潜むもの
夜まで休憩をしてから、また練習に行くという子龍たち。もう十分休んだから大丈夫だと言う護り龍に対しても、自分たちのためにしていることだと譲らない。
遅れて戻ってきたシェルバルクとカルフシャークも、見た目さほど疲れているようでもなく。むしろますます興奮度合いの増したカルフシャークは、外の世界は楽しいとご満悦の様子だった。
自分だけ池から離れたことがないとむくれていた姿を思い出し、よかったなとリーは思う。
今回鍵となるカルフシャーク。
オートヴィリスが本人に黙っているよう告げたのは、自分の魔力が多いことを知ればカルフシャークが浮かれてしまうからかと思っていたのだが。そのあと続けられた言葉からすると、どうもそうではないようだった。
元気で明るく、何事にも素直でまっすぐ。そう思っていたカルフシャークにも、どうやらこちらが気付いていない一面があるようで。
もちろんあの兄たちがいるので上手く導いてくれると思っているが、今回のことがカルフシャークにとってもいい経験になれば、と。
心中願いながら、リーははしゃぐその姿を見ていた。
翌朝にチェドラームトが再来した。ヴィズも一緒だというが、少し離れたところで待機しているらしい。
そういえばメルシナ村でも池まで来ることはなかったなと思いつつ、とりあえず会いに行く。
「おつかれさま。大変だったね」
黄緑色の瞳を細めて労うヴィズ。
「視覚阻害も必要だろうから。暫く僕も待機するよ」
ワンドまで行くとレジア村に許可を取らねばならなくなるのでここでいいと告げ、護り龍と子龍たちによろしくと言付かった。
現状を聞かれ、アリュート山に入った保安員がまだ下りてきていないことを話すと、それなら手伝わないかと口の端を上げる。
「今のうちにアルミラージを移動させておこうと思ってて」
もちろんふたりに否などあるはずもなく。今から行くというのでついていくことにした。
一度戻り護り龍たちに説明してきたあと、ヴィズとともにアリュート山に登り始める。
自分たちと変わらぬペースで歩くヴィズ。どう見ても細身の見た目によらず、体力はあるようだと思っていると、大丈夫だよと微笑まれた。
「エルフはあんまり見た目変わらないんだけど、請負人だから鍛えてはいるよ」
さらりと告げられた言葉をそのまま流しかけ、はた、とアーキスと顔を見合わせる。
「…もしかして、事務員じゃなくて…」
「事務員でもあるけど、ふたりの先輩でもあるよ」
腰元から引き出してきたチェーンには、金色の所属証と、おそらく事務員としてのものだろう同じ大きさの白銀の金属板が通されていた。
「同行員としての資格もあるし、雑用する分依頼はあまり受けなくていいようにしてもらってるけどね」
なんてことないように言われはしたが、要するに目の前のこの優しげな表情のエルフは請負人として上級に位置する実力を持つということで。
さすがは長命かつ魔法に長けるエルフだけあるなと思ってから、もうひとつ気付く。
あとのふたり―――否、三人のエルフ。
もしかしたら彼らもそうなのかもしれないと思い至りはしたのだが。
(……やめとこ)
なんとなく聞かぬ方がいいような気がしたので、それ以上触れるのはやめておいた。
二時間ほど登り到着したその場所。親を探して出ていってしまっている可能性もあるが、どの穴にもアルミラージの子どもが数匹ずついた。もちろん出ていったものがいないとは限らないが、いるかいないかわからぬものを探せるほど山は狭くはない。
何なら数日空けてまた見にくればいいかと話し合い、ここにいるだけの子どもを捕まえた。子どもでも角はきちんと生えているので、移動中怪我をしないように一匹ずつ袋に入れていく。
ここアリュート山の山頂付近もアルミラージの生息域で、男たちもそこで捕まえてきたのだろう。
