到着
夜闇に紛れて近付く四つの影。見守るリーたちの前に水色の龍たちが次々と降り立つ。
「リー!!!」
一番大きな龍が着地する寸前に、その背から金髪の女の子が飛び降りた。
「うわっ」
驚きつつも、見た目より軽いその身体を落とさぬように受け止めて。ぎゅうっと抱きついてくるその子を引き剥がし、リーはまっすぐ金の瞳を見る。
「アリア! 危ないから飛び降りるのはやめろって」
「だって…早くリーに会いたくって…」
ごめんなさい、としょんぼりして謝るアリアに、諭す態度も長くは続かず。
「もうするなよ?」
「はぁい!」
和らぐ瞳と声音に許されたことを知り、アリアが再び抱きついた。
「アリア。先に挨拶だろう」
人の姿のアリアを乗せてきたシェルバルクが、落ち着いた声で窘める。
「そうだよ、僕だって我慢してるんだから」
「カルフシャーク兄さん…」
なぜか偉そうに言い放つカルフシャークと、どこか見守る笑顔のユーディラル。
「チェドラームトは本部に戻ってからまた来るって」
「わかった。ありがとな、オートヴィリス」
メルシナ村の護り龍、ウェルトナックとメルティリアの子どもたちが、アリュート川に到着した。
連携の取れる複数の水龍。
ほかに水龍の知り合いがいるわけでもないが、思いついたその存在に賭けてみることにした。
すぐに本部へ報告に行ったチェドラームトにはそのままウェルトナックたちへの協力要請をしに行ってもらい、リーたちは翌朝に卵を助けるためだからと護り龍たちを説得する。
このままでは卵に影響が出かねないことはわかっていたのだろう。当てがあるのだと告げることで、まだ少し戸惑う様子を見せながらも二匹は頷いてくれた。
山中ではまだ保安員たちが調査中とあり、メルシナ側にはひとまず協力要請だけのつもりであったのだが。その日の夜のうちに近付くアディーリアの気配を感じたリーは、素早い行動への感謝と安堵を覚える。
昼過ぎに感じた、心配と期待とが入り混じったアディーリアの気持ち。その時点で要請を受けてくれたことはわかったが、こんなにすぐに来てくれるとは思っていなかった。
しがみつくアリアの頭を撫でてから、地面に降ろす。
「早く来てくれてありがとな」
礼を言われ、見上げるアリアがえへへと笑った。
「お父さんがね、アリアたちにできることがあるから早く行けって言ってくれたの」
「ウェルトナックが?」
水龍であり、護り龍でもあるウェルトナック。子どもたちに取れる手段を話しておいてくれたらしい。
挨拶するよとシェルバルクに呼ばれてパタパタと駆けていくアリアを見送るリー。
人のしでかしたことなのに、同じく人である自分たちにはどうしようもなく、できるのはこうして伝手を頼ることだけだった。人の起こした不始末を龍に片付けてもらわねばならないことはなんとも情けないが、それでもこうして解決策が見つかりそうだということにだけは、少し気持ちが救われるような気がした。
挨拶を終えた水龍の兄妹は、護り龍に断ってから次々と川に入っていった。水中でアリアの姿が龍へと戻り、そのまま水に紛れる。
「僕たちも慣れてないから、今のうちに練習させてもらおうと思って」
顔を出したシェルバルクがそう言ってから、行ってきますと水に沈んだ。
「練習…?」
「昼まで護りの外で浄化の練習をする、と…」
リーの疑問に護り龍が答える。
「暫く様子を見て大丈夫そうなら、その間は自分たちに任せて休んでほしいと言われて」
子龍たちが向かった上流を見やる眼差しは、困惑半分、感謝半分といった様子であった。
「おとなの私たちが、子どもたちに頼ってしまっていいのかと……」
それこそが早く来た理由だと気付いたリーは、指示してくれたウェルトナックに感謝しながら、当たり前だと頷く。
「護り龍たちがすべきことは、今のうちに少しでも回復すること、ってことだろ」
「子どもたちのためにもね」
どちらも含めたアーキスの言葉にはっとしてから、護り龍は吐息とともに表情を緩めた。
「…そうだね。そうさせてもらうよ」
ずっと張り詰め続けたものが、ようやく解けたように。初めて見せる穏やかな笑みとともに、護り龍が頷いた。
一時間ほど様子をみてみたが、流れ込む水は問題なく浄化されていた。子龍たちに大丈夫だと伝えてから休ませてもらうと言う護り龍を見届けて、リーたちも朝まで束の間の休息を取る。
もちろん自分たちがいても何もできないが、だからといって悠長に寝ている気にもなれず。
朝になったらレジア村で食料を調達して、子龍たちのために何か作ろうと決めた。
昼過ぎになり、まずオートヴィリスが護り龍に引き継ぎを頼みに戻ってきた。再び上流に取って返したオートヴィリスは、アディーリアとユーディラルを連れ帰ってくる。
「兄さんとカルフシャークはもう少しだけ残ってくるって」
足りぬ頭数に怪訝そうに見回すリーたちに、こそりとオートヴィリスが囁いた。
「今回はカルフシャークに頑張ってもらわないといけないから」
「カルフシャークにって、どうして…」
「本当は僕らの中で一番魔力が多いんだよ。ただ、まだ扱い方が下手だから気付いてないけどね」
本人には内緒だよ、と口止めされる。
あのカルフシャークが、と思いつつも、内緒だと言われた理由はなんとなく推測できたので頷いておくが。
「内緒っつっても。俺らに話すとバレるんじゃねぇのか?」
子どもといえども相手は龍。すぐに見透かされるのではないかと思い尋ねるが、それならそれでいいとオートヴィリスは笑みを見せる。
「それに気付けるかどうかも、カルフシャークにとっては必要なことだから」
気付いてくれたらいいんだけど、と小さくつけ足すその様子に、兄たちの苦労が偲ばれて。そうかと返すことしかできず、リーとアーキスは苦笑し合った。
食事は全員揃ってからとなり、アディーリアはそれまで卵の様子を見てくるとワンドに潜っていった。
「アディーリアは卵を見たことがないから、余計気になるんだよ」
川から出てリーたちの隣で少しくつろぐ様子を見せるユーディラルが教えてくれる。
末っ子であるアディーリア、確かにな、とひとり納得するリー。
自分より下がいなかったならなおのこと、小さな子どもは気になるものだ。
「おとなほどじゃないけど、僕たちだって卵や自分より小さな子には惹かれるからね」
しかしユーディラルの言葉はそれとはまた違って聞こえて。怪訝に思っていたのが顔に出たのだろう、どうしたのかと聞き返される。
「いや、なんか妙な言い方な気がしてさ…」
「妙って…そっか、リーたちは知らないんだね」
たいしたことじゃないんだけど、と前置いて。
「龍は親のいない卵や子どもを見つけると拾ってくるんだよ」
教えられた龍の習性に、ふと思い浮かぶ姿と聞いたばかりの卵のこと。
(…それだけってわけでもなさそうだったけどな)
心中の呟きに少し口元が緩む。
互いへの信頼が見えるかのようなふたりの姿を思い出し、おそらく本能で割り切れるものでもないのだろうなと考え至ると同時に、そうであろうことをどこか嬉しく思う自分がいた。
水龍だらけになりややこしいので、番の雄を護り龍と変えたのです……。
わかっていたことなのですが…こんなにややこしくなるとは思わず……。




