知らずにいたまま
5/24、日浦海里様から人物相関図をいただきましたので、一話目のやたらと長い人物紹介のうしろに差し込みました。
ついでに小池の雑な手描きの地図らしきものも、こちらも長い用語解説のうしろに差し込みました。
デジタルとアナログの差。
マルクから組織長室に来るようにと連絡が来た。組織長室の前までクフトに送られたリーは、扉の向こうからの気配からなるべく気を逸らすように、軽く息をついてから扉を叩く。
「入れ」
中からの声に、失礼しますと扉を開ける。入ってすぐのソファー、こちらに向くよう座るのは、銀灰の髪に銀目の壮年の男。
請負人組織副長マルクだった。
龍であるマルクの相変わらずの圧に気圧されながら、座れと示され向かいに腰を下ろした。
「レジスト名義の書面は確認してるな?」
「アーキスにも百番案件に関わらせる、と」
この先百番案件を担当するに当たり、信頼できる味方が必要だと言われていた。誰かいないかと尋ねられ、すぐに思い浮かんだ友人の名。しかし巻き込むことはためらわれ、すぐにその名を告げられなかった。
心は決まっているのだろうとのフェイの言葉と、何も知らずとも迷いもせずに頷いてくれたアーキスに、リーもようやく覚悟を決めてその名を本部に伝えた。
そこから本部の審査を経て、アーキスは正式に採用されたという。
「本人の意向も確認した。喜んで受けると言われたので、こちらから話せることは話しておいたが…」
マルクはそこで言葉を切り、じっとリーを見据える。含みあるその眼差しに、リーは何かとすら問えずに固まる。
「先日の一件で、お前がウェルトナックの娘の片割れであることが伝わった」
「はぁ…」
アディーリアが兄のユーディラルと棲処をこっそり抜け出した際、ウェルトナックはすべての龍に聞こえると知りながら、龍の連絡手段を用いて自分に探すよう頼んできた。
そしてその後、取り乱すアディーリアを宥めるためにフェイに自分の言葉を伝えてもらった。その時最後に自分も名乗り、騒がせたことを詫びはしたが。
「何か問題が…」
「ウェルトナックの娘は黄金龍だと知られている」
龍にとっても黄金龍は珍しいのかもしれないと思いながら聞くリーに、渋面のままマルクが続ける。
「なのでその片割れであるお前は愛子ではないのかという話になっている」
マルクが何を言いたいのかわからず、ますますきょとんと見返すリー。察しが悪いと思っていることがよくわかる眼差しを向けられているのだが、自分が龍の愛子であることが龍にばれたところでなんの問題があるのだろうか。
暫くそのままリーを睨めつけたあと、マルクにしては珍しく、わざとらしく溜息をつかれた。
龍の愛子は出会う龍に幸運をもたらすといわれること。
黄金龍の片割れとなること。
故郷バドックの護り龍、ネイエフィールからは話されていないそれを聞き、リーはようやくマルクの言葉の意味を知った。
(…そういやジャイルさんにも言われたな…)
フェイから自分の言葉を伝えてもらったあと、やってきたセルジュ―――保安協同団唯一の龍で、幹部のジャイルのもうひとつの姿である―――にも便利な奴だとバレるだろうと言われたことを思い出す。
「お前見たさの依頼が増えてきている。受けるべきかはこちらで判断するが、確実に出番は増えるだろうからな。早いうちに懇意の龍に顔を繋いでおいてくれ」
どうにも投げやりに聞こえるマルクの声に。
(俺見たさって…)
珍獣扱いかと苦笑いながら、わかりましたと頷いて。
そのあと、前回の誘拐事件に関わる話をいくつか聞いてからの解放となった。
リーがこの宿場町に到着した頃には既に昼もだいぶと過ぎており、そこから手続きとマルクとの面会を経て、戻ってきたのは既に夕方だった。
夕食の時間だから。
なぜか己にそう言い訳しながら、リーは食堂の扉を開ける。さすがに店内は混み合い、ざっと見る限りでは満席のようだった。
座る客の中、ひとり立ってテーブルの間を動いていた人影が振り返る。フードから零れた金の髪がふわりと舞い、こちらを見たその青い瞳が見開かれたあと、柔らかく細められた。
一瞬、眼差しが絡み。
「いらっしゃい!」
弾む声に喜色が滲むのは勘違いではないようで、ラミエを見ていた男たちの視線が一斉に自分に刺さる。好奇心と妬みと値踏みとが混ざるそれの中、リーが微笑むラミエに声をかけようとした時。
「リー! こっち!!」
ガタンと椅子を鳴らしながら立ち上がり手を上げる赤髪のエルフ。同じテーブルには金髪のエルフと真紅の髪の男がひとり。
妬みの増した視線に貫かれながら、リーはラミエに軽く手を上げてから呼ばれたテーブルへと近付いた。
「久し振り!」
「久し振りってほどでもねぇけどさ」
空いてる一席に座りながら、リーは座りなおすエリアと食べ続けるティナ、そして隣のフェイを一瞥ずつする。
