龍の事情
夜になり、保安員が到着した。夜明けとともに登り始めたのだろう増援が朝過ぎに到着してから、まず子どもたちを、間を空けて男たちを連れて下山していった。
すっかりミゼットとネルに懐いた子どもたちは少し不安げにしていたが、ふたりに大丈夫だからと宥められ、最後は笑顔を見せていた。
去り際、自分たちにも礼を言いにきてくれたニックとラック。少しもじもじと口籠ってからふたりで見上げてくる。
「ありがとう」
「…ありがとう」
向けられた眼差しにもう怯えはなかった。ここに集まる人々はふたりを害する者ではないと、少しずつ受け入れてくれているのかもしれない。
「俺の方こそ。いっぱい話してくれてありがとな」
リーがふたりの頭を撫でると、なんだかくすぐったそうにくすくす笑った。
「ちゃんとよくなるから。我慢しなくていいからね」
優しくそう言うアーキス。ふたりは顔を見合わせてから、その手を片手ずつ取って屈ませるように引っ張る。引かれるままに上半身を下げたアーキスの瞳をじっと見つめて、大丈夫と告げた。
「僕たちのこと助けてくれた人の色だから。もう怖くないよ」
「こわくないよ」
ニックの言葉にラックも頷く。きゅっと握られる手と見つめ込む眼差しに、アーキスは嬉しそうに藍色の瞳を細めてありがとうと呟いた。
保安員に抱かれ手を振るふたりを見送りながら、無事に親元へ帰れるようにとせめて願う。
姿が見えなくなってから、リーが傍らのアーキスの背を軽く叩いた。応える代わりに吐息と笑みを少し零したアーキスは、暫くそのまま子どもたちが去った方向を見つめていた。
その後昼過ぎまでかかって状況説明と捜査協力をしたリーたち。なぜここへとの質問は、ミゼットがアルミラージを理由に上手く誤魔化してくれた。あとはマルクがなんとかしてくれるだろう。
汚染の具合も話すからと、トマルは一緒に護り龍たちのところへ来てくれることになった。報告に戻るというミゼットたちと別れ、リーたちは来た道を徒歩で、トマルには別の場所から下りてもらうことにする。
これ以上、無駄に怖がらせることはない。
少々時間をかけて下山したふたりが護り龍たちの下へと到着したのは、もうすっかり暗くなってからだった。
先にワンドに着いていたトマルから、護り龍たちにはあらかたの事情が話されていた。
「ありがとうございます」
頭を下げる護り龍たちだが、これで解決というわけにはいかない。
「これ以上汚されることはなくても。すぐきれいになってるわけじゃないんだろ?」
「あとは私たちだけでなんとなるので大丈夫」
ほかにできることはないかと問いたかったのだが、続きを待たずに護り龍がそう告げた。
「地中もある程度浄化してもらえたなら、そのうち元に戻るだろうから」
「でも。時間、かかるんじゃないのかな」
どれほどの範囲で汚染されており、どれだけを浄化できたのか。それのわからぬ自分たちには、トマルに尋ねるしかない。
疑問を口にしたアーキスがトマルを見ると、トマルは肩をすくめた。
「俺は元々そんなに魔力は多くねぇから。一度に癒せる範囲なんざ知れたもんだがな」
つまりそれがアーキスの問いへの答えで。しかしそれを聞いても護り龍たちは大丈夫だという姿勢を崩さなかった。
「心配してくれてありがとう。でも私たちにとってはそう長い時間でもないしね」
「それはそうかも知れねぇけどさ…」
「依頼内容は汚染原因究明。元凶を取り除いてくれただけで感謝しているよ」
頑ななまでにもういいと言う護り龍たち。何を言ったところで聞き入れてもらえないだろうと感じ、リーも口を噤んだ。
その日はもう日も暮れたので、出立は明日となった。レジア村に泊まってもいいと言われたが、話したいこともあるので近くで野営することにし、手分けして準備を進める。
気温が下がるにつれ澄む夜空が川面に映り、きらきらと揺れながら流れていく。
川の流れがとまることがないということは、浄化もし続けねばならないということ。人のような営みは必要ないとしても、このままでは護り龍たちは碌に休むこともできない日々が続くとわかっていた。
