似て非なる
「リーっっ!!!」
顔を見る前から突っ込んでくる金色の塊をどうにか受け止めて、リーは落ち着けと背を撫でる。
「久し振り」
「会いたかった!! 来てくれてありがとう!!」
ぎゅうっとしがみついて尻尾を絡めてくるアディーリアに笑いながら、リーはそのまま池の縁へと進んだ。
護り龍がいる土地独特の、張り詰めた静けさ。少し背筋が伸びるようで、それでいて決して居心地は悪くない、清らかな空気。
その主である水龍は、まっすぐリーに深い青の眼を向けた。
「よく来たな」
迎えてくれるウェルトナックの傍らで、ユーディラルが少し心配そうにこちらを見上げている。
「リー、一緒に来てるのって…」
三人にはまだメルシナ村で待ってもらっていたが、もちろん気配でわかるのだろう。
アディーリアを抱えたままその前にしゃがみ込んで、リーはユーディラルと目を合わせる。
「ソリッドとヤト。あと俺の友達」
「友達…」
明らかに安堵の表情を浮かべたユーディラルに、何の心配をしていたのかを察したリーは大丈夫だからと笑って頭を撫でた。
「保安員がついてきてるんじゃなくて。友達はちょっと別件なんだよ」
「別件?」
胸元で顔を上げたアディーリアに頷いて、リーはアディーリアを池へと帰してから立ち上がり、ウェルトナックを見上げる。
「百番を手伝ってもらうことになったんだ。皆がいいなら紹介させてくれないか?」
もしかしたら自分の代わりにここへ来ることもあるかもしれないからと説明し、組織に龍がいることも知っていると話した。
「俺がここに来てから何があったかと、基本的な龍のことと、愛子と片割れについては話したけど、護り龍については話してない」
護り龍はその土地を護るため、攻撃の力をすべて護るための力へと変えた龍。土地が穢され朽ちた時は、ともに命を失う存在でもある。
すなわちそれは護り龍の殺し方。簡単に口にできなかった。
魔物の頂点である龍ではあるが、その鱗は一部の者たちの間ではたとえ割れていても高値で取引されることもある。
魔物を近寄らせぬほどの力があっても、それに気付けないものには意味がない。龍を敵わぬものだと思いもせずに挑み、実際に危害を加えることがあるのが人なのだ。
とてもではないが、自分の口から誰かに話す気にはなれなかった。
穏やかにリーを見返していたウェルトナックは眼を細めてひとつ頷く。
「気遣いありがとう。もちろん紹介してもらうよ」
見透かす眼は相変わらず心の奥まで覗くように、じっとリーを捉えている。
「リーにとっては、大切な相手なのだろう?」
逸らさずそれを受け止めて、ためらわず頷くリー。
「アーキスがいなかったら、きっと俺は今ここに立ててない」
かつての己を思い出し、懐かしさと不甲斐なさに少し苦笑して。
「請負人を続けていけるのも。あいつが教えてくれたことがあるから、かな」
言い切る声音には、感謝と尊敬が含まれていた。
一度メルシナ村に戻ったリーはアーキスだけを連れてきた。ソリッドとヤトには請負人としての話があるからと伝え、引き続き待ってもらっている。
池からはウェルトナックだけが顔を出していた。
さすがに少し緊張気味に見えるアーキスが、ここでいいからとリーを制し、ひとりその前へと立つ。
池から手が出る辺りまで体を出しているウェルトナックは、池の縁まで来たアーキスからは見上げる高さで。離れているリーにも感じるくらいの張り詰めた空気は、ここが護り龍の棲処であるというほかに、目の前のウェルトナックが発する圧からなるのだろう。
しかし、怯える様子も尻込みする様子もなく、アーキスは一度深々と頭を下げた。
「アーキス、といいます。請負人組織から龍に関する依頼について、リーを手伝うようにと言われています」
ただじっと見据える深い青の眼を、まっすぐに見返して。
「今まで龍と接する機会がなく。至らぬところもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」
ウェルトナックは何も言わず、暫くアーキスの藍色の瞳と向き合ったあと。
ふっと、圧が緩む。
「…こちらこそ、よろしく頼む」
