オナラがいいのだ
ひっくり返ったガエルが担架に乗せられて運ばれたのを見送り、何事もなかったかの様に賢者ルビと美月麗羽は会話を再開した。
「空を飛ぶ前に、着地のことも考えないとですね」
「そうでもないのだわ。ガエルが無茶していただけで着地の技術は基礎の魔法で応用が効くものですの」
「そうなんですか?」
「魔法って言っても使うのは魔法陣の方なのだわ。この魔力で描かれる魔法陣は物質を弾く性質があるのだけれど、それは風をも弾きますの」
賢者ルビは軽い調子でジャンプすると3mほど跳躍した。それから空の上で片膝をついて座るような体勢になると足元に魔法陣を発現させる。
魔法陣が発現された時点から目に見えて賢者ルビの落下速度が緩やかになった。
そして、着地の瞬間に強い風が吹き、賢者ルビの体が地面の上で空気のクッションに降りたように一度停止してから地表に着地した。
まるでアニメのワンシーンを観てるような体験に美月麗羽は『そうそう! 魔法ってこういうので良いんだよ』と思った。
「ルビさん! 今のはどうやるんですか?」
「今のは、ガエルたちがやってたようにジャンプした瞬間にオナラの力で加速して、落下に変わった時に足元に魔法陣を展開したのだわ。
魔法陣を展開すると空気を弾くから落下を緩やかにすることができますの。最後に着地する手前で風の魔法を使えば地面と魔法陣に挟まれた風が着地の衝撃を和らげてくれるのだわ」
賢者ルビは簡単そうに言うが、実際は魔法の切り替えと維持をしなくてはいけないので練習なしに再現するのは難しいだろう。なによりもオナラの力で加速したというパワーワードにやられてなかなか頭に内容が入ってこない。
「ガエルが着地に失敗したのは、魔法の発動に制限があったからなのだわ。人間は体内に魔力を蓄えるのに限界がありますの。
お尻に蓄えた魔力を使い切ったら、また呼吸により生成し直さなければいけないのだけど、ガエルにはその時間が十分になかったせいで、魔法陣による減速が不十分となり、最後に落下の衝撃を相殺しきれなかったのだわ」
「つまり、体内に貯めてある魔力を使い切るのは危険なんですね」
「そうなのだわ。魔力を貯めれるスピードと魔力を使うペースはバランスが取れてないと最後は手詰まりになるという点で危険と言えるのだわ」
美月麗羽は魔力の考え方を改め直した。走ったら疲れ、休憩すれば回復する体力に近い運用で考えるなら、自然回復で行使できる魔法が活躍する場面は多い。肝心なのはマラソンと短距離走の違いような使い分けなのだ。
逆に体力を温存する為にも魔力の方を先に使う方が良いのかもしれないと考えた。
そして、やっぱり捨て切れない思いが燻る。
「魔法が手から発動できたらなぁ……」
美月麗羽の独り言の小さな声を賢者ルビは拾う。
「魔法を発動させるためには、魔力の排出口がないと無理ですの、手から魔法が放てるのは魔族で、魔族の使う魔法はハンドパワーと呼ばれてますの。人間でそれをやってしまうと魔王側の勢力と誤解されかねないのだわ」
「魔族は手から魔法を?」
賢者ルビは静かに頷く、その返答に対して少し魔族が羨ましいと思う美月麗羽だった。
「手から魔法を放てるのは照準を向けやすいという利点は確かにあるのだけれど、それを羨ましいと思った事は正直少ないのだわ」
美月麗羽はその理由が分からず首を傾げる。絶対に手から魔法を発動できた方が便利であるはずだからだ。
「魔法は一回使えば、再度魔力を溜め直す為にクールタイムが必要になるのだわ。
小さい魔法なら連発して放つ事もできるし、大きな魔法なら1発。無理して2発発動できるけれど、無理をすればガエルのようになりますの。それに、人間のオナラなら魔力出力が高いから魔法の強弱をつけやすいのだわ。
魔法は基本的に弱く発動する事はできるのだけれど、限界を超えて強く発動する事ができないから、ブレス、オナラ、ハンドパワー、テールのように魔力排出口の種類である程度、威力が決まってますの」
急に始まった魔法談義にふむふむと真面目に聞き入る美月麗羽。
賢者ルビはわかりやすく説明するために右手を動物の口の形に、左手で尻尾を表現するために人差し指をピンと立てた。
「テールの魔法は1番弱い威力の魔法しか放てないのだけど、この手の生き物の最大の脅威は爪や牙なのだわ。だから噛み付いたり、爪で押さえつけて動けなくなった隙のある相手にテールを放つとそこで勝負が決まる事が多い。威力はそこまで必要ないのだわ。
ドラゴンは存在自体が脅威だから割愛しまして、オナラはかなりバランスが良く、ハンドパワーは中途半端になりがちですの。その理由に美月麗羽は想像がつきまして?」
正直なところ美月麗羽は日本でのイメージから手から放つ魔法は使い勝手が良く欠点がないとさえ思えた。逆にお尻から放つ魔法は何かの冗談かとさえ思えてくる。
バランスが良いのは魔族の使うハンドパワーの方ではないのか? そこから考えが抜け出せないので賢者ルビの求める回答に辿り着けずにいた。
「人間の最大の武器は道具を扱える事なのだわ。魔族も人間と似た構造をしているからもちろん道具を使ってくるのだけれど、ハンドパワーを使う為にはその道具から手を離さなければいけませんわ」
賢者ルビから発せられたヒントに繋がらなかった線が急に繋がったように、はっとした。
「戦闘中に一時的とはいえ、武器から手を離す。もしくは手を相手に向けないと使えないのは大きな隙となりなりうるのだわ。魔族との戦闘は距離を詰めるまで勝負と言われてますの。それなのにハンドパワーは大きな魔法も使えないし、それなりの魔法を数発したらクールタイムで隙だらけ何にしても中途半端。その点、オナラならそのデメリットが一切ないのだわ。
オナラは魔法で1番バランスが良いですの美月麗羽の言った空を飛ぶ魔法もきっとオナラだからこそ可能性があると私は思うのだわ」
ハンドパワーとオナラが比較される日が来るとは今日まで思いもしなかった美月麗羽であった。




