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楽しいこと

 賢者ルビは美月麗羽に声をかけられて室内に戻った。そこにはヒラヒラとした装飾服の下にきちんと服を着込んだ美月麗羽が出迎えてくれて少しあんしんする。

 先ほどの彼女は魔法を恥じらうのに、服を着ずに至る所の肌を露出させるのは平気という。賢者ルビの感覚からしたら、なんとも矛盾していたのだ。


「あなたがこの国の服を着てくれて嬉しいのだわ」


賢者ルビは人差し指を顎にあてて少し考えたあとに、自身の装飾服を外していく。


「あの……なにを?」

「これらの装飾服は本来畏まった場所で着るものなのだわ。自分の部屋で過ごす時や友人の部屋に招かれた時は気を許すという意味でも外して差し支えのないものですの」


「そうなんですか?」

「私は美月麗羽、あなたと友人になりたいと思うのだわ。あなたはこの国のことをまだよく知らないんですもの、気軽に相談できる相手が1人ぐらい居た方が良くてよ。それとも私では役不足かしら?」


 美月麗羽は異世界で友人として立候補してくれたルビの心遣いを有り難く思う。日本にいた頃も話の出来るクラスメイトは居たけれど、どこから友人でどこからただの同級生なのか判断に困っていた。

 正直に言うと、友人と断言できる友人は居なかった思う。

 放課後に少しの時間遊ぶ事はあっても、休日の日に予定を合わせて出かけるほどでもない。

 スマホのカメラを向けられて音楽に合わせて一緒に踊るのには抵抗があり、そういう類の遊びには一切関わろうとしなかった。

 一緒に楽しいを共有できない自分が友人を名乗るのは少し違うだろうと常々考えていたのである。


 そこでふと美月麗羽は思う。ルビの楽しいと思うものはなんなのだろうと、私は本当に友人になり得るのかと。


「突然で申し訳ないのですけど、ルビさんが楽しいと思う事って何ですか?」

「? 楽しいと思う事ですの?」


 賢者ルビは「んー〜」っと可愛いらしい声を発してから、すぐに考えるのをやめたのかあっけらかんと言う。


「魔法なのだわ。私は子供の頃からずっと魔法について勉強したり、使ったりするのが好きでしたの。それは今も変わらなくてよ。魔法について考えてる時が1番楽しいのだわ」


 そう言い切る賢者ルビは朗らかな微笑みで、今の言葉が嘘偽りのない本心だとわかる表情をしていた。

 美月麗羽はこの世界に来て、1番ワクワクした瞬間は魔法を実際に観れると思った時だった。

 その結果、兵士のお尻から爆発的な炎が噴き出て感情を揺さぶられてしまったのだが、兵士のお尻から炎が吹き出るという発生場所さえ視界に入れなければそれは、正しく異世界の奇跡で感動したに違いない。

 

 美月麗羽は思う。自分も魔法が好きなのだと、自由自在に魔法が使えて空でも飛べたらと空想した事だってあるほどに。


「わたしも魔法は好きです。その分、想像とかけ離れた発動でショックが大きかったところはありますけど、魔法で空でも飛べたら良いなってここの世界に来る前は考えていた時もありました」

「魔法で空を飛ぶですの……」


 賢者ルビは腕を組んで眉間にシワを寄せて難しい顔をした。


「悔しいことに空を飛ぶなんて考えた事がなかったのだわ! あぁどうしてそれに思いあたらなかったのかしら。……飛ぶとは違うのだけれど、高く跳ぶ人なら知っているのだわ。もし興味があるのなら今からでも会いに行っても良いのだわ」

「高く跳ぶ。ですか」


 美月麗羽はその高く跳ぶがどの程度なのか興味があった。賢者ルビの誘いを断る理由などない。

 この部屋の中でウダウダ落ち込むよりも、もっと魔法の可能性をみて視野を広げる事が今、自分に必要な経験なのだと本当はわかっているのだ。


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