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13.他者の悲劇が私を苦しめる

 胸が高鳴る。

 いつもとちがう景色。いつもとちがう場所。

『三級賞』、『東アンネリアカップ』が始まる。

 観客たちはみな、珍しく『三級賞』に参加するレジェンドコスモをお目当てにやってきていた。

 会場にレジェンドコスモが姿を現すと、観客たちは一斉にレジェンドコスモに声援を向ける。他の天馬なんて視界に入っていないのかもしれない。

 デビュー戦のときと同じ。同じ、アウェー感。


 でも、あのときとは異なることがあった。


 今の私たちは、一勝している。一回でも勝っている。

 あのときは、九頭中、八番人気だった。

 けれど、今回、スカイアンドホワイトは十二頭中、五番人気となかなか人気のようだ。

 何故、こんなに人気なのか、明確な理由はわからない。

 ただ、おそらく、スカイアンドホワイトが五番人気に支持されたのは、デビュー戦で一番人気だったワンダフルブレイバーに勝利したからなのではないかと思う。

 まぐれ勝ち。たまたま勝ってしまっただけ。観客たちは口々にそう言っていた。

 しかし、スカイアンドホワイトの活躍をきちんと見てくれた人はいたのかもしれない。

 私たちは、多少なりとも期待されている。私たちを、応援してくれている人もいる。

 期待に応えたい。期待に応えて、このレースを勝利したい。


 ……いや、勝ってみせる。勝って、全員を振り向かせてみせる。

 そして、言わせてやる。スカイアンドグレード――スカイアンドグレートはダメ天馬なんかじゃない。スカイアンドグレートは最強の天馬、スカイアンドホワイトをこの世に誕生させた、伝説の天馬なんだって。

 諦めるのは簡単だ。苦しくて、つらくて、倒れてしまいそうだと思ったら、諦めてしまっても良い。諦めることも、ときには大切だ。


 でも。それでも――諦めずに這い上がろうとした。


 一度は挫折した。伝説への道は潰えてしまった。

 私の英雄は、私の目の前で遥か彼方の世界へ飛び去ってしまっていた。

 けれど、私は今、ここにいる。ここで、頂を目指そうと、遥か彼方のその先の、誰もが辿り着くができないその先を見ようとしている。

 もう、大丈夫。私ならやれる。私たちならやれる。

 なんのために地獄を味わってきた。なんのためにどん底を味わってきた。


「……いっしょに、空を舞おう。スカイアンドホワイト」


 ゆっくりと、スカイアンドホワイトとともにゲートインをする。

 心地よい風。暖かな日差し。空を駆けるには、最高の日和だ。


 そうか。そうだったよね。オーケー。これなら、存分に楽しむことができる。空を楽しく駆けることができる。


 勝つことも大事だが、【天馬競争】を楽しい気持ちで挑むのも大事だ。

 私たちは、ただ、一着を取るんじゃない。楽しんで、一着を取りに行く。それは、デビュー戦のときと変わらない。

 幸いにも、スカイアンドホワイトのスタートの位置は、観客席から一番遠い。だから、観客たちの目を気にすることなく、私とスカイアンドホワイトだけの空間を繰り広げることができる。

 私たちがすべきことは、観客たちの目を気にすることではない。誰かに実力を認めてもらおうとすることでもない。

 私とスカイアンドホワイトの心を通じ合わせること。

 私たちがすべきことは、お互いが相手の気持ちを理解して、この時間を楽しい時間にすること。


 だと、私は思っている。

 初めて、空の世界へ招待されたとき。私は、ワクワクした。楽しい気分になった。

 これはレースだ。勝ち負けが存在する。

 けれど、空を駆けるのはやはり楽しいし、レースというものは、どうしてもワクワクしてしまう。


 勝つ? 負ける?


 たしかにそれは気にしてしまう。私だって、「絶対に勝つ」とか「負けるわけにはいかない」とか思っているわけなんだから。

 でも、この景色を見て、難しいことを一旦、何処かに置いて忘れてみようとも思った。

 だって、これは楽しいことなんだから。楽しまないと、損をしてしまう気がする。

 だから、楽しんでいこう。スカイアンドホワイト。

 私はスカイアンドホワイトに気持ちを伝えた。


「……さあ、行こう」


 スタートの合図とともに、各天馬、一斉にスタートした。

 デビュー戦と同様に、私たちは最後方からスタートする。


「今はまだ力を抜いて。私たちが刀を抜くのは、今じゃない」


 スカイアンドホワイトは、私の気持ちに応えるように、ゆっくりと空を駆けていく。

 先頭集団からは大きく離されたが、これで良い。これが、私たちの戦い方。私たちは、中盤辺りからエンジンを掛け始め、ごぼう抜きを狙っていく。それまでは力をセーブした方が良い。


「レジェンドコスモは中団グループにいるみたい。ワンダフルブレイバーとはちがって、逃げ切りを狙うタイプじゃないんだよね」


 レジェンドコスモは差していくタイプの天馬。途中まで、中位につけ、終盤、一気に追い上げて圧倒的な差をつけてしまう天馬だ。

 ただ、それは『一級賞』だけの話だと思っていた。それは、私にとって誤算だ。

『一級賞』は強い天馬ばかりが集まる。『一級賞』は最強を決める戦いだ。つまり、必然的にゴールタイムが良い天馬ばかり集まる。

 だがしかし、『三級賞』は基本的に、デビュー戦にやっとこさ勝てた天馬や「地方大会では弱くはないんだけど……」と言われるような天馬が基本的には集まる。レジェンドコスモがいつものように駆け出してしまうと、まわりの天馬たちが『一級賞』に出場している天馬たちよりも遅いペースなために、差していくタイプなのに逃げる盤面で戦うことになってしまう。

