14.無理をした英雄の残酷な結末
土砂降りの雨。雷の音。
視界が暗い。空気が重い。
悔しかった。納得がいかなかった。
私たちは、結局、『東アンネリアカップ』で一着を取ることができた。
いや、一着を取ることができてしまった、と言った方が良いのかもしれない。
そう。この一着は、一着だけれども一着ではない。
何故なら、私たちはレジェンドコスモと本気のぶつかり合いをしていないからだ。
レジェンドコスモの最終順位は――失格。つまり、順位がつかなかった。
レジェンドコスモは最期まで一着を守り続けて、英雄のまま生涯を終えてしまった。
本当は、私たちがレジェンドコスモの記録を破るはずだった。レジェンドコスモの不敗神話を終わらせるはずだった。
なのに。なのに。なのに。
「……どうして。……どうして」
あのとき。既に様子がおかしかった。
レジェンドコスモは強いと評判の天馬だった。だというのに、私たちはレジェンドコスモをあっさりと抜き去ってしまうだけではなく、実際に相対してレジェンドコスモを脅威な存在とすら思わなかった。
いったい、いつから仕掛けてくるのか。それだけがずっと気掛かりだった。
けれども、レジェンドコスモはいつまで経っても仕掛けてこない。苦しそうに走っているように見えてしまっていた。
私の中に生じた疑問。抱いてしまった違和感。
嫌な予感は的中した。
私はそのとき、脳裏にスカイアンドグレートの最期が過ってしまった。
スカイアンドグレートの最期は無念そうな顔で、ただただ死を待つだけだった。
あのときのレジェンドコスモの顔は、スカイアンドグレートが最期に見せた顔と同じ。……同じだったんだ。
ゴールまでラスト百メートル。レジェンドコスモはコースの端に移動して、ゆっくりと地上に降りていった。
地上に到着した瞬間、レジェンドコスモはパタリと地面に倒れたらしい。
レジェンドコスモは粘った。いっしょに戦っている騎手を不安にさせないように、自分のせいで墜落死させてしまわないように、最期まで力を振り絞って、なんとか地上に辿り着くことはできた。
だけれども、それですべてのパワーを使いきってしまい、絶命してしまったらしい。
「…………」
少し前に、レジェンドコスモが属していた牧場の関係者らしき人物が話していたのを小耳に挟んだ。
レジェンドコスモは元々身体の弱かった天馬だったらしい。だから、最初は【天馬競争】に出場させようと考えていなかったのだという。
そんな身体の弱かった天馬が一着を取り続け、無理して、みんなの英雄になろうとする。
そりゃ、そうだ。そんなことを続けていたら、いつかは無理が祟ってしまう。
限界を迎え、身体がボロボロと崩れていってしまい、そして、レジェンドコスモは亡き骸と化していってしまったのだ。
「悲しんでくれる人がいるというのは嬉しいことだよ」
私の横で、金髪の女の人がそう呟いた。
「……レジェンドコスモの騎手のライカさん、ですよね」
「……ああ」
気まずい。気まずいと、思ってしまう。
私はレジェンドコスモが絶命してしまったレースで一着となってしまった。
捉え方によっては「レジェンドコスモが絶命してくれたおかげで一着を取れた」という風に思われてしまう可能性がある。
実際、レジェンドコスモが本気を出していれば、私たちが一着ではなかったかもしれない。
だから、私にはそれを否定することができない。
私は、最低だ。
「君は、スカイアンドホワイトの騎手の、シャレアさんだね」
「……私のこと、知ってくれていたんですね」
「……ああ」
「……光栄です」
短いやり取り。それはギリギリできた。
けれども、会話はそれで終わってしまう。
悲しみ。悲しみ。悲しみ。ライカさんから、悲しみの感情が溢れ出ている。
自分の相棒を失うとき。きっと、喪失感に苛まれる。
ライカさんは、人前では、悲しみという感情が表に出ないように、必死に冷静さを保とうとしていた。普段通りであろうとした。
しかし、悲しみに心を蝕まれてしまったら、冷静に振る舞おうとしても、いつもの自分自身を演じようとしても、何処かに穴が開いてしまう。
そして、その穴から、いつの間にか深い闇が漏れ出してくる。
それが伝って、悲しみとかいうものはどんどんと連鎖していってしまって。しばらくそれを放置してしまうと、爆発してしまう。
ライカさんから漏れ出ている感情を察するに、ライカさんは今、無理に強がろうとしている。無理に自分の心を騙そうとしている。この悲しみとかいうものに、操られてしまわないように。
「……あの」
「なんだい?」
「『東アンネリアカップ』、対戦ありがとうございました」
「こちらこそ、対戦ありがとう。遠くから見ていて、君たちは良いタッグだなと思ったよ。本当にありがとう」
握手を交わしながら、お互いに相手への感謝を言葉でも伝えた。
ライカさんは心から言ってくれている。憎悪とか、嫌悪とか、マイナスな感情は伝わってこない。本当に私に感謝をしているらしい。