「余計なお世話だったのかな」
ふとアーキスが手を止めて呟いた。
「俺はまだ龍のことよく知らないからわからないんだけど、あんなに断るのって理由があるの?」
「理由っつーか、なぁ……」
じっと見られ、居心地悪そうにトマルが答える。
「基本龍は成長してからはあまり頼ることをしねぇからな。ここのふたりはまだ護り龍になったばかりだし、余計そうなんじゃねぇのか」
護り龍は龍であって龍でない―――ウェルトナックの言葉を思い出すリー。あの時とはまた違う意味ではあるだろうが、護り龍になったことで今まで通りにはいられないことがたくさんあるのかもしれない。
「で、トマルさんから見てどう? このまま帰ってよさそう?」
自分たちがどうこう考えるよりは、同じ龍であるトマルの意見が一番有用だろう。そう思い意見を求めると、トマルは苦々しく声を落とした。
「正直厳しいだろうな」
言いにくそうな様子に、リーとアーキスはやっぱりと顔を見合わせる。
「俺にできたのはあの小屋の横…特に酷かったところの浄化だけだ。まだ影響が残っていることも確認できたし、何より水に溶け込んだ分は俺にはどうしようもねぇ」
あの男たちがどのくらいあの場所にいたのかはわからないが、思っていたよりも広い範囲に影響を残しているらしい。
「護り癒す力は護り龍のふたりの方がよっぽど強いが、今は俺より魔力が少ない。土壌の汚染は俺が何回か来れば済むが、水はそのままだからな。そのうちまた自然に浄化できる程度まで減るだろうが…」
言葉を切り、トマルはワンドの方へと視線を移す。
「ふたりの復調が更に遅れて、卵への影響もあるかもな」
護り龍から聞いた話を思い出しながら、影響って、と尋ねるリー。
何を危惧しているのかは伝わったのだろう、生まれはするが、と前置くトマル。
「本来の強さを持てない可能性がある」
「それって卵の間に変わるものなのか?」
「番の子の殻は継続的な魔力の供給を見込んで作られるから薄いんだ。供給がなければ足りねぇままだ」
言い切られた言葉は可能性ではなく確定の響きを含んでいた。
「…だったら尚更なんとかしねぇと」
「そうだね。問題は水の浄化、かな」
自分たちには何も手伝えない。
だからこそ、せめて解決法を考えるくらいはしたかった。
護り龍たちへは、このままでは生まれてくる子どもたちに影響があることを考えてもらい、助力を受け入れるよう説き伏せることにした。
「つまり、誰かほかの水龍に手伝ってもらわなきゃなんねぇけど、護り龍じゃないから一度じゃできなくて」
「でも護り龍は自分の護る土地以外では力を使わないんだね」
問題点を整理していくふたりに、トマルが補足を入れていく。
「絶対に、というわけでもないが。番がいるなら外にも出られるが、まぁ色々あってやりにくいってこった」
「ならウェルトナックには頼めねぇな…」
「組織には水龍がいないんだよね」
「水辺でないと暮らしにくいからな」
だから水龍は護り龍になるものが多いのだという。
「ひとりじゃ一度では無理ってことは、複数なら?」
「連携が取れないから規模の大きなことは無理だな」
「連携?」
「ああ。魔力の連携。お前らだって戦い方に多少クセがあるだろう?」
言われて顔を見合わせるリーとアーキス。
確かに一緒に戦いやすい者もいれば、どうにもやりにくい者もいる。
「まぁ俺はああいう場所で暮らしてるから、ある程度誰にも合わせられると思うんだが。組織外で、それも複数探すとなるとな」
「かかる時間はひとりでやるのと変わらないってことだね」
そういうことだと頷くトマル。
「連携の取れる複数の水龍…」
自身で口にした言葉にはっとする。
おそらく同時に思い立ったのだろう。アーキスも目を瞠り自分を見ていた。
ふたりして今度はトマルを見ると、少し呆けていたその顔が笑みに変わり、頷かれる。
「それしかない、な」
番の雄を『護り龍』と統一するのに合わせ、以前の分も手直しをしております。
なぜかはまた次話で…。




