組織のエルフ
テスラと男たちを拘束し、リーたちは彼らを連れてヨゼリスの町へと戻る。住人に町長の家を聞いて踏み込むと、町長は見るからに顔色を変えた。
知らなかったと言い張る町長に、男たちが反論する。いくら黒かろうがそこは自分たちが判断するところではないので、とりあえず別々に町長宅の部屋へと押し込んだ。
アーキスを見張りに残し、リーが保安協同団を呼びに行くことになった。馬を借り町を出たところで、待っていてくれたのだろうヴィズとトマルに声をかけられる。
「ごめんね、少し前から見てたんだけど出られなくて」
謝るヴィズに大丈夫ですと答えてから、その内容に引っかかった。
「出られないって…」
「最初にリーたちといたあの男、ハーフエルフなんだよ」
さらりと告げられた内容に瞠目するリーに、ヴィズは苦笑して肩をすくめる。
「ハーフエルフの場合は見えない人も多いけど、エルフと同じで視覚阻害が効かない可能性もあって。わからないから出られなかった」
「俺も一緒だ。龍と気付かれるかもしれねぇからな」
「詳しいことはまた話すけど、今回僕たちは手伝えない。町の外に逃げないかどうかだけは見ておくね。あと、ハーフエルフの件は保安に伝えなくて大丈夫だから」
こちらが急いでいることも考慮してだろう、矢継ぎ早に話された内容には、いくつか問い返したいこともあったのだが。
「わかりました。ありがとうございます!」
あとで時間は取ってくれるつもりのようなので、今は礼だけ返しておいた。
リーが保安員とともにヨゼリスに戻ってきたのは二時間ほど経ってからだった。状況説明もあったので、その日はヨゼリスに泊まり、翌朝の出立となった。
町を出て暫く行くとヴィズが待っていた。どうやら行く方向を見て先回りしていたらしい。
「お疲れさま。ここじゃ目立つから、もう少し先でね」
畑を抜けた奥に見える木立。
ここにいないチェドラームトがどこにいるのかを知り、リーは嘆息した。
「話すには上の方が向いてるから我慢してね」
笑いを堪えながらのヴィズの言葉に、そんなこと言われても、と内心ぼやく。
「話されても聞けませんよ……」
「本当に、いつまで経っても慣れないよね」
面白がられているのは声でわかる。アーキスはアーキスで、隣で無言のまま慈愛の笑みを浮かべるのは勘弁してほしい。
「いつまで経ったって無理です」
断言すると、ヴィズに吹き出された。
「まぁ聞くだけは頑張ってね」
嫌です、と言ったところで聞き入れてもらえないことはわかっているのだが。
「…聞き落としてても知りませんよ…」
せめてもと呟くと、いい加減諦めろとばかりに肩を叩かれた。
「何から話せばいいかなぁ」
風を受けながら呟くヴィズ。
話を聞くことになっているのでいつものように呪詛を吐くのは我慢して。チェドラームトの背を見つめたまま、リーはなんとかその声を聞く。
「アーキスは組織内にエルフがいること、いつ知った?」
「養成所でセイン先生に教わったほかは、請負人になってからですね。食堂は別だと思っていましたし」
それまで知らなかったと言うアーキスに、だろうね、とヴィズ。
「ハーフエルフを含めて、ユシェイグにはそれなりにいるんだけど、あんまり一般には知られてない。理由は、エルフに人を絆す性質があるから」
種の特徴として、人に好意を持たれやすいエルフ。整った容姿を差し引いてもなお人を惹きつけるものがある。
「真っ当な交渉ができなくなるからね。僕らが職員と兼任するのも、受けられる依頼が限られるから。普通の依頼を受けると、悪気なく結果以上の報告をされかねない」
たとえそれがこちらの望んだものでなかったとしても、過大な評価は後々の請負人組織そのものへの不信に繋がる。依頼を受けることで存続する組織であるのだ、信用されなければ仕事が成り立たない。
「保安はそれなりに対策を立てているし、もちろんアーキスみたいに耐性の高い人はいるけど。一見ではわからないからね」
「俺、そうなんですか?」
「ミゼットと普通に話せている時点でそうだと思うよ」
異性相手の場合は恋情にすり替わりやすいのだとヴィズ。
浮かんだラミエの面影に、リーはうつむいたまま苦笑する。
「まぁそんなこんなで、僕らはあんまり表には出られないから基本はうしろに控えてるんだけど。所属してるってだけで疑われることもあるし、あんまり公にはしたくなくて」
なんでもなさそうにヴィズは言うが、色々と気を遣っていることは今までの行動から知れて。
ふとワンドに招かれた時の表情を思い出す。メルシナでも、つまりはそういうことだったのだろう。
「だから僕らの正体に気付きそうなあの男の前には出られなかったんだ。手伝えなくてごめんね」
「いえ…。俺、そんなこと何も知らなかったです…」
少し沈んだ声に、言ってないから当然だと軽く笑うヴィズ。
「あと、あの男がハーフエルフだったから。僕が出るとややこしいことになりかねなくて」
「ややこしいこと…?」
そのまま返すアーキス。頷いたヴィズの表情が、心なしか曇る。
「エルフを憎んでるハーフエルフはわりといるんだ。特に、昔を知ってるハーフエルフはね」
どこか諦めたような響きは、どうにもできないもどかしさを表すようで。
「原因はエルフにもあるし。そんな人ばっかりじゃないけどね」
しかしそれでもつけ足された声は、どこか穏やかな感謝が含まれていた。
チェドラームトが本部の裏手に降り立った。
まずは報告と、ふらつくリーにはお構いなしに建物内へと連れていかれる。
マルクの手が空くのを待つ間に、留守の間に両者とも剣が出来上がっているとの連絡があったと聞かされた。
報告を受けたマルクには、また保安に関わる騒動になったのかと渋面でボヤかれた。こちらとてなりたくてお世話になったわけではないのだが、もちろん反論などせず苦笑いで済ませておく。
引き継いだあとどうなったかは、保安から報告があれば伝えてくれるそうだ。今のところ受けるべき案件はないということで、呼び出しがあるまでは普通に請負人として勤めるようにと締め括られた。
組織長室から出て、ようやく重圧から逃れられたと息をつく。
どうやら暫く呼ばれることはなさそうなので、バラスへ新しい剣を受け取りに行くことにした。
アーキスとふたり、今日はもうここで休み、明日の朝に馬でバラスへ向かうかと相談しながら。
会えるだろうかと、ちらりと思う。
前回ここへ来た時はすぐにアリュートへ向かうことになってしまった。
今度こそ。固めた覚悟が揺るがぬうちに。
そう、思っていたのだが。
本部の建物を出る前、受付で待っていたトマルとヴィズに止められる。
しばらく留守にしたから今から敷地内の木々を見回りに行くというトマル。広いので、まず飛びながら目につく異変はないか調べるのだという。
「バラスに行くんだろ? ついでだから送ってやるよ」
にこやかに申し出るトマルに。
断ることができず、リーは引きつりながらも頷いた。




