3.勝者のイメージ
スカイアンドホワイトは小柄だ。
大きすぎると重心が崩れてしまうし、小さすぎると馬群に飲まれたとき他の天馬を押し退けていく力がなかったりパワーが持続しなかったりとパワーという部分に不安が残る。
小さすぎても大きすぎても良くはない。何事にも『ちょうど良い』というものが存在している。
「スカイアンドホワイト。試しに、羽ばたいてみようか」
手綱に手を掛けて、スカイアンドホワイトを操ろうとしてみる。
スカイアンドホワイトはとても素直な天馬のようだ。私の進みたい方向へ進んでくれる。私の想いが届いているらしい。
一瞬、目を閉じて、想像の世界にログインしてみる。
私とスカイアンドホワイトの目標は【天馬競争】でテッペンを取る。そのためのビジョンを形成していかなければならない。
【天馬競争】は空の戦い。フィールドは上空百メートル以上の場所にある。
スタートの段階は競馬とあまり変わらない。人工の浮き島に建てられた狭いスターティングゲートの中に天馬たちが押し込められ、スタートの合図が出るとゲートが開かれて、天馬たちは一斉にスタートする。
スタートしてすぐの時点で、天馬たちのタイプが見えてくる。
まず、先行逃げ切りタイプ。これはその名前の通りスタートから一気に飛ばして逃げ切りを図るタイプだ。
次が、中団差し込みタイプ。序盤はパワーを温存し、終盤、溜めていたパワーを一気に解放するタイプ。有名な天馬はだいたいこのタイプに属している。
そして、最後に後方追い込みタイプ。これは終盤も終盤。レースの最後にかけている天馬だ。
まずはスカイアンドホワイトが素の状態のとき、どのタイプなのかを見極めなければ。
スカイアンドホワイトは小柄も小柄で、とても小柄な天馬だ。
となると、中団差し込みタイプだったら走り方を考えなければならない。中団にぞろぞろと天馬がいて前にも後ろにも他の天馬がいるという状況になる。自分のペースで羽ばたくのが難しい立ち位置になると、勝つのは厳しいだろう。
逃げ切りタイプか追い込みタイプか。
うーん、どのみちある程度のパワーは必要となる。
スカイアンドホワイトがどこまでやれるか。さてさて。
「じゃあ、行こうか。よーい、スタート!」
スカイアンドホワイトは空を駆けていく。
スタートの感じは、なかなか遅めだ。
差し込みタイプもしくは追い込みタイプか。
もう少し様子を見てみよう。
まだ確定はしていないが、これはおそらく追い込みタイプ。イメージとしては、最後方からのレースをすることになりそうだ。
最後方からのレース。良いね。最高じゃないか。
スカイアンドグレードは民衆から期待されずに終わってしまった。
私も親から期待されなかった。だから、捨てられてあんな暗い路地に迷い込んでしまったのだ。
スカイアンドホワイトもきっと民衆には期待されていない。
デビュー戦は血統がものを言う。通常は血統の良い天馬が一番人気を勝ち取り、順当に一着を取っていく。
それが普通。それが当たり前。
……でもさ。期待されていない天馬が期待されている天馬を押し退けて一着を取っていく姿。私はそんな姿を見たい。そんな姿を見たら、きっと、最高な気分になれるんじゃないだろうか。
……『当たり前』なんてもの、スカイアンドホワイトもぶっ壊してみたいと思うよね?
私は笑顔をスカイアンドホワイトに向ける。スカイアンドホワイトは雄叫びを上げた。
「そっか、そっか。そうだよね。スカイアンドホワイトも私と同じ気持ちだ」
スカイアンドホワイトの走りをきっちりと確認して、追い込みタイプだと確定したとき、私はまたニヤリと笑ってみた。
私とスカイアンドホワイトの世界を築く。私たちのペース。私たちのペースで駆ける。
最後方からのスタート。それは普通に考えたら、不利なように思える。
でも、それで良い。私とスカイアンドホワイトにはそれで良い。
私もスカイアンドホワイトも期待されていないんだ。
ねえ、スカイアンドホワイト。期待されていない者同士がさ、ビュンビュンと先を行く有象無象の天馬たちを追い抜かして、名天馬たちをもバッサバッサと薙ぎ倒していく展開を想像してみてよ。
それって、最高に気持ちが良いと思わない?
