再会へ向けての再会
暫く後。宿の主人に連れられて降りてきたのは、黒髪の青年と暗青の髪の青年だった。少し気後れした様子のふたりは、カウンター前に立つリーの姿に安心したように表情を緩める。
「リーさん!」
「お久し振りです」
思わぬ顔ぶれに、リーは驚き駆け寄った。
「ソリッド! ヤト! お前らどうして…」
メルシナ村の護り龍の子ども、アディーリアとユーディラルが家出をした際に巻き込まれた、反組合が関わる子どもの誘拐事件。彼らふたりは龍と知らずにアディーリアたちを拐ったが、改心したふたりの協力もあり、今回拐われた子どもたちは皆無事に親元に帰ることができた。とはいえ、裁くべき罪があるかどうか明らかになるまではと、対人の治安維持団体である保安協同団に拘束されていたのだが。
ソリッドが黒髪を揺らし、その頭を下げた。
「ありがとうございます。全部酌量されました」
「リーさんと、皆さんのお陰です」
同じく頭を下げ、ヤトも続ける。
宿のロビーという人目につく場所にも関わらず、自らが罪を犯したのだとわかる言葉を口にしたソリッドとヤト。問われずに済んだ罪をそれでも真摯に受け止めているその様子に、リーはふたりの後悔と償う覚悟を感じ取った。
ふたりの前に来たリーはその金茶の瞳を細め、それぞれの肩へと手を置く。
「聞いてる。ほら、もういいから」
ふたりの無罪と子どもたちの帰還は既にマルクから聞いていたが、まさかこんなに早く直接報告に来てくれるとは思わなかった。律儀なふたりを励ますように軽く肩を叩き、そろりと上がった顔に笑いかける。
「お前ら自身の行動の結果だとは思うけど。よかったな」
その言葉に目を瞠ったふたりはそのまま泣き出しそうに眉を寄せ、もう一度ありがとうございますと頭を下げた。
ふたりが少し落ち着いたところでアーキスを同期だと紹介し、もう一度ここへ来た理由を問う。
「リーさんに、報告とお願いがあって」
そう告げるソリッド。ふたり部屋で取っておくよと言ってくれたアーキスに荷物を預け、リーはソリッドとヤトの部屋へと行った。
部屋は中央にかろうじてひとり分の隙間があるだけの、左右にベッドが置かれた部屋。謝られながらベッドに座るよう勧められる。
リーの向かいに並んで座ったふたりは何やら暫く逡巡してから、結局ソリッドが意を決したように口火を切った。
「その…、アリアとライルのご両親に謝りに行きたくて…」
罪を償えたら謝りに行きたい。
アリアとライルを迎えに来た兄シルヴァにそう申し出ていたふたり。償うべき罪はなかったが、その思いは変わらぬようだ。
「…俺たち、行ってもいいですかね…?」
妙に歯切れの悪い物言いを怪訝に思いながらも、リーは既に父親に許可を得ていることを話す。
「ただ、俺からもふたりに聞いときたいんだけど」
真剣味を帯びたその声に、神妙な顔つきで唇を引き結ぶふたり。
「罪悪感を軽くするために、ってくらいの気持ちならやめといた方がいい」
少々厳しい言葉とは知りつつ、リーはそう言い切った。
「会えばわかると思うけど、ごまかしの通じる相手じゃない」
ふたりが会いたいと願う相手は、人ではなく龍。心を見透かす眼を持つもの、だ。
おそらくそんなことはないと思うものの、護り龍の棲処に連れて行く以上はこちらもちゃんと確認する必要がある。
護り龍はあの場から動けない。
安易に居場所を知られていい存在ではないのだ。
ソリッドとヤトは互いに顔を見合わせることもなく、それぞれがまっすぐリーを見返していたが。
「わかってます」
「…リーさんがそう言う理由は、アリアとライルが教えてくれた本当の名前に関係してますよね」
頷いてのソリッドの言葉を継ぐように、ヤトが続ける。
ふたり自身もリーがどこまで知っているのかを探るように言葉を選びながら、その反応を確かめているようだった。
