《余話》傍にいられたら
夜の食堂、夕食を食べ終えた一行が席を立つ。
「じゃあまたあとで」
「うん。待っててね」
あまり見せない柔らかな笑顔のリーと、花開くように微笑むラミエ。
リーが紫三番に戻ってきた翌日から、ふたりの距離は確実に近付いていた。今まで相手を窺うようだった視線は確実にお互いを見つめるものへと変わり、そしてそれを隠す素振りもなくなって。
示された『特別』に、落胆する客があとを絶たない。
あぶれた視線が向けられる中でも、エリアとティナはいつも通りだった。
食堂を出ると、リーは宿へ、エリアとティナとフェイは敷地内の宿舎へと帰る。
「じゃ、また明日。おやすみ」
「ああ」
「おやすみー!」
「おやすみ」
声がでかいと笑いながら、リーが三人を見送った。
三人で敷地を歩きながら、明日は何を食べよう、と話をする。宿舎までは数分、男性用の宿舎に住むフェイとは隣同士の建物だ。
「じゃあまた明日」
「ああ。ちゃんと休め」
労うようにそう言われ、エリアは笑って頷いた。
宿舎内の自室へと入り、扉を閉める。
そのまま立ち尽くすエリアの頬を涙が伝い落ちた。
―――リーが戻る、暫く前のことだった。
「大丈夫?」
不意にかけられた声に、エリアは声の主を見た。
「ヴィズさん」
蜜柑色の髪に黄緑色の瞳のエルフに、エリアは何かと首を傾げる。
「そこそこ、つらいこともあるよ?」
ふんわりと曖昧な言葉を重ねていくヴィズ。じっと彼を見返してから、エリアは小さく息をついた。
「それでも。あたしはこれでいい」
このことを知るのは、ティナと、おそらくフェイと。そして目の前のこのエルフだけ。
「今こうして傍にいて。いなくなってからは、ティナとラミエと話をするの」
自分でさえ最近ようやく気付いた想い。それをヴィズに気取られていた理由はひどく簡単なもの。
「だから、傍にいられたらそれでいい。…ヴィズさんだってそうでしょう?」
同じ想いを抱くから、だ。
笑みは変わらないのに、確実に翳る瞳。いくら同じ想いといっても、抱えていた年数は比べ物にならない。
「そうだね。死ぬ間際まで一緒にいられるんだから、まだ僕のほうが幸せかもね」
「それってつらいのもずっと、ってことでしょう?」
間髪入れずのエリアの言葉に、乾いた笑いを返すヴィズ。
「そうとも言うね」
「ヴィズさんは後悔してるの?」
重ねて問うと、少しだけ驚いた顔をしてから、仕方なさそうに笑う。
「全然。逆に腹が立つくらいにね」
諦めることを諦めた、割り切った笑み。
―――おそらくこれが、数十年後の自分の姿。
「あたしもそう。このままでいいの」
でも、それでいい―――。
「このままリーの傍にいられたら、それで」
「エリア」
名を呼ばれ、我に返る。
心配そうに自分を見る双子の姉に、エリアはぐいと涙を拭った。
ティナは何も言わずに近付いて、エリアをぎゅっと抱きしめる。
「…いいのね」
ティナの言葉は問いではなく確認だった。こくりと頷き、エリアはティナを抱き返す。
「大丈夫。リーの全部がラミエのものになったわけじゃないんだから」
自分で音にした言葉に、また涙を零しながら。
「リーは、リーなんだから…」
己に言い聞かせるように、エリアは小さく呟いた。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
『統括技師の娯楽と憂鬱』
《余話》も含めて完結となります。
第四弾『新米同行員の初仕事』はエリアとティナ、そしてラミエがメイン。
開始までちょっとお時間いただくかもしれませんが、また戻ってきますね。
最後にもう一度。
ありがとうございました!




