《余話》今までで一番
背に回された腕に力が籠もる。
リーに抱きしめられながら、ラミエは止まらぬ涙の中、今までのことを思った。
六の月に入り、年受付のために訪れる請負人たちが増えてから、自分を見る周りの目が変わってきていることに気付いた。
今までよりも確実に熱を持ち向けられる眼差し。強引に迫られることも何度かあった。
ようやくリーが戻ってきたのに、食堂でも碌に話せないままで。夜も待っているのは望まぬ男たちばかり。
せめてと思って訪れた早朝。リーが待っていてくれた時は、もう本当に嬉しかった。
結局話せたのはその二日の僅かな時間だけ。そのあとは、戻ってきていたことを聞いた頃にはリーは既に出発していて、顔を見ることすらできなかった。
いつかのためにと思い、取ることを決めた同行員の資格。しかし忙しくなった日々に、話す間さえも削られて。晴れて同行員になっても、暫くは同行員としての仕事を優先することになり、店員を続けることもできなくなった。
同行員としてだけではなく職員としての研修も受けていたエリアとティナにも、攻撃魔法に慣れるのに苦労している間に追いつかれてしまった。
―――リーともっと一緒にいたい。
だから決めた同行員となることが、自分の首を絞めていく。
素直に話せるエリアが羨ましい。
自分を曲げないティナが眩しい。
伸ばせない手は、触れられないまま。
このままだんだん会えなくなってしまうのかと思うと、悲しくて仕方なかった。
今日、ようやくリーが店に来てくれた。これから暫く滞在すると聞いて、もう本当に嬉しかった。
また早朝に来てくれるだろうか。
ほんの僅かな時間でも、会って話ができるだろうか。
明日の朝を楽しみに仕事を終え、店を出ると。待っていたのは姉でも男たちでもなく、リーだった。
送ると言われて一緒に歩きだす。
リーの声がなんだか優しいのも。
隣を見るとよく目が合うのも。
少し照れたように笑われるのも。
気のせいなのかと思いながら歩いていく。
食堂を辞めることになると口に出したら、急に悲しくなった。
同行員として働くようになっても、リーに同行できるとは限らない。もちろんエルフに絆されないリーの可能性はほかよりは高いが、必ずではない。
何もせずずっと食堂にいた方が、もしかしてよかったのだろうかと。
そう思うと涙が込み上げた。
心配をかけてはいけないと、なんとか堪えようとしていると、リーが立ち止まっていることに気付いた。
不思議に思って名を呼んでから、自分を見つめる瞳に今までにない熱を感じた。
何、と思う間もなく、リーは小箱を差し出してくる。
「もらってくれる?」
真剣なその顔と請うような響きに、お土産かとは聞けなかった。
もしかして、と、そんなわけない。入れ代わり立ち代わり浮かぶ思いに箱に手を伸ばせない。
立ち尽くす自分に、リーは手を取って箱を載せてくれた。
開けてみてと言われ、ようやく蓋に手をかける。どうしても震える手をリーに見られるのが恥ずかしい。
そっと蓋を開けると金色の髪留めが入っていた。一面に透かし彫りの小花が咲き、縁は葉と蔓で飾られてある。
手の込んだ繊細なそれは、どう見てもただのお土産ではなく。もしかしてに傾く心に答えがほしくてリーを見た。
これ、と聞くと、金細工師の兄が作ったものだと返される。やっぱりそんなわけないかと逆に傾きかけた天秤は、慌てて付け加えられた店で買ってきたとの言葉に動きを止めた。
期待してしまっていいのだろうかと。
そう思った瞬間、リーが微笑んだ。
「好きだ」
聞こえたその声と、優しく自分を見る眼差し。
今までで一番嬉しくて。
今までで一番苦しくて。
何ひとつ声を出せずに立ち尽くした。
嬉しかった。
リーが自分を選んでくれた。好きだと言ってくれた。
これ以上ないほど幸せだと、そう思った。
そして同時に、怖くなった。
悲しそうに笑うミゼットの顔が脳裏に浮かぶ。
それでもと、そう思ったのは事実。
だが、覚悟ができているわけではない。
何も言えず、ただ溢れた涙。
優しくそれを拭いながら、リーは自分は先に死ぬけどと口にする。
人とエルフの寿命の差。
リーがそれを考えていてくれたということと、先に死ぬのだと言い切られたことに、ますます言葉が出なくなる。
そんな自分を宥めるように、リーは強く手を握り、一緒にいてほしいと言い切ってくれた。
そのあと自分が寂しくないようになんだってすると、そう言って。
どこまでも自分を思うその言葉に、もう涙が止まらなかった。
髪留めの箱を抱きしめて、リーへと飛び込む。両手が塞がっているので抱きつけないまま、その肩に頭を預ける。
「…私…も…」
口を開けば漏れそうになる嗚咽を堪えながらどうにかそれだけ伝えると、リーの手が背に回されて抱きしめられた。
初めて全身で感じるそのぬくもりと力強さに、更に涙の量が増す。
泣くだけの自分に、リーは一緒に考えようと言ってくれた。
頷くことしかできなかった自分を、リーはぎゅっと抱きしめてくれた。
喜びも、不安も、全部一緒に。
「ごめんね、リー。泣いちゃって」
落ち着いたところで解放されたラミエがそう謝る。
「いや、俺こそ…つい……」
今更恥ずかしそうに視線を泳がせるリー。
髪留めの箱を大切そうに抱きしめたままくすりと笑う。変わったようで変わらない。そう思っていたら。
「遅くならないでって、カレナさんに言われてんだ」
行こう、と手を差し出された。
手を見て、顔を見る。
照れた表情のまま、それでもまっすぐ見つめるリー。
ふと、自分からは『好き』と言葉にしていないことに気付いた。
伝わってはいると思う。しかしそれでも、自分だって伝えたいし、リーがどんな顔をしてくれるのかも見てみたい。
手を取ると安心したように微笑んで歩き出そうとする、その横に並んで。
「ねぇ」
声をかけると、リーは動きを止めてこちらを見た。
身長はさほど変わらない。少し顔を寄せるだけで唇が触れる。
「私もリーが好き」
夜闇の中でもわかるほど真っ赤になって硬直するリーに、ラミエは幸せそうに笑み崩れ、心からそう告げた。
《余話》一話目は恒例ラミエ視点。
今回は最終話を引き継いだ形となりました。
…そうなのです。この形にするために、アーキスの出番は………。
アーキス、もちろんまた登場しますので!
恋愛はマイナスに振り切る予定だったのに。
とうとうこんなことになってしまいました(笑)。