だから、私たちは最後方からのスタートで良い。最後方からのスタートで行こう。
優しく語り掛けるようにスカイアンドホワイトの頸部を撫でてみると、スカイアンドホワイトはまた雄叫びを上げた。
「うん、うん。そうだね。いっしょにぶっ壊そう。『当たり前』という概念を」
漲る。気持ちが。闘志が。心が。
言わせない。ダメな天馬だった、だなんて。
私の英雄は、伝説の英雄なんだ。それに、みんなが気づいていないだけ。
私はそれを民衆たちに気づかせる役。伝説の英雄をサポートしてあげる役。
この物語の主役は名のある騎手でも名のある天馬でもない。
私とスカイアンドグレードとスカイアンドホワイト。私たちの物語だ。
「当たり前も常識も、置いていく。そのために、まずデビュー戦に勝たないとね」
呟いてみる。スカイアンドホワイトは「承知した」と言わんばかりに再度空を駆け始めた。
さっきよりも加速していく具合がちがう。急加速だ。
速い。速すぎる。
本当に、私たちはテッペンを取れるのではないだろうか。
何もかもが確信に変わっていく。
疑っていたわけじゃない。元々信じていたことが、さらに強いものへと変わっていっているのだ。
【天馬競争】を勝つためには騎手と天馬の信頼が何より一番大切だ。そのため、私とスカイアンドホワイトの間に気持ちの温度差が存在してしまうと、【天馬競争】に勝つのは難しくなってしまう。
けれど、どうやら、心配はいらないみたいだ。
スカイアンドホワイトも絶対に勝ちたいと思っている。絶対に一番を取ろうと思っている。
良いよ、スカイアンドホワイト。いっしょに一番を取ろう。
心をどんどんと通わせていく。
スカイアンドホワイトは私の気持ちに応えてくれようとする。だから、私もスカイアンドホワイトの気持ちに応えたい。
応えるためには、何事にも全力で取り組む。全力で挑む。
私のやるべきことはそれだ。決まっている。
「スカイアンドホワイト。きみはいずれ最強の天馬として、世に知れ渡ることになる。そのために、私は最大限のサポートをする。困ったら、私を頼って」
頬をスカイアンドホワイトの背につけて、呟く。
スカイアンドホワイトは天馬だ。人間ではない。そのため、人語を話すことはできないから、何を思っているのかはわからない。気持ちを汲み取るしかない。解釈するしかない。
だから、天馬の気持ちを理解するのは、普通、難しい。
けれど、私はそのときのスカイアンドホワイトの気持ちがわかったような気がした。
スカイアンドホワイトはきっと、こう言っているような気がする。「なら、きみが困ったら私を頼ってくれ」と。
これは、あくまで私がそう思っているだけの話。
本当にどう思っているのかはわからない。正確な気持ちを知ることはできない。
けれど、私はスカイアンドホワイトを信じているから。
きっと、スカイアンドホワイトはそう思っているはずだ。
「そろそろ、降りようか。今日はきみをよく知りたくて、いっしょに飛んでみたかったんだ」
手綱に気持ちを乗せると、私の気持ちに応えたスカイアンドホワイトは、ゆっくりと降下していく。
ふわふわとふわふわと。本当に緩やかに地上に降りようとしてくれている。
思いやりのある天馬だ。
しっかり、人を人と認識してくれているようなこの感じ。
やはり、スカイアンドホワイトは私の見込んだ通りすごい天馬だ。そして、スカイアンドホワイトの親、スカイアンドグレードもこのスカイアンドホワイトを世に送り出したのだから、すごい天馬だ。
今、再度、ビビッときた。何度もビビッとくる。
スカイアンドホワイトの時代はやってくる。絶対にやってくる。
テッペンを想像しよう。たくさんの天馬たちを従えた、スカイアンドホワイトの姿を想像しよう。
さまになっている。容易にイメージが頭の中に浮かんでくる。
這い上がって、這い上がって。のし上がって、のし上がって。頂点に君臨するスカイアンドホワイトの姿が。
嘲笑う者はいない。蔑む者もいない。
ここにいる誰もがその姿に心を奪われている様子が私には見えている。
私はきみのことを見ている。
そして、きみは私のことを見ている。
私ときみで頂点を掴み取るイメージ。
大丈夫。もう、怖くない。
絶望は、もういらない。嘆くのは、もういらない。
いっしょならやれる。
混沌の闇に溺れかかっていた私と、嘲笑の中で生きてきたきみと。苦しい思い、つらい思いをともにしてきた私ときみがタッグを組んだのなら、もう、怖くない。
「……絶対、勝とう。スカイアンドホワイト」
地上に降りてから、スカイアンドホワイトの頭を撫でる。スカイアンドホワイトは気持ち良さそうにしていた。
「元気を取り戻したようだな」
「クレナイ!」
いつの間にか、私の後ろにクレナイがいた。私はクレナイの方に振り向く。
「どうだ。やれそうか?」
クレナイのその問いに、私はこう答えた。
「私たちならやれる」
クレナイはその答えを聞いて、フッとクールに笑った。
「ところで、クレナイ」
「なんだ」
「常々疑問に思っていたことなんだけど、何故、クレナイはセクシー女優から牧場主になろうと思ったの? というか、まず、なんでセクシー女優になろうと思ったの? クレナイにはなんか似合わないよ。セクシー女優も、牧場主も」
「……元気になりすぎたな。お前」
クレナイに軽く頬をつねられる。
訊ねてはいけない質問をしてしまったのだろうか。
でも、普通に気になるのでずっと前から訊いてみたかった。
クレナイがセクシー女優……うーん、なんか全然イメージが浮かんでこない。
セクシー、女優? クレナイが?
ただの女優さんならまだわかるんだけども。
私はその事実に納得できず、クレナイの目をじーっと見てみた。
「私の過去がそんなに気になるのか。まあ、いずれ話す機会が来たら、話さないこともない」
クレナイはまたフッと笑って、クールに去っていった。