子どもたち
「じゃあ行ってくるよ」
軽く手を上げるアーキスに、見送りに出てきたリーも頷く。
「ん、頼むな」
任せて、と微笑んでアーキスが出立した。
―――あれから、縛ったままの男たちを真ん中の小屋に放り込んで、子どもたちを一番広い小屋へと連れてきた。その間にざっと四つめと五つめの小屋を調べたアーキスは、自分が山を下りて人を呼んでくると言った。
子どもたちに自力で山を下りる体力はない。かといってここに置いてもいけない。どの道男たちも保安協同団に突き出さねばならず、それらをすべてふたりですることはまず不可能だ。本当ならアーキスが残る方がここの調査も子どもたちの体調への対応もできるのだが、その子どもたちが何故かアーキスに怯えているのでそれもできない。
「まぁ、俺じゃ食事も作れないしね」
気にした様子もなくそう笑うアーキスではあったが、面と向かってあれだけ怖がられれば思うことのひとつやふたつあるだろうにと思う。尤も、それを表に出すような男でもないのだが。
ひとまず護り龍の下へと行き、そこから本部へ戻る途中で保安に伝えるつもりだそうだ。
できるだけ急ぐから、と言ってくれたアーキス。もちろん彼のすることを不安に思ったりなどしない。
自分はただここで子どもたちの様子に気を配るだけだ。
アーキスを見送ってから小屋に戻ると、そわそわと落ち着かない様子で椅子に腰掛けるふたりの男の子が待っていた。
「何か食べるか?」
ふたりの前のお茶が飲み干されているのを見てそう聞くと、ふたりは顔を見合わせてから小さく頷く。
「わかった。これ飲んで待ってて」
入れておいたお茶をカップに注ぎ足してから、リーは部屋の右手にある調理場の前に立った。
男たちも見張りがてらここで暮らしていたのだろう。幸い水と食料は備蓄され、最低限の生活用品も揃っていた。
鍋に水を張り、沸かし始める。
咳の止まらぬ子どもたちにできることとして、アーキスから頼まれていたのはふたつ。
たくさん水分を取らせることと、お腹に負担をかけないような食事を与えること。
多分身体の中に毒素が溜まっているが、何かわからないから不用意に薬を処方できない。その毒素を出すのが先決だと言い、甘くしたお茶と病人に食べさせるような食事を、と指示をくれた。
蜂蜜があれば一番よかったのだが、あいにくとなく。砂糖入りのお茶を出してある。
ふたりが碌に食事をしていないことはその痩せ細った身体から推測でき、未だおどおどと落ち着かない様子からはどれだけ虐げられてきたのかが窺えた。
ふたりの様子を見れば見るほど、あの男たちをもう数発ずつ殴ってきてやろうかという衝動に駆られる。
あの男たちも所詮は末端だろうから、意味のないことだとはわかってはいるが。
ちらりと振り返り、子どもたちを見る。
―――脳裏に浮かぶのは、先日の誘拐騒動。
おそらく関連があるのだろう。
目についた芋と玉ねぎを干し肉と一緒に煮潰して、薄めに味をつけた。肉も細かく刻んで混ぜてもよかったが、まだ無理かと判断してやめた。
器によそって出すと、怪訝そうな顔で見るふたり。
「熱いから少しずつな」
声をかけるとようやくスプーンを手にした。
体格から十歳くらいかと思ったが、本当はもう少し上なのかもしれない。咳はあの小屋から出て喉を潤すことで少しだけ減ったようだ。
はぐはぐと食べるその様子を見ながら、アーキスの話していたことを考える。
五つめの小屋で行われていたことは、おそらく薬液で溶かした金属を再分離する作業だろうと言っていた。四つめの小屋で調合されていたのはその分離薬で、ふたりはここでその作業に従事させられていたのだろう。
盗品などを一度溶かし金属塊として再製することで足がつきにくくなり、精錬すれば純度も上げられる。規模からしてどう考えても個人での犯行ではあり得ないので、こうして活動資金を集めている『何か』が裏にいることは間違いなく。