「私はあのとき、レジェンドコスモに勝つことで頭がいっぱいでした。レジェンドコスモがどう動くか。それだけをずっと見ていました。それだけしか見えていませんでした」
「……シャレアさん。自分を責めすぎてしまうとね、いつか、潰れてしまうんだ。……ボクがそうだったから。だから、やめた方が良い」
ライカさんが俯く。
ただでさえ気分が沈んでいると思うのに、下を向かせてしまって、私は申し訳ないと思ってしまう。
いけない。ダメだ。ダメだ、ダメだ。
ライカさんから言われたばかりなのに、私はまた自分自身を責めてしまっていた。
自分自身を責めるのは簡単だ。責めて、責めて、自分を保とうとする。
けれど、それは逆効果。
自分を責めてしまうことで、自分自身の心に傷をつけ、それが、下手をすれば一生残ってしまう。
所謂、トラウマとかいうやつ。そのトラウマとかいうものが生まれてしまい、二度と自分の脳の中から消えてくれなくなってしまうのだ。
「君の考えていることはよくわかるよ。だって、ボクは、最強の天馬レジェンドコスモの騎手だったんだもの。その最強の天馬と長い間心を通じ合わせていたんだ。息づかい、表情、声色、身体の震え。いろいろなところから判断して、心を読み取る。だから、君が今考えていることなんてまるわかりだ」
突然、ライカさんはふぅ、と息を吐いて、地面に寝転がる。ライカさんは私を見ていなかった。ライカさんの視線の先には空がある。ライカさんはどうやら、空を見ているらしい。
どうすれば良いのかと悩んだ私は、しばらくして、ライカさんと同じように寝転がってみる。視線の先には空が広がっている。
人間は空を飛べない。空を飛べないから、辿り着けない未知の領域、空の世界、に憧れた。
空の世界。そこに、人間はいなかった。
孤独。空は広くて大きいけれど、人間には広すぎるし大きすぎた。その世界には、誰もいない。
しかし、いつの日か、人間は空の世界まで支配するようになる。それは、エゴ。欲。人間は何もかもを欲してしまう、傲慢な生き物だ。だから、空の世界が欲しくなってしまったのだろう。
空の世界を手に入れた人間は、やがて、天馬と心を通じ合わせるようになる。
孤独はなくなった。勇気を手に入れた。
天馬と人間が心を通わせて、空の世界を駆ける。
それは、素晴らしいこと。素晴らしくて、サイコーなこと。
そう、私たちは、サイコーな世界で生きている。
「レジェンドコスモは最強だったよ。きっと、どの天馬にもレジェンドコスモを超越することはできない。それくらい最強だった」
「そう、ですね」
「……でも、あのとき。あのとき、勝ったのは君たちだ。君とスカイアンドホワイトが勝利を手にしたんだ。あのとき、ボクは予感したよ。君たちは、絶対に強くなるって」
「…………!」
私はライカさんの方を向いた。
「ボクたちに君たちは勝った。だから、ボクたちに勝った君たちに、ボクはお願いをしたい」
ライカさんも私の方を向いた。ライカさんの目は優しい目をしている。
「……君たちに、頂点を取ってほしい、と思っている」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中に頂点を取ったそのときの光景がパッと浮かんできた。
興奮。衝動。さっきまで、申し訳ない気持ちや、悲しい気持ち、いろいろなマイナスの気持ちが心に入り混ざっていたのに、急に心が熱くなるような気持ちが湧き上がって、マイナスな気持ちを追い出そうとしている。
どうしてだろう。どうして、こんな気持ちになってしまうのだろう。
私はもう一度、空を見つめる。
私はお願いをされた。気持ちを託された。
最強だった者から、心を鼓舞させるような言葉を掛けられた。
そうか。わかった。何故、私の心が滾ってきたのか。
最強から、『最強になってほしい』とお願いをされている。
……そんなの、断れるわけないでしょ。
うん。そのお願い、引き受けよう。私たちが、引き受けよう。
私たちはレジェンドコスモをも凌駕する、みんなの英雄、ってやつになってやろうじゃないか。
「任せてください! 絶対に、私たちは頂点を取ってみせます」
「……ふふ。良い目をしている。やっぱり、ボクの予感は正しかったみたいだ」
ライカさんが立ち上がり、遠くを見る。
ライカさんの表情が明るくなっている。この僅かな間に、何かが変わったらしい。
「君たちはレジェンドコスモに勝って一着を取ったことで、きっと、『王国記念杯』に推薦されるだろうね。……頑張れ。ボクは、君たちを応援している」
「……ええ。わかりました。その期待に、見事に応えてみせましょう。必ず勝ってみせます、『王国記念杯』を」
私は大きな声で誓った。その声は天まで轟く。
ライカさんは私の声を聞いて、安心したように微笑んだ。
そして、ゆっくりと去っていく。
ライカさんの背中は、何処かかっこよく思えた。
「伝説の英雄、レジェンドコスモの騎手。それがライカさん。……やっぱり、最強の天馬の相棒は、最強だった」
本当に、最強だった。最強な人だった。
「……あなたには敵わないよ。ライカさん」
ぽつりと呟いた。