よく考えればわかることだったのだが。
同じく職員としての研修を受けているこの双子がこうして食堂に食べにきているのだ。フェイもここに来て当然といえば当然だろう。
暫しの別れだとしんみりしてしまった自覚があり、どうにも居心地が悪い。フェイに気にした様子がないことと双子がその場にいなかったことだけは、救いではあるのだが―――。
テーブルに落とした視線の先に白い手が伸び、コトリと水のグラスが置かれる。
「おかえり」
落とされる小さな声。手を辿るように視線を上げると、少し頬を染めながら嬉しそうな笑みを浮かべるラミエが自分を見ていた。
双子のことで話すようになってから、色々と気遣ってくれて。向けられているものが単なる好意の範疇を超えているとは思えても、どこまでなのか自信はなく。
「ただいま」
返す言葉を嬉しそうに受け取ってくれているのも、ただ友人としてなのかもしれない。そんな気持ちが拭いきれなかった。
「ほうひへは、ひーはひまはらほーふるほ?」
「食いながら喋んなっつってんだろっ」
相変わらずのエリアにツッコむリーの隣で、思い出したようにフェイが口を開く。
「剣の調整だと言ってたが、どこまで行くんだ?」
「へんほほーへい?」
「紫二番。鍛冶屋街に繋がってんだよ」
言葉と思えない何かを挟んでくるエリアと無表情で咀嚼を続けるティナをジト目で見てから、溜息混じりにリーが返す。
「アーキスも向こうにいるっていうから。終わったら連れてくるから、改めて紹介するよ」
「改めて、とは?」
「手伝ってもらえることになった」
場所が場所なので何をまでは言わなかったが、どうやらわかってくれたようだ。ふっと表情を緩め、よかったな、と言われる。
迷っていたことを知られているので少々気恥ずかしい思いをしながらも、素直にありがとなと返した。
珍しいその様子を気にした素振りもなく食事を続けようとしたフェイが、突き刺した肉を口に入れかけて手を止める。
「ああ、でも改めて話すことはないぞ?」
思い出したように告げてから、肉を頬張り。きょとんと見返すリーの傍ら、焦る様子もなく飲み込んでから。
「俺のことはもう話してあるからな」
「はぁ??」
聞き捨てならない言葉に思わず立ち上がりそうになったリー。なんとか押し止め、素知らぬ顔で酒を飲むフェイを凝視する。
「いつっ?」
「以前ふたりで飲んだと言っただろう。その時だ」
そう言われて記憶を振り返り、あの時かと思い当たる。
ヴォーディスでシングラリアの主体を倒してここへ戻った翌日、確かにアーキスと飲んできたと言っていた。あの時既に話していたということは、あのあと自分がアーキスに巻き込んでいいかと聞きに行った時には―――。
(……アーキスのやつ……)
聡いアーキスのこと。あの時にはもうある程度推測していたのかもしれない。
このあとの再会後、アーキスに何を言われるかの想像は容易く。
剣の調整にかかる費用は組織の立て替えなので手元に金は必要ないが。この先間違いなく嵩みそうな飲み代に、もう少し手持ちを増やしておけばよかったかなと苦笑した。
食事を終え、四人で食堂を出る。
フェイも双子同様宿舎に入ったそうで、三人連れ立って敷地内へと帰っていった。
一旦は宿に戻ったリーだが、食堂が閉まる時間を見計らって再び外に出る。
混み合う食堂では碌に話もできぬままだった。何かと声をかけられては忙しそうに動き回るラミエを目で追い。時折視線を感じて顔を上げると、少しだけ寂しそうな笑みが見えた。
何を、というわけではない。だがもう少し何か話したいだけ。
外にはぽつりぽつりと男たちの姿があった。最初こそ酔い醒ましに夜風に当たっているのかと思っていたリーも、牽制し合うように互いと食堂を見合う姿にその意図を理解する。
待たれているのはラミエなのだ。
時折刺すような視線を感じながらも、引くに引けずに待っていたリー。
周りの男たちの注目が何やら自分の方向に向いたと思った直後、背後に近付く足音に気付いて振り返った。
夜闇の中、灯りに浮かぶ金の髪。待ち人によく似たその青い瞳が細められる。
「こんばんは」
鈴の音のような心地よく響く声は、まっすぐ自分に向けられていた。
「…こんばんは……」
返した挨拶にくすりと笑い、カレナはリーとの距離を詰める。
ラミエが訓練で出られない間、代わりに食堂に立つようになった姉のカレナ。からかわれることもあったが、いつも明るく人当たりのいい女性であるのに。
冷たい手に喉元を掴まれるような錯覚に、リーは立ち尽くして息を呑む。
さほど変わらぬ身長、目の前のカレナの笑みはいつもと違ってどこか冷え。整いすぎた容姿がますますその冷たさに拍車をかけ、リーから続く言葉を奪う。
にぃ、と、カレナが口の端を上げた。
「ちょうどよかった。少し話したかったの」
リーを見据えるその瞳に、一切の熱はなかった。