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お尻から飛び出てきたアレ

 賢者ルビとの魔法談義から数日が経過した頃、美月麗羽のオナラに対する恥ずかしさは段々と薄れつつあった。


 この世界ではオナラは日常的に使われていて、あるのが当たり前のオナラを使わない生活は正直に言って不便すぎた。


 初めての……パンツを喪失した暴発からネットショップのスキルをもう2度と使うまいと心に決めていた美月麗羽も不便な生活には耐えられなかった。


 奇しくも自らが発言した通りで、日本の快適な暮らしからの落差は耐え難い苦痛であったのだ。


 いやもっと正しく伝えるなら、完璧に諦めのつく状態なら美月麗羽も異世界の環境に順応できたのかもしれない。


 しかし、美月麗羽は自身が望めばあらゆるものが手に入る環境にある。神様からのギフトは伊達ではない。


 手に届く場所にスマホがあるのに、金輪際もう使わないと自ら思ったところで使わずにいられるか? 否である。


 使う必要に駆られてしまえば、今回だけ特別にと言い訳をして使用する。そもそも罰なんてないのである。一度でもルールを破ってしまえば心理的なハードルは下がる一方だ。そうなってしまえば、なし崩しで使用回数は増えてゆき……。


「麗羽頼むのだわ、今日も未知の甘みをどうか頼むのだわ」


 賢者ルビは、日本の高レベルスイーツに虜になっていた。ことの発端はおパンツ喪失事件の元凶である初めて異世界に召喚されしお菓子と賢者ルビとの邂逅である。


「ん? それはなんですの?」


 賢者ルビは美月麗羽の部屋に置かれていた異物に気がついた。それは明らかにこの世界とは違うところで作られたものだとわかる見た目をしている。

 賢者ルビの注意を引くのは当然の結果だったのだろう。


 美月麗羽はそれが、自分の世界の食べ物だと言うことを伝えた。


「麗羽の世界の食べ物すごく気になるのだわ」


 言葉にしないまでも賢者ルビの瞳は雄弁に語っていた。『食べてみたい』と。


 しかし、美月麗羽は考える。


 自身のお尻から飛び出てきたお菓子を人に食べさせて良いものか、そこらへんを真剣に悩んだ。

 ……悩んだ末にこのお菓子がどのように生まれたのかその物語を正直に賢者ルビに話した。


 経緯が分かれば賢者ルビも『食べてみたい』などとは言わないだろうと美月麗羽は思った。


 経緯が分かった賢者ルビは『なおさら食べてみたい』と言った。美月麗羽はその返答を聞いて難しい顔になる。


 もう一度、美月麗羽は自身のお尻から飛び出てきたお菓子を人に食べさせて良いものか真剣に悩んだ。よりにもよってそのお菓子……チョコなのである。


 わかっている。実際にお尻から直接チョコが飛び出てきたのではない。勢い余って外箱はへこんでしまっているがお店に並んでいる姿そのまま魔法陣から召喚されたのだ。


 人体の構造上後ろ向きで発射されてしまったのでその瞬間を美月麗羽が視認することはできなかったが魔法は魔法陣を介して発動することは理解している。


 なので、お尻から直接チョコが飛び出てきたのではない。……と思っていても。あの時、お尻を駆け抜けた風圧と、お尻を震わせて鳴った音。それに破けるパンツ。恥ずかしいの極みなのである。もしかして、もしかしてだけど、いや絶対に有り得ないはずなのに、お尻から直接飛び出てきたのかもしれない不安は拭えない。


 美月麗羽は自身のお尻から飛び出てきたチョコの箱を手に取り開封してその中身を手のひらに転がし、賢者ルビに見せた。


 美月麗羽の手のひらにはチョコがコーティングされたコーンスナックが照明の光を僅かに反射して光っている。


「こ、これはですの……」


 賢者ルビの言葉はそこで止まってしまったが、思ったんだと思う。……思ってしまったんだと、思う。艶のあるウンコみたいだと。


 美月麗羽も普段ならそんな下品な事は思わない。そもそも食べ慣れた馴染みのあるお菓子だ。思うわけがない。ただ、お尻から飛び出てきたお菓子が黒光りしてたらやだなぁって思ったら連想してしまったのだ。


