それぞれの行く先
東西に伸びる三番街道、そして南北に伸びる紫街道の交差する場所。紫三番の宿場町には、後期の年受付の手続きに来た請負人たちの姿が目立つようになっていた。
魔物に関わる依頼を受けることを生業とする請負人たちの報酬はその場ではもらえず、手数料などを引かれた後に翌年支払われる。それを受け取るためには年に二回、二の月と六の月どちらかでユシェイグにある本部まで来なければならなかった。
六の月も中盤に差し掛かる頃となれば訪れる者と去る者とが重なり合い、窓口のある紫三番の宿場町もそれなりに混み始める。
そんな年に二回の賑わいの中へ東門から足を踏み入れた、一際小柄な男。身の丈に合わない大剣を背負った茶髪の男は、隣の長身の赤毛の男を見上げた。
「じゃあ宿はいいんだな?」
宿の前で足を止めたリーに、それでいいとフェイが頷く。
「ああ。必要ない」
「わかった。先押さえてくる」
二の月ほどではないとはいえ、年受付のこの時期は訪れる請負人の数が多いことから敷地内に無料の宿泊場所も用意されてはいるが、そちらはできるだけ下級や金銭的に余裕のない者へ回すようにといわれている。今のところ金に困っていないリーは、いつも通り宿へと泊まるつもりであった。
ちらりと視線を隣の食堂へと向けてから、リーは宿へと入っていった。
一人部屋を押さえて荷物を置いてから、リーはフェイとふたりで受付棟へと向かった。
窓口は最大十、そのうちのひとつは年受付以外を扱う。フェイのこともあるので年受付は後回しにするべきかと考えながら建物に入ると、そこには作業着姿の壮年の男が待っていた。
「トマルさん!」
「おう、おつかれさん」
とりあえず来るよう促され、リーたちはトマルについて受付棟を出る。
龍絡みの依頼である通称『百番』案件担当の地龍であるトマルだが、表向きはただの庭師。ほかの請負人の目が多いので目立つのを避けたのだろう。受付棟からも繋がっている本部に外側から回り込んでいくつもりのようだ。
「なんか依頼でも?」
龍の愛子である自分は面識のある龍にはある程度離れていても居場所を悟られることを知っているリー。トマルが受付棟で待っていたことは偶然ではないともちろん気付いていた。
同じく百番案件の担当である自分を待っていたのだからと思ってそう尋ねるが、そうではないと首を振られる。
「ま、先に副長から話を聞いてくれ」
軽く返されたその言葉に、リーは自分が今からどこに連れていかれるのかを悟った。
本部の一階の受付前には、浅い箱を手にした深緑色の髪のエルフの男性が待っていた。
「クフトさん、お久し振りです」
頭を下げるリーに、クフトは穏やかにその金の瞳を細める。
「リーもフェイも元気そうでなによりです。ここからは私が案内するよう言われていますので」
「フェイは俺とだ。手続きやら案内やら、やることは多いんだからな」
わかりましたとふたりに頷いてから、リーは改めてフェイを見た。
ドマーノ山に棲んでいる火龍であるフェイ。
―――面白そうだから飽きるまで同行する。
自分の了承も得ないままそう決めたフェイとは、それから一緒に旅をしてきた。最初こそ―――否、今もそれなりに色々と思うところはあるが、ふたりの旅路はそれなりに楽しく、龍ならではの