かけられた声にアーキスが安堵の表情を浮かべた。
同じく龍であるマルクに認められた以上万が一はないとわかっていながらも、うしろで同じように緊張していたリーもほっと息をつく。
そんなふたりを順に見やったウェルトナックは、微笑ましそうにその眼を細めた。
「儂らのことはリーから聞いているのだろうから。楽に話してくれ」
和らぐウェルトナックの表情に、こちらも笑みを浮かべて頷くアーキス。そんなアーキスに駆け寄って、リーはその背をうしろから叩く。
「緊張したよ」
振り返り笑うアーキスは、もう普段通りの顔つきで。
「どこがだよ」
呆れてそう呟いてから、リーは少しニンマリとしたウェルトナックに気付く。
何をするつもりか。気付いたリーも口角を上げた。
「ではアーキス。儂からこれを」
急に声をかけられて向き直ったアーキスは、眼前に突きつけられた淡い水色のものを見て目を瞠る。
「儂のことはウェルトナックと」
ポトリと落とされたそれを慌てて両手で受け止め、手の中の輝き、そしてウェルトナックへと視線を移すアーキス。
龍の名と鱗は信頼の証。
龍に認められたということにほかならないのだ。
その鱗を手に立ち尽くすアーキスは、驚愕と動揺、そして隠しきれない喜色に満ちていた。
いつも穏やかなアーキスであるが、言い換えると感情の起伏が見えないということで。あからさまに怒ったり落ち込んだりするところはリーでさえあまり見たことがない。
そんな彼が、今はどこかきょとんとして突っ立っている。
龍にかかるとこの落ち着き払った親友もこんな風になるのかと。珍しい光景を、驚きと少しの嬉しさとともに見入るリー。
「…俺…今会ったばかりなのに……」
独り言のように呆然と呟くアーキスに、ウェルトナックは笑う。
「龍にとっては会ってからの時間は関係ない」
聞いたことのある台詞に吹き出したリーを、ウェルトナックが軽く睨んだ。
家族も紹介するから、と、ウェルトナックが皆を呼んだ。
一番に飛び出したアディーリアはまっすぐリーに飛びついてからアーキスを見上げる。
リーの片割れがいるとは聞いていたアーキスだが、相手がまさか黄金龍だとは思ってもいなかったようで。本日二度目の珍しい顔に笑いながら、リーはアディーリアに紹介する。
「はじめまして! リーの片割れのアディーリアです」
こちらもさらりと名乗られて驚くアーキス。立て続けの親友の普段見せない顔に、リーはとうとう視線を逸してうつむいた。
「……リー…」
「…ごめ……でもさ………」
押し殺しても肩が揺れているリーを少し睨んでから、アーキスは切り替えるように息をついてアディーリアを見た。
「アーキスです。…名前、聞かなかったことにした方がいい?」
「ううん。アーキスはリーの大切な人だからいいの」
「アディーリア!!」
慌てて止めるが遅かった。
今までで一番驚いたようにアディーリアを見て、それからゆっくりリーを見て。
アーキスが、ふっと息をつく。
「…なんだよそれ」
「うるせぇ」
お互いに苦笑するふたりを、真ん中のアディーリアがきょとんと見上げた。
ほかの家族の紹介も済んだところで、リーはソリッドとヤトを呼びにメルシナ村へと戻った。
ここまでの道中でふたりの事情も聞いているアーキス。ふたりからも見守るよう頼まれていたので、そのまま池に残っていた。
「アーキス」
リーの姿が見えなくなってから、ウェルトナックが名を呼ぶ。
腰の剣を興味深そうに見ているカルフシャークを眺めていたアーキスは、その声に顔を上げた。
向けられる真剣な眼差しに、アーキスもすっと表情を引き締め見返す。
じっと心を覗く、水底の色。
見つめていると不思議と心が凪いでいくような、そんな感覚を覚えた。
「アーキスにとってリーはどういう存在だ?」
静かに告げられた質問の真意を探るように、一瞬視線を彷徨わせてから。懐かしむように、アーキスが笑う。
「…恩人、です。リーがいなかったら、俺はここにはいませんから」
リーからも似たような言葉が返されていることを、もちろんアーキスが知るはずもなく。
含まれる響きが大きく異なることもまた、互いに知り得ぬことだった。