イカロスの翼
「君はギリシア神話のイカロスを知っているかい?」
放課後、先輩が唐突に話し始めた。
まあいつものことではあるが、脈絡のないことだ…
「調子に乗って高く飛んだら死んだアホだろ。それがなにか?」
「高く飛んだイカロスは堕ち、ダイダロスは生き延びた。一般的にはテクノロジー発展の末路と言われてるね。でも、本当にそうなのかな?」
ちっこい身体を思いっきり大袈裟に振り回して、威厳を出そうとしている。
側から見ると子供が背伸びをしているようにしか見えないが。
「自分の技術の範囲内でしか挑戦しなかったダイダロス。その先に挑戦したイカロス。使用者としてはダイダロスは満点だっただろうね。だけど、挑戦をやめた者を技術者として満点をつけていいものだろうか?」
「いや、テストもせずにぶっつけ本番のもので限界に挑むなよ」
「まあ私も自分の発明を預けたいとは思わないけどね? だけど、たとえイカロスが自分で翼を作ったとしても、やっぱり彼は高みを目指したと思うんだ」
ーー君はどうなのかな?
目だけでそう俺に問いかける先輩は、悪戯な光をその眼に宿したまま話を続けた。
「君は実に手堅い。失敗の種を摘んで、確実に成功を掴む。けれど、その手法は常に最適なわけではない」
「そうかもしれないな」
「時には失敗の危険を犯してでも、成功の果実を掴み取る必要があるのではないかな?」
ふふん! と、そう得意げにそう告げられた。
……まったく、仕方のない先輩だ。
「…確かにそうだな、先輩。俺は失敗しない方法を採る。それは事実だ」
「そうだろう?」
「でも、二つ目は間違ってる。俺は、確実に成功するために準備をしている。賭けに出るのは、切り札が揃ってからだ。そしてそれが、俺にとっての最適だ」
「揃う前にチャンスが逃げてしまうかもしれないよ?」
ニヤニヤと笑う先輩。
……やれやれ。
「逃したのはどっちだろうな」
「ん? どういうことかな?」
「いや? 焦りと挑戦は別だって話さ」
挑戦には、綿密な調査と地道な努力、そして運が必要なんだ。
決してその場の思いつきで成功させるものじゃない。
「そろそろだと思ってたんだ。半年前なら先輩が勝ってたかもしれないけど、今は俺の勝ちだ」
「……なんのことかな?」
「最近、匂いのつくような実験しないよな。前は週一で煙出してたのに。荒れてた手もケアするようになった。服装も白衣の下は適当だったのに、最近は小綺麗な服になってる。ナチュラルメイクだけど、化粧もしてるだろ? 俺と会う時だけ」
「…!」
「先輩の性格くらいわかってるんだよ。俺を惚れさせて、照れさせながら告白させたい。そんなところだろ?」
図星を突かれたのか、後ろを向いて俯く先輩。
全く、本当に似たもの同士だ。
「先輩、俺と付き合ってくれないか」
「…っ! き、君ってヤツは!」
「俺も先輩と同じだよ。惚れた相手の照れ顔が見たいんだ……見せてくださいよ」
顔に手を添えて、強引に手を退けさせる。
そこには、最高にかわいい彼女の表情があった。
「っ…! さ、最低だよ! 君は!」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」
「〜〜‼︎ 次は絶対に君の照れ顔を見させてもらうからな!」
「それは楽しみだな。期待してるよ、先輩」
本当に、楽しみだ。だって…
……俺はとっくに、先輩という光に焼かれて堕ちているんだから。