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09 アイ アム 賢者

 王城の廊下をスタスタと歩く女がいる。


 女はショートカットの青髪と小さな身体に不釣り合いな豊満なお尻を揺らして迷わず進む。

 その女は少女のようにも、色気のある妙齢の女性のようにも見えた。


 女が目的とする場所は異世界から召喚された勇者である美月麗羽の部屋だ。


 どうやら異世界から来た勇者は魔法のない世界から召喚されたらしく、魔法に対しての忌避感を持っているそうだ。

 この事態を深刻に見た王国は早急に問題を改善するべく国の賢者を呼び寄せた。


 何を隠そう、青髪ショートカットのぷり尻の女はこの国の賢者ルビ。永遠の18歳(36歳独身)である。


「さて、問題の勇者様はどう言った子なのかしら?」


 賢者ルビは自身の行く道に遮るものはないと確信しているような振る舞いで部屋のドアを叩いた。


「勇者様、失礼するわ!」


 賢者ルビは意気揚々とドアを開け進もうと足を前に出して、前のめりになった頭をドアに打ち付けた。

 ドアにカギはかかってはいなかったが、少し押し込んだ先で何かにぶつかったようで開かなかったのだ。


「痛ーいぃぃ、どうなってるのよ」


 賢者ルビが頭を押さえてしゃがみ込んでいると、部屋の中からガサゴソと何かが動く音がした。


 その音が止まったと思ったら、静かにドアが開いて、少し冷たい印象を受ける整った顔の女が顔を出す。

 賢者ルビは、彼女が美月麗羽だと確信する。


「初めまして勇者様、あなたが美月麗羽ね。私はルビよ。以後お見知りおきを!」


「……ルビさん? すごいタンコブ出来てますけど大丈夫ですか?」

「えぇ、お気になさらず、私ぐらいになりますと、タンコブは嗜むものですわ。それよりも中に入ってもよろしいかしら?」


 美月麗羽はタンコブを嗜むとは? と思い首を傾げながらも、ルビを部屋の中に招き入れた。


 ルビは部屋の中に入って、もう一度美月麗羽の顔を真っ直ぐにみてあることに気づく。

 美月麗羽の目元が赤く腫れている。その気づきはおそらく美月麗羽が今し方まで泣いていたのだと推測するには十分な材料だった。


 それから、一呼吸の間にルビは思考する。


 突如異世界へ呼び出されてしまった彼女が平静で居られるはずはないのだと、自身のこれからを考えると不安でないはずがない。

 元の世界に住んでいるだろう家族とは生き別れとなってしまった。これから先、元の世界に帰れるかどうかも定かではない。

 ここは、彼女の心中を察して大人であるルビが美月麗羽の苦悩を受け止めてあげるべきだと。

 そう思った。


「気のせいならごめんなさい。あなたもしかして泣いていたのかしら?」


 美月麗羽は自身のヒリツク目元に指を添えて気まずそうに俯く。


「はずかしながら……少し」

「無理しなくていいのだわ!」


 ルビは身を乗り出して美月麗羽の手を取り、美月麗羽の瞳を真っ直ぐ見つめた。


「元の世界から突然呼び出されてしまったのだもの、心の整理がつかない事もあるでしょう!」

「いえ、そこは割とショックはないです」

「ないんかーい!」


 ルビ瞳を左右に忙しなく動かして、美月麗羽が泣いていた理由を懸命に考える。


「そ、そうね。急に勇者としての重い責任を背負ってしまったことよね。あなたの不安わかるわ!」

「いえ、それも別に。こういう展開だとテンプレかなっと逆に捻りがないくらいに思ってました」

「さすが勇者様! 心が広い!」


 ルビは美月麗羽が泣いた理由をさらに推測しようと試みたが、もう何も思い浮かばない。

 仕方なく白旗を上げることにした。


「じゃ、じゃあなんで泣いていたのかしら?」


 美月麗羽はその質問に答えようとして再び視界が滲みかけるのを感じて、開きかけた口を閉じる。


 ルビは口にしようとするだけで、感情が揺さぶられている様子を見て、これはよほど辛い出来事があったのだと、『どんな内容でもお姉さんが受け止めて差し上げますわ』という面持ちでじっと沈黙に耐える、


「魔法がオナラなのが嫌すぎて」

「泣くほど嫌なんかーい!」


 ルビにはわからない感性のもと美月麗羽が泣いていたので、共感する事も、気持ちを受け止める事もできずにツッコミを入れる事しかできなかった。


 ルビにしてみたら、鼻から呼吸するのが嫌すぎて泣いてると言われているのと同じだった。

 お尻から魔法を発動するのが嫌すぎて、と言われても、そういうものなんだからしょうがなくなくなくない? そんな感じになってしまっても仕方がないだろう。


 文化の違いによる悲しいすれ違いである。

 


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