「そうだな」
迷わず肯定したリーに、納得と僅かな困惑がないまぜになった目を向けて、やっぱり、とソリッドが呟く。
「……ふたりは龍、なんですね」
その声音は疑問ではなく、確定だった。
気付いていたかと思いながら、リーはふたりの様子を見る。じっとこちらを見るその様子には、怯えも疑いもなく。ようやく確信を得たという安堵のようなものと、本当にそうだったと驚く気持ちとが見えるようだった。
張り詰めた空気を緩めるように、リーがふっと息をつく。
「…わかってて言ってるなら、もう俺から言うことはねぇよ」
浮かぶ笑みを見て、ソリッドとヤトもようやく少し緊張を解いた。ありがとうございますと頭を下げ、お互いを見て笑い合う。
「で、いつがいいんだ? 俺も今からさっきの…アーキスを連れていくところなんだけど」
落ち着くのを待ってから尋ねたリーに、それなら、とソリッドが答える。
「一緒でもいいなら、早い方が俺にも都合がよくて…」
「都合?」
繰り返された言葉に頷いてから、言いにくそうにソリッドが口を開く。
「その……なんか成り行きで、保安員の訓練所に入ることになってて……」
「保安員??」
思わずひっくり返ってしまったその声に、申し訳なさそうにソリッドが再び頷く。
「なんでまた…」
「……リーさんは、ジャイルさんのこと知ってますよね」
唐突に保安協同団の幹部、かつ団内唯一の龍の名を出され、疑問に思ったのも束の間。
「俺……片割れってやつらしくて……」
「かっ??」
それ以上声が出ずに、はくはくと口だけ動かすリー。
本人もまだ理解しきれていないのだろう、なんとも微妙な顔つきでソリッドが苦笑った。
魔物である龍と人だが、種を超えて通じ合う相手が存在する。龍にとっては一生に数人、人にとっては唯一の相手となるそれは、『片割れ』と呼ばれた。互いに絆を結ぶことで強い気持ちや居場所を共有することができ、龍からは自分の片割れは見ればわかるという。
愛子であるリーもまた黄金龍アディーリアの片割れであり、今はアディーリアからの絆だけを結んだ状態であった。
誰かの片割れとなる人はほかの龍にも好意的に見られやすく。アディーリアが惹かれるソリッド、そして隣のヤトも誰かしらの片割れだろうとウェルトナックに言われてはいたのだが。
銀髪銀目の大男の姿を思い出しながら、リーはまさかとソリッドを見る。
誘拐事件の最中、アディーリアの居場所がわかる自分を、新米保安員のセルジュの姿で追いかけてきていたジャイル。確かにあの時ソリッドとセルジュは顔を合わせてはいたが、それらしい素振りは何もなかったと思うのだが。
目の前、困ったような笑みのまま固まるソリッドと、脳裏の圧の強い大男。
もちろん自分とアディーリアも人のことは言えないと思うが、どうにもチグハグな片割れだと思う。
「…………そっか」
大変だな、とつけ加えるのはやめておいた。
「ヤトも保安員に?」
なんとなくこれ以上尋ねるのがかわいそうになり、リーは隣で同じく苦笑するヤトへと話を振った。
「いえ、俺は…」
以前世話になった中継所の宿で姉が待っているらしく、その姉とともに住む街を探すつもりだとヤトは話した。
「どこかの食堂で働けたらいいんですけど」
「確かにメシ美味かったもんな」
すっかりヤトの作る食事を気に入ったアリアのワガママから、一度だけヤトの料理を食べたことのあるリー。
「よけりゃまた作ってやってくれよ」
皆喜ぶから。
そう言うと、ヤトはきょとんとリーを見返す。
「龍って…普通にメシ食うんですか?」
「アリアたちだって食べてただろ?」
「…そうですけど…」
怪訝そうなヤトに、会えばわかるよと笑って。
アーキスの了解を得たら一緒に行くかとふたりには言っておく。
もちろん彼が否と言わないことは、聞くまでもなくわかっていた。