 私はレジェンドコスモとその騎手が当然それを受け入れて、逃げスタートで行くだろうと予想していた。


「読みが外れたね。逃げスタートはしなかったみたい。でも、大丈夫。逃げずに力を普段よりも抑えてきたということは、途中までのタイムは普段より遅いはず」


 それに、逃げてくれなかったのは、むしろ、ありがたい。

 逃げスタートの場合は、途中まで障害となるものが存在しない。

 けれども、中団グループに混ざり込んでスタートした場合は、先頭集団や中団グループにいる他の天馬たちが道を塞いでしまうことが多い。その結果、思うように進むことができず、敗北してしまう、なんてこともある。

 それは、私たちにとっても、レジェンドコスモにとっても、困ることだ。

 レジェンドコスモが中位にいてくれたおかげで、その『お互いが困ること』を私たちは利用していくことができる。


「レジェンドコスモよりも前にいる天馬は五頭。この五頭が粘ってくれれば、活路はあるかも」


『東アンネリアカップ』のコースの全長は三キロメートル。今は、だいたい先頭集団が一キロメートルを通過する頃か。

 レジェンドコスモはまだ全体で前から六番目の位置。前の五頭が結構粘ってくれている。


 よし。いける。

 そろそろ心に炎を宿そう。

 翼を広げ、前方をチェック。前との距離はだいぶある。

 私たちは小さい。小さき者だ。

 けれど、目標は大きい。目指すは頂点。心まで小さいままでいることはできない。

 私たちは空を駆ける。駆けて、駆けて、頂を掴む。

 私たちはきみを倒すためにやってきた。きみたちを倒すためにやってきた。

「レジェンドコスモは絶対に勝つ」とこの会場にいる者の多くは信じている。「レジェンドコスモに負けはない」と信じている。

 みんな、「レジェンドコスモ以外が勝つわけないだろ」と決めつけているんだ。


 ……決めつけるな。私たちを見ろ。誰が勝ちを譲ってやると言った?


 決めつけも。期待も。常識も。すべてぶち破って、記録も記憶も、全部、全部、塗り替えてやる。

 さあ。さあさあさあさあさあ。最高のレースをしようじゃないか。


「……飛ばしていくよ。スカイアンドホワイト!」


 心が一つになり、スカイアンドホワイトは一気にギアを上げていった。

 私たちの前を駆けていた、バイオリンコンサート、デラッカー、ブリオエラルグリラの三頭を抜いていく。

 レジェンドコスモの背中まであと少しだ。まだ中盤といったところでその背中を捉えた。

 ゴールまで半分ある。いや、ゴールまでもう半分しかない。この半分の間でレジェンドコスモに差をつけなければならない。

 だから、攻めるなら今なんだ。攻めるのが遅れると、間に合わなくなってしまう。

 今のうちに。今のうちに、私たちは勝負を仕掛けよう。

 そして、レジェンドコスモを置き去りにしてやる。


「スカイアンドホワイト。みんなにかっこいい姿、見せつけちゃって!」


 全速力で行く。

 前を駆けていた、レッドコード、バックハンターを追い抜いて、そして――レジェンドコスモも追い抜いた。その勢いのままに、さらに前を駆けていた、アイドルアットホーム、ダブルチェイサー、ジーファイブも抜かしてついに先頭がすぐそこに見えてきた。

 残り一キロメートル。

 まだ一キロメートルもある。

 ここから粘れるか。ここからさらに前へ行けるか。

 余裕はまだある。パワーはまだ残っている。

 これなら問題ない。私たちは、いっしょに前へ進める。私たちは、いっしょに一着を取ることができる。

 そう確信していた私は、ここで違和感を覚えてしまった。


「……なんで?」


 もう一キロメートルを切っている。レジェンドコスモもそろそろ追い上げてきても良い頃合いのはずだった。

 だというのに、レジェンドコスモは未だにその動きを見せない。


 いったい、何を考えている?


 私の頭の中に、謎が生まれてきてしまう。

 まずい。余計なことは考えてはいけない。集中しないと。

 息を吐いて心を落ち着かせようとする。

 けれど、集中できない。どうしても、レジェンドコスモがまだ動きを見せていない理由を考えてしまう。

 ガーディアンと先頭を走っていたエンジェルベストブースターを追い抜いて、ついにスカイアンドホワイトがこのレースの先頭に躍り出た。

 それでもまだ私はレジェンドコスモのことで頭がいっぱいだ。


「どうして……?」


 私は失望の眼差しを後ろに向けてしまう。

 もう、ゴールまで残り五百メートル。レジェンドコスモはやはり前から六番目という位置。私たちに抜かされ、しかし、アイドルアットホームは抜いた。だが、そこから微動だにしない。


「……きみはみんなの英雄なんだよ? 英雄……なんだよ……?」


 何故だか悔しく思ってしまい、私の瞳から涙がつうっ、と流れ出てきてしまった。

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