向けられた眼差し
翌朝、子龍たちはチェドラームトとヴィズとともに棲処の池へと帰っていった。
リーとアーキスもまた、ヤシューエントとサルフィエールに別れを告げる。
子どもたちが生まれたら会いに来てと言われて是非にと答えはしたが、果たして自分たちの生きている間に生まれてくれるのだろうか、と。そんな心配もこっそりしながら、ふたりはアリュート川のワンドをあとにした。
街道には向かわずアリュート山へと入り、三度目となる山道を登り始める。アルミラージの子どもが元の巣穴に戻ってきていないことを確かめてから穴を埋め、小屋のところまで戻ってきた。
チェドラームトから小屋の背後から別の山道があることを聞いた。保安員はもちろん知っており、そちら側の調査もしていたらしいが、ここまで来たついでにリーたちもその道を下ることにする。
踏み固められたその道は、保安員が通ったからというわけではなく普段から使われている形跡があり。周囲を警戒しながらゆっくりと下りるが、結局は何もないまま麓まで辿り着いた。来た道はいくつか分岐しながら畑と溜め池の間を抜け、そのまま少し先の町へと吸い込まれているのが見える。
狭域の地図は持っていないが、日の位置から南側に下りてきたのだと目星をつけた。山の東側に流れるアリュート川とは少し距離があるようで、ここからは見えない。
リーとアーキスはそのまま道を進み、町へと向かった。
ヨゼリスの町は村というには大きいが、さほど広くもなかった。引き込んだ道がそのまま町を貫き、それに沿うように店が並ぶ。宿場町と似たような造りとなっているのは、旅行く者の来訪を見越してかもしれない。連山ではないアリュート山は山越えをせずとも迂回すればいい。町はその際の通過点となっているのだろう。
町の名と場所を住人に聞いたリーたちは、ついでにとばかりに普段から山に入るかと聞いてみた。返答はレジア村と同じく、山菜や果実を取りには行くがその時期が終われば入らないとのこと。
ついこの間保安員にも同じようなことを聞かれたと言う住人に、やはり引っかかる点は同じなのかと内心思う。あの男たちが立ち寄っていないかも、おそらく既に保安員が聞いているだろう。何かあればと言われたが、調査協力を請われたわけでもなく。これ以上踏み込んで聞くことはできないなと思っていると。
「また何がありましたか?」
突然の声の主は三十代くらいの身なりのいい男性だった。町長だと名乗るその男に請負人だと明かすと、暗めの緑色の目が僅かに開く。
「先日の件でまた保安員が来たのかと…」
「ああ、聞いていますよ。でも僕たちはアリュート山のアルミラージの件でここへ来たんです」
にこやかに返すアーキス。
「状況に少し疑問があったので、周辺の調査をしようかと」
「疑問、ですか…?」
話す間に周りに人が集まってきていた。向けられる視線の中、話すのはアーキスに任せ、リーは少しうしろに立った。
「ええ。ですがたいしたことではないので、お気になさらないでください」
そう話を切り上げ、アーキスはありがとうございましたと頭を下げる。合わせてリーも会釈し、ともに町を出た。
来た道を戻りながら。まっすぐ前を見たままのアーキスが、どうすると問う。
「街道に戻るか、それとも…」
「すみませーん!! 待ってください!」
背後からの大声に、リーたちは足を止めて振り返った。町の方から白金の髪の男が手を挙げながら走ってきている。ふたりに追いついた男は、ほっと大きく息を吐いた。
「よかった、間に合って…」
「どうかされましたか?」
三十代くらいの紺色の瞳の男。町長と話している時に集まっていた人々の中に男の姿があったことを、リーは覚えていた。
「私は町長の家で雑用をしているテスラと申します。その…少しお見せしたいものがありまして……。一緒に来てもらえませんか?」
「見せたいもの?」
「はい。実は…」
テスラは神妙な顔で頷いて、一段声を低めた。
「もう少し向こうに町長の管理する畑作業用の小屋があるのですが、そこで妙なものを見つけまして…」
テスラが視線をやった方を見ると、溜め池の向こうに小さな小屋が見える。
リーとアーキスは顔を見合わせ、わかりましたと頷いた。
テスラに先導されて小屋へとやってきたふたり。
鍵を開けたテスラに続いて小屋に入ると、中には所狭しと物が置かれていた。主に畑作に必要な道具を置いているようで、手入れされた鍬や鋤が片隅に纏められている。
「先日ここを片付けていた時に見つけたのですが、何かの金属の塊のようなものがあって」
思わず拳を握りしめたリー。アーキスがさり気なく一歩前に出て、テスラとの間に入った。
「そのことを保安員には?」
「保安員が聞きに来たあとだったもので…」
「見せてもらっても?」
はい、と頷き探し始めるテスラ。
奥の荷物をゴソゴソと漁るその様子を見ながら、リーは振り返ったアーキスの苦笑にごめんと目で謝る。
屈み込んで暫く探していたテスラは、首を傾げながら立ち上がった。
「すみません、ちょっと外を見てきます」
そう言いふたりの横を通り抜け、扉に手をかけたその時。
「下手な芝居もそのくらいにしたら?」
ぽそりとアーキスが呟いた。
勢いよく扉を開け飛び出したテスラにまずアーキスが続く。小屋の前にはテスラのほかにナイフを持った男が三人立っていた。
「やれっ!」
突然の動きに慌てる男たちをテスラが一喝する。我に返ってナイフを構えようとするその間を、既に柄に手をかけていたアーキスが抜けた。
二度の甲高い音とともに、アーキスの両側の男たちのナイフが叩き落される。運悪く足を掠めたのか、そのうちひとりが呻いて崩折れた。
小屋から出たリーも剣の柄を握り、勢いよく引き抜く。宙を舞った剣が弧を描き落ちてくるところを前に出ながら掴み取り、そのまま振りかぶる。
自分の小さなナイフとリーの大剣では勝負が見えていると思ったのだろう、ひっ、と短い悲鳴とともにもうひとりの男がへたり込んだ。
男に構わず突っ込んだリーは、逃げかけたテスラの胸元を左手で掴みそのまま押し倒す。衝撃に息を吐いたテスラの顔の真横に、右手の剣を突き立てた。
「……お前だろ」
馬乗りのまま服を掴むリーの手に力が入る。
「アリュート山でこそこそやってたの、お前だよな?」
子どもたちの証言とは髪色が違うが、向けられた眼差しに確信を持つ。
リーを見上げる紺色の瞳に先程までの穏やかさはなく。見られたこちらの背筋に冷たいものが流れるような、冷めきった眼差しがそこにはあった。
「……最初からお見通しというわけか」
人だかりの中感じた射抜くような視線。それを辿ると、この男がいた。
「あれだけ殺気振りまきゃ当然だ」
苛立ちのまま、ギリ、と更に締め上げた。
無表情にも見えるその瞳の奥、隠しきれない憎悪にも似た冷たさが肌を刺す。
「子どもたちにあんなことさせてたのも、お前の指示か?」
震えるニックとラックの様子を思い出し、苦々しく呟くリー。テスラは答えるどころか眉ひとつ動かさなかった。




