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8.私たちは、地獄の底からやってきた

 八頭を後ろから眺めているのが現在の私たちの状況。

 先頭は変わらず、ワンダフルブレイバー。後続を大きく突き放し、大逃げを目論んでいる。

 まだ慌てるような場面ではないが、残り一キロメートルを切った地点でもこのくらいの差がついてしまっていたら、追い抜くのは厳しいだろう。

 コースは全長三キロメートル。現在、残り約二キロメートルといったところだろうか。

 ワンダフルブレイバーを追い抜くためには、そろそろエンジンを掛けるべきだろう。

 現在の順位は、先頭から、ワンダフルブレイバー、そこから大きな差が開いて、グランドスピード、レッキョウダンプカー、ノースウィッチ、ゲストサンページ、天馬二頭分くらいの差が開き、プラトージャッカル、パンチヒット、ベビープロトナムスホラング、そして、スカイアンドホワイトとなっている。

 いきなり、他八頭を全抜きするのは難しいし、できたとしても、そこからパワーを維持できる自信はない。

 よって、まずは、私たちのすぐ前を駆けているプラトージャッカルとパンチヒット、ベビープロトナムスホラングの三頭を追い抜くことにしよう。


「いけるよね、スカイアンドホワイト」


 呟くと、私の気持ちに応えるように、スカイアンドホワイトがギアを上げていく。

 ずんずんと迫り、迫り、迫って、迫って、そして、私たちはプラトージャッカルとパンチヒット、ベビープロトナムスホラングを追い抜かしていった。

 メディアは、おそらく、スカイアンドホワイトがこの三頭を追い抜かした事実なんて見ていなくて、ワンダフルブレイバーがどんどんと後続を突き放していく事実しか見ていないのだろう。

 きっと、私たちがこの三頭を追い抜かした事実なんて、実況されていない。

 そんな影が薄い天馬に、もう少しで観客たちをアッと言わせる展開がやってくる。

 そのときが来るまで、私たちはじっと我慢だ。

 堪えろ。まだ、早い。出すぎるな。

 強さをアピールするのは、まだだ。今は、一頭のモブ天馬を演じるだけ。

 存在感を隠す。

 隠して、『ここに怪物がいる』という事実を悟らせないようにするんだ。

 悟られてしまうと、警戒されて、私たちの駆ける道を妨害されてしまう可能性がある。

 だから、この一頭のしがないモブ天馬を演じることができている今この状況は、作戦通りなんだ。

 私たちの策略に、全員が騙されてしまっている。

 どうだ。私たちの姿は滑稽だろう。醜いだろう。そもそも、存在すら気にしていないほどだろう。

 よろしい。ならば、その油断が命取りだってこと、学ばせてあげようじゃないか。


「二段階目、行くよ」


 呟くのとともに、手綱に力を入れると、スカイアンドホワイトがさらに一段階ギアを上げていった。

 後ろを突き放し、前に迫り、グランドスピード、レッキョウダンプカー、ノースウィッチ、ゲストサンページの四頭を捉える。


 きみたちが恐怖しているのは、ワンダフルブレイバーかい?

 きみたちがマークしているのは、ワンダフルブレイバーという天馬で良いのかい?

 きみたちが追い抜こうと思っている相手は、ワンダフルブレイバーただ一頭だけだと思っているのかい?


 心の中で問う。もちろん、意味はない。意味なんてなくて良い。

 だって、返答はいらないから。

 私たちがこの勝負で圧倒的な力を示したそのとき、真に恐怖した方が良かった相手が『スカイアンドホワイトだった』って気がつくだろうから。

 だから、返答なんていらない。

 私たちは強者であれ。強者の風格をこの勝負で見せよう。

 きみたちが恐怖する相手は、ワンダフルブレイバーなんかじゃない。

【白き小さな勇者】――スカイアンドホワイトだ――。


「そろそろ、本気を見せてあげようか」


 手綱を振るようにして力をスカイアンドホワイトに伝わらせると、スカイアンドホワイトが一気に最大加速をし始めた。

 グランドスピード、レッキョウダンプカー、ノースウィッチ、ゲストサンページの四頭をついに追い抜かし、私たちの前方に存在するのはワンダフルブレイバーただ一頭となる。


 さあ、さあ、さあ。さあ、さあ、さあさあさあ!

