたこと。
愛らしい巫女さんのエリカ。
俺は彼女目当てでよくこの小さい神社に来ている。
信仰心なんか全く無い、雑念だらけの俺だが今のところ罰が当たる気配はない。
エリカは可愛らしい顔をしている。
色白で、瞳が大きく、まつげはきれいな上向きカールだ。
黒くて艷やかな髪は肩くらいまでの長さで、後ろで束ねている。
身体のラインが出にくいはずの巫女服の上からでもスタイルが良さそうなのが見て取れる。
大人びた雰囲気から察するに、俺より2〜3歳上なのだろうか?
他にもエリカ目当ての参拝客はいる。
若者から年寄りまで。
特に熱心なのはお爺さんたちだ。
彼女は皆に分け隔てなく笑顔で接する。
俺も挨拶だけはしてもらえたことがあった。
短時間だが参拝客の世間話にも付き合っているようだ。
俺は神社に併設された公園で、主には読書をする。
他にはスマホで音楽を聴いたり動画を見たり⋯⋯
ここで過ごしていると、運がよければ祠の手入れをするエリカの姿を見ることができる。
まるで追っかけだが一線は越えていない。
こちらからは絶対に声をかけないし、存在もアピールしないし、写真を撮るなんて事ももちろんしない。
ただ、遠くからでいい、数秒でいい、一瞬でもいいから彼女の姿が見たかった。
ある日、俺はまた神社の脇の公園に来ていた。
誰も座っていないベンチを見つけて腰掛ける。
春休み期間中なので、バイトに入れない日は特にすることもないからここに来た。
まだまだ肌寒い季節だが、休日のお昼時だからかピクニックを楽しむ親子連れがちらほらいる。
この公園には遊具があるわけではなく、ベンチと芝生があるくらいだ。
子どもたちは走り回ったり、シャボン玉遊びをしたりしていて、楽しそうな笑い声が響いている。
祠の方を見るも⋯⋯エリカは居ないようだった。
諦めて自分の趣味の時間を過ごした。
しばらくすると一つ隣のベンチに人が座った。
同い年位の女の子だろうか。
彼女の顔を見て心臓が止まりそうになる。
エリカだ⋯⋯
いつもの巫女服ではなく、私服姿のエリカだった。
エリカは疲れた顔でため息をついている。
手元にはスマホだ。
芸能人に遭遇したかのような気持ちになり、思わず声をかけそうになるが踏みとどまる。
怖がらせるだろうな。
下手すれば通報されるかもしれない。
そうじゃなくても疲れているのに、ファンの相手なんて嫌だよな。
俺は元の姿勢に戻って読書を続けた。
でも手元の本には全く集中できずに、エリカのことで頭がいっぱいだ。
エリカがいる方向⋯⋯左半身だけ焼かれているんじゃないかってくらい熱い。
――ピロピロリンリンピロリロ〜
突然エリカのスマホのアラームが鳴る。
――ピピピッピピピッ
続いて腕時計のアラームが鳴る。
――ピピピピピピ
ポケットに入っていたキッチンタイマーのような物も鳴り出す。
エリカは慌てて全てのアラームを止めた。
そして深いため息をつくと、すぐに立ち上がって、神社の方に戻っていった。
いったい何のアラームだ?
いくつも鳴らすってことはそんなに大事な用事なのか?