尚更誘拐事件と重なる状況に、リーは内心嘆息する。
尤もここからは保安の管轄。自分たちがすべきことは、水質汚染の原因究明と解決だ。
金属を溶かすのに使った薬液を適切に処理せず捨てていたことから今回の水質汚染に繋がったのではないか、というのがアーキスの見立てだった。
実際五つめの小屋の隣は不自然に枯れた場所もあり、そこから地表や地中を通り川へと流れ込んでいても不思議ではない。
これ以上流されることはなくなったので悪化はしないだろうが、ここから何ができるのかはわからなかった。
お腹も満たされ、気も緩んだのだろう。座る子どもたちが少しうとうとし始めた。奥の部屋のベッドで寝てくればいいと言うのだが、ふたりとも動かない。
「扉、開けたままにしとくから」
狭い部屋が嫌なのかと思いそう言うが、やはり首を振られる。
「休んだほうがいい」
手を伸ばし宥めるようにふたりの頭を撫でると、黒髪の子どもの瞳にじわりと涙が浮かんできた。
「…寝ちゃったら、全部夢になっちゃいそうだから……」
緑の瞳にいっぱいに涙を溜めての呟きに、金髪の子どももこくりと頷く。
「……こわい…」
落ち着いたように見えていた子どもたちだが、その実心中はまだこんな状態なのだと改めて気付かされ、リーは彼らの今までの境遇を甘く見ていたのだと思い知る。
「そっか」
だが、できることは何もなく。
「…じゃあ起きとけるように俺と話すか?」
せめてもとそう言うと、ふたりとも小さく頷いてくれた。
もう一度お茶を出してから、目線が合うように膝立ちでテーブルの横につく。
「俺の名前はさっき言ったけど。ふたりの名前も聞いていいか?」
「…僕はニック。ラックはね、自分の名前忘れちゃったって言うから僕がつけたの」
黒髪の子が答え、金髪の子はこくりと頷く。
「忘れちゃった、って…?」
「おいとかお前とかしか呼ばれないから、わからなくなっちゃったんだって」
ラックの代わりにニックが答えた。
徐々に言葉数が増えてきたニックに比べ、ラックは殆ど話さず、感情もあまり見えない。
拐われた年齢の差か、置かれていた状況か。理由はわからないが、やはりずっと過酷な生活だったことは疑いようもなく。
やり場のない怒りも、込み上げる哀れみも、今目の前の子どもたちに見せる必要はないとわかっているから。
「…いい名前、つけてもらったんだな」
すべて呑み込み、それだけ告げる。
リーを見返し頷くラックは、少しだけ嬉しそうに見えた。
話し込むうちに眠ってしまったふたり。ベッドへと運び、これで少しは身体も休まればと思いながら、僅かに寝息をたてるふたりを見つめるリー。
慣れてきたのか、ニックは自分のことも話してくれた。これだけ覚えているのなら、きっと家族の下へと帰れると思う。
しかしその一方で、ラックは己のことを何も覚えていないようで。少し表情も和らいで相槌を打ってくれるようにはなったが、やはり殆ど喋らなかった。
日常的に薬液を扱っていたのだろう、ラックの手は子どもの手とは思えぬほど荒れていた。咳も減ったとはいえ治まらないまま。
どれほど過酷な状況下に、どれほど長くいたのだろうかと。想像することすらできない自分が不甲斐ない。
そんな自分に、それでもふたりは少し心を許してくれたのか、アーキスを怖がった理由もきちんと話してくれた。
助けてくれたのに悪いことをしたとしょんぼりするふたりに、アーキスはそんな事を気にするようなやつじゃないからと言っておいた。
アーキスの藍色の瞳。
よく似た色の目の男がここを訪れていたらしい。
その男を思い出してしまい、怖くて仕方なかったのだという。
暴力を振るわれたりはしていない。ただただ見下ろす眼差しが怖かった、と―――。