 恐れ、戦け。

 きみたちが見るべきなのは、ワンダフルブレイバーだけじゃない。

 ワンダフルブレイバーに迫る、一頭の『怪物』がいる。

 予想も期待も、すべてを裏切って、民衆たちが一番だと信じた天馬を、凌駕しようとする、何者かがいる。

 その天馬は、勝てない天馬だと罵られ、期待されることなく、散っていってしまった天馬の子ども。

 そんな馬鹿にされ続けてきた者の後継者が、民衆たちの期待の星を力で捩じ伏せて倒す姿をこの目で見ることができるというのは、どれだけ気持ちの良いことだろうか。

 何度でも思おう。

 私は、そんな展開をずっと待ち望んでいた。ずっと、ずっと、ずっと、だ。

 残り一キロメートルを切った。あれだけ差が開いていたはずなのに、もう、ワンダフルブレイバーと私たちの差は、僅か天馬一頭分ほどでしかない。

 ワンダフルブレイバーの騎手、アルマールさんの姿が漸くこの目にくっきりと、くっきりと、映った。

 アルマールさんは必死な顔をしている。若干、驚いているような顔にも見える。

 きっと、私たちがまさかワンダフルブレイバーに迫ることになるだなんて、本当は内心、これっぽっちも思っていなかったのだろう。

 だから、今、恐怖しているんだ。私たちという存在に。

 アルマールさんには絶対に負けられない理由がある。

 私たちにも絶対に負けられない理由がある。

 この勝負に勝てるのは、一人と一頭のみ。

 私とスカイアンドホワイトか。それとも、アルマールさんとワンダフルブレイバーか。あるいは、他の者たちか。

 誰が勝つかなんて、最後の最後までわからない。

 だけれども、私たちは、私たちが勝つために、私たちが勝つと信じている。

 勝利のビジョンは、もう見えているんだ。

 勝たせない。勝ちは譲らない。

 勝つのは、ワンダフルブレイバーでも、他の者たちでもない。勝つのは私たちだ。


「さあ、勝負だ!」


 ついには、ワンダフルブレイバーとクビ差にまで迫った。

 この流れなら、いける。私たちのコンディションは最高だ。

 負けてたまるか。私たちは、勝つためにここに来たんだ。敗北を味わうためにここに来たんじゃない。ワンダフルブレイバーを引き立てるためにここに来たんじゃない。

 誰が私たちをモブだと決めた。

 誰が私たちを勝てないと決めつけた。

 勝負は最後までわからない。

 民衆たちの期待を、すべてぶち壊して、勝負の楽しさをわからせてやろう。

 さあ、恐れろ。恐れろ。

 勝つことに執念を燃やした者たちの生き様を見よ。

 地獄を味わった。屈辱を味わった。絶望を味わった。

 でも、その苦しみを今、解放する。その苦しみを今、ぶつけていく。

 私たちは、ここで終わってなんかいられない。ここで立ち止まってなんかいられない。

 底に居座ったままでいられるか。私たちは大金星を掴むために、這い上がって、這い上がって、地獄の底からやってきた。

 なりふり構わない。ただ、がむしゃらに道を抉じ開けて、ここで駆けている。

 私たちは、全力で駆けているんだ。


「……いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇスカイアンドホワイト!」


 ぐんぐんと追い上げ、追い上げ、ついにはワンダフルブレイバーを追い抜かし、私たちが先頭となった。

 残り五百メートルを切っている。

 勝つぞ。勝つぞ。誰にも注目されていなかった、私たちが、今、勝つぞ。

 私たちは高ぶった気持ちのままに、ゴールを目指そうとする。

 もう少し。あと少し。

 勝ちたい。勝ちたい。いや、勝つ。絶対、勝つ。私たちが勝つ。

 ここまで、すべて作戦通りにいった。思い描いたイメージは、現実でもその通りになっている。

 私たちが勝利を手にしているその姿は、もうすぐ見えてくる。

 粘れ、粘れ、粘れ。

 まわりを見るな。後ろを見るな。

 私たちは、前だけを見る。後ろなんて、気にするな。

 私たちは、強い。私たちは、最強だ。

 そう信じて、今、ついに先頭に立つことができた。

 信じるのは、私自身とそして、スカイアンドホワイト。ただ、それだけ。

 私はスカイアンドホワイトを信じる。スカイアンドホワイトは私を信じる。

 お互いを信じ合うことができているから、私たちは勝てる。


 ……と、思っていたそのとき、後ろから凄まじいオーラが迫っていることに気がつかされてしまった。


 なんだ、これは。なんなんだ、これは。


 悪寒がする。私は、何かに対して、怖がっているらしい。

 な、に? これは、なん、だ……?

 ゾワゾワと身体中に伝わる恐怖。

 殺気。そう、まるで殺気のようなものが、私たちのすぐ後ろに存在している。

 この殺気のようなものの正体は、おそらく、アルマールさんとワンダフルブレイバーのオーラだ。

 私たちは抜いたと思っていた。勝ったと思ってしまっていた。

 けれど、負けを信じていない者たちが、まだ、そこにいた。


「逃げて! スカイアンドホワイト!」


 必死になって、逃げようとする。

 けれども、ワンダフルブレイバーがぴったりと私たちの後ろにくっついてきているような気配が、ある。

 怖い、怖い。

 心が徐々に恐怖で支配されていく。

 逃げなければ。逃げなければ。

 思っても、まったく差は開かない。むしろ、じりじりと迫られているような気がする。

 このままでは。このままでは、私たちは――。


「……いけない。まわりを見てしまっていた」


 息を吐いて、冷静さを取り戻していく。

 アルマールさんとワンダフルブレイバーにペースを持っていかれそうになっていた。危ない。あのまま、心まで支配されてしまっていたら、終わりだった。

 恐怖によって手綱を握る力を緩めてしまった手に、もう一度気合いと根性と力を入れ直して、スカイアンドホワイトに気持ちを注入していく。

 ちがうよね。今まで散々怖さというものを経験してきた私たちが、今さら、抜かされそうになっている程度のことで怖いと思ってしまっていたなんて、本当、どうかしていた。

 ちがう。恐怖して勝つんじゃない。

 自分で言ったじゃないか。『笑って、勝とう』って。

 だから、笑おう。笑って、勝とう。

 アルマールさんとワンダフルブレイバーの強さは伝わった。凄さも伝わった。必死さも伝わった。

 でも、私たちはその強さも凄さも必死さもすべて上回って、勝ってやる。

 絶対に負けてしまう天馬がいた。散々な言いようをされた天馬がいた。

 その天馬から血を受け継いだスカイアンドホワイトと、私で、最強を目指し、伝説を語り継がせる。

 そのために、私たちは勝つ。絶対に、絶対に。


「いっしょに掴もう、勝利を」


 ゴールする、そのときがやってきた。

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