ふと、さっきまでエリカが座っていたベンチを見ると、スマホが置きっぱなしになっている。
画面がまだ点灯している。
検索結果は⋯⋯
"レンタル恋人〜彼女代行の始め方〜"
※ ※ ※
私のご先祖さまは悪魔と契約したらしい。
私はエリカ、18歳。
この春から大学生になる年だけど、大学には通えない。
高校も同じ事情で通えなかった。
今はお祖父ちゃんと二人暮らし。
私の家の敷地内には祠がある。
私たちは先祖代々この祠を守って来た。
近所の人たちはよくここにお参りに来る。
きっとよくある田舎の小さめの神社に見えるんだろうけど、ここで奉られているものは神ではない。
祠はあくまで信仰心の象徴に過ぎない。
私たちが本当に守るべきなのは、祠とは少し離れた敷地内の洞窟の奥の⋯⋯悪魔像。
私のご先祖さまは大昔、賊に襲われて命を落としかけた。
命からがらこの洞窟に逃げ込んだ。
逃げ込んだ先には悪魔がいた。
ご先祖さまは悪魔から光の巫女の力を授けられ、命を救われた。
ご先祖さまはその悪魔をまるで神のように崇め、祠を建てた。
ご先祖さまは力を継承する際に悪魔と契約を交わした。
その悪魔の名は――ストロファンツス
契約内容は――
一つ、巫女の血筋を絶やさないこと。
二つ、悪魔像を守り続けること。
三つ目以降は⋯⋯
多すぎて挙げ出したらきりがない。
とにかく契約内容はこの本――光の巫女の書に記載されている。
何ページあるんだろう。
数える気にもならない。
無関係の人なら読む気にもならないだろうけど、私はこの内容を全てこなさないといけない。
悪魔との契約を破れば、この土地に災いが降りかかるとされている。
私は、祠の管理もこなしつつ、1日に何度も悪魔像の元に通う。
6時⋯⋯洞窟を封印する扉を開けて換気をする。
その後、香りをつけたお湯で像の身体を拭く。
7時⋯⋯作った朝食を像の前にお供えし、祈りを捧げる。
そしてまた新しいお湯で顔を拭く。
9時⋯⋯洞窟掃除を終える。
10時⋯⋯甘いお菓子とお茶を用意し、像の前にお供えする。
祈りを捧げて、お湯で顔を拭く。
11時⋯⋯舞を踊る。
12時⋯⋯作った昼食をお供えし、祈りを捧げる⋯⋯
とこんな調子で夜の消灯までこの慌ただしいお世話が続く。
私が学校に通えないのはそのせいだ。
光の巫女の書には舞の踊り方から悪魔の好みの食事内容まで書いてある。
悪魔像のお世話の役目は代々、女がしなければならない。
母はこの役目が嫌で逃げ出した。
でも祟られるのは嫌だったのか、外で男を作って、産んだ私をここに置いていったようだ。
祖父の妹であるキリコおばさんが亡くなってからは、私がこの家唯一の女になってしまった。
だから私が悪魔像の世話をしなければならない。
キリコおばさんはまるで魅了されたみたいに、毎日甲斐甲斐しく悪魔像の世話をしていた。
ひいおばあちゃん――お祖父ちゃんとキリコおばさんのお母さんも熱心にお世話をしていたそうだ。
まるで自分の子供か、恋人かのように。
私はこの像の世話をすることに全く魅力を感じない。
向いていないのかもしれない。
契約内容の一つ目、巫女の血を絶やさないこと――
私が唯一の女であり、唯一の若者だ。
私の身に何かあっては困るので、私は早く子供を産まないといけない。
しかも、できれば女の子をたくさん。
でも悪魔のために子供を産んで、しかもこんな役目をさせるなんて本当は嫌だ。
本来は今からたくさん恋をして、運命の人と出会って、何年か経って結婚して、しばらくは夫婦で暮らして、子供を授かって⋯⋯
こういうのが普通のはずだ。
しかも、出産は命がけで、子どもは自分の命より大事で⋯⋯
それなのに私は自分の娘をこんなふうに縛り付けるなんてできない。
何でご先祖さまはこんな契約をしたんだろう。
光の巫女の力って何なんだろう。
私にはそんなもの無いのに。
それに、もしお祖父ちゃんが倒れたらどうしたらいい?
近い将来に必ず起こることだ。
介護は誰がする?
治療費はどうする?
全てを賄えるほどの財産があるわけではない。
私は手っ取り早くお金を稼げる方法にたどり着いた。
もし男の人が私と過ごす時間に価値を見出してくれるなら、お金をもらえるかもしれない。
私が自由に使える時間は深夜しかない。
長時間の労働は翌日以降のお世話に影響するだろうから、出来れば短時間でたくさん稼ぎたい。
上手く行けば、私の子供の父親になってくれる人も見つかるかもしれない。
私には夢があった。
みんなと同じように学校に行って、やりたいことや夢を見つけて勉強して⋯⋯
たまには友達や気になる人とお出かけして、旅行にも行って⋯⋯
キリコおばさんが居てくれた時は、学校も行けた。
でもこれからはもう無理だろう。
自分の子供を産んで、それが女の子で、その子が悪魔像の世話ができるように成長するまでは。
そんな頃にはこの夢も忘れてるんだろうな。
若い今しか見れない夢だから。
あぁ、この悪魔像を壊してしまいたい。
誰か壊してくれないかな。
もう私で終わりにしたい。
災いって何?
私がこんなに苦しんでることに誰も気づいてくれないのに。
みんな呑気に自分のやりたいことをして暮らしてる。
そんな人たちを、なんで私が守らなきゃいけないの?
誰か私を見つけ出してよ。
続きが気になるかもと思って頂けましたら、ぜひブックマークをお願いいたします!