そのまま山を登っていく途中、あの小屋の周囲にはまだ数人の保安員の姿が見えた。おそらく気配と物音に気付いて近付いてきた見知らぬ保安員に、この件に関わる請負人であることと、今何をしているのかを説明する。よければ帰りに話を聞きたいと申し出ると、確認をしておくと応えてくれた。
そこから更に数時間をかけ登った先、周囲の空気が少しひんやりと張り詰めるようになってきたところで、アルミラージを放すことにした。
ほかのアルミラージに警戒しながら場所を決め、合計五つの穴を掘る。同じ穴に入っていたもの同士を一緒に入れてから、少し離れた。
暫く穴を出たり入ったりと忙しなかったアルミラージだが、やがてその奥へと身を潜めた。時折入口から土が跳ね上がっているところをみると、どうやら更に奥へと掘っているようだ。
とりあえずは定着してくれたようだと安堵する。
親のいない子どもたちがこのまま冬を越せるかはわからないが、野生であり魔物である強さを信じるしかない。
もういいだろうと三人で頷き合い、そっとその場を離れた。
下山途中に小屋へと寄ると、見覚えのある保安員が待ってくれていた。朝に来た増援のひとりである彼には色々と状況説明もしたので、自分たちが何を知っているのか把握してくれており、新たにわかったことを中心に教えてくれた。
「原料はここにあったんですが…」
二番目の小屋へと連れてきて中を見せてくれる。押収されて今は空だが、リーが見た時は左の棚と床には物が置かれ、右の棚には何もなかった。
左の棚にあったのが溶かす前の金属で、あとは薬剤だったらしい。
「再製された金属は全くなくて。…子どもたちの話では、ここに男が来ていたのですよね?」
「藍色の目と、白髪混じりのような茶髪、歳はそんなに若くない、と」
子どもたちから聞いた話をもう一度すると、男は頷いてもう一度小屋の中を見回す。
「ここを離れていたひとりが、どこに行っていたのか口を割らないままで。おそらくその男とできたものを運んでいたのではと思うのですが、下山も目立たぬようほかの場所からのようで、あとを追う手掛かりが今のところなく…」
まだ暫く滞在するのかと聞かれ、数日待ってからアルミラージの子どもが元の場所に戻ってきていないかを確認するつもりだと答える。
保安員たちは明後日に下山する予定で、もし何か気付いたことがあれば連絡するようにと請われた。
麓まで降りた頃には既に日も沈みかけていた。
「リー!!」
ワンドに着くなり人の姿のアリアが駆け寄り飛びついてくる。
「おかえりなさい!」
「ただいま」
アディーリアが夜から練習に行っている間にここを出たので、今日は初めて顔を合わせる。しがみついて寂しかったと全身で伝えてくるようなアリアの背を、リーは笑って撫でた。
「ほら。ヴィズさん、会うの初めてだろ」
リーのうしろには、もはや見慣れた光景を微笑ましく眺めるアーキスと、同じくにこやかに見守るヴィズの姿があった。
龍である皆にこちらの動きは気取られていたようで、下山するなり迎えに来てくれたチェドラームト。護り龍からレジア村に話を通しておいたのでヴィズもよければワンドに来てほしいと言われているのだと、どこかからかうような顔で伝えてきた。
その時だけは珍しくも少し戸惑うような表情を見せたヴィズ。しかしすぐに相好を崩して頷いた。
嬉しそうだった気がするのは自分だけなのかと思いつつも。リーは和やかに自己紹介をし合う姿を眺めていた。
その後食事をしながら、保安員が明後日下山予定だと皆に伝えた。
「じゃあそのあとだね」
「ケルト?」
声音に少し違和感を覚えて名を呼ぶリー。カルフシャークはあ~あと溜息混じりに呟く。
「終わったら帰んなきゃいけないし。もうちょっとゆっくりしたかったなぁ」
「遊びに来たんじゃないんだからね」
窘めるオートヴィリスにわかってるよと不貞腐れるカルフシャーク。
ふとシェルバルクを見ると、視線に気付かれ微笑まれる。
大丈夫。
言外にそう告げられた気がした。
ラスト、アリア以外は龍の姿のままですが、ヴィズがいるので『ケルト』と呼んでおります。