 賢者ルビはおそるおそる手を伸ばして、人差し指と親指で軽く摘んで美月麗羽の手からそれを取り上げた。


 美月麗羽はなんだか無性にドキドキしていた、恋のトキメキみたいな良いものではない。触れられたくない何かを探られているような居心地の悪い、気まずさを煮詰めたようなドキドキ。


 賢者ルビは摘み上げたお菓子を鼻に近づけてニオイを嗅いだ。


 美月麗羽は内心で『嫌ぁやめてぇ嗅がないでぇ』っと悲鳴をあげていた。


 賢者ルビも最初に『食べてみたい』と言ってしまったので引き返せない。そんな険しい何とも言えない表情だった。


 美月麗羽もニオイを嗅がれている間、賢者ルビと同様な何とも言えない険しい顔になっていたが本人たちは摘み上げられた黒光りするチョコに集中しているため気づいてはいない。


 しかし、賢者ルビがクンクンとチョコのニオイを嗅ぐと、その表情がすぐに和らいだ。


「ほのかに甘い香りがするのだわ」

「一応甘いお菓子ですよ」


 美月麗羽もほっと安心する。ちゃんとお菓子の匂いで良かったと胸を撫で下ろす。


 残る問題は、魔法によりコピーされたその食べ物は、本当に食べて良いものなのかということ。

 当然のことながらクッキーを作るためには、小麦粉とバターといった食材が必要になる。チョコだって言うまでもなく食材を組み合わせて加工したものだ。

 しかし、目の前にあるチョコはチョコの見た目をしているが、材料は魔素100%なのである。

 例えるならプラスチックを加工して塗装した食材サンプルに近い感覚だ。

 食材ではないのだから、食べることはできない。


 賢者ルビが持っているチョコは、食用か否か、その証明は食べることでしか実現できない。


 賢者ルビは意を決したようにチョコを口の中へと運ぶ。不安半分と期待半分が入り混じる。


 口の中へ閉じ込められたチョコは静かに咀嚼されてサクサクと口の中で心地の良い音を奏でる。


 じんわり広がる優しい甘みとチョコの油分が溶けてまろやかなコクが広がる。それなのにコーンスナックの部分がサクサクと砕けて弾けるものだから、まるで口の中で踊ってるみたいだと賢者ルビは思った。


「なんて美味しさなのだわ……」


 美月麗羽も賢者ルビの様子をみて自信もチョコ菓子をひとつ食べてみる。


 サクサク。


(……うん。普通のチョコ菓子)


 日本にあるそれと違うところが見つけられないほどそのままな普通のチョコ菓子。それが美月麗羽の感想だった。ところが賢者ルビの反応はもっと大きなものだった。


「麗羽! あなたはいつもこんな美味しいものを食べていましたの!」


 賢者ルビの視線はチョコ菓子の箱に釘付け、箱を動かすとルビの顔も動く。


「ルビさんもっと食べますか?」

「っ!。いいんですの?!」


 いやいや、ここまでの反応をされて『もうあげません』なんてできるはずもない。こんなにも喜んでもらえるならっと、美月麗羽は自身のお尻から作らし異世界のお菓子を賢者ルビに渡した。


 賢者ルビは1つ1つを大切そうに食べる。しかし、動く手は止まらない。口の中で咀嚼して飲み込んでしまったら次のチョコを取り出してまた口の中へ運ぶ。

 ずっと、口の中をチョコで満たしていたいと、空っぽになった口がすぐに欲しがる。


 やがて、最後の1つを飲み込んで余韻に浸る。箱の中を覗いてもなにもないのは分かっているが確認せずにはいられない。


 空っぽになった箱を大事そうに手の中に抱えて、虚な目をした賢者ルビが美月麗羽をみる。


「ちょこぉ……」


 美月麗羽の脳内では『これはアカンやつ』と知らない誰かのツッコミの声が鳴り響いていた。

 

 

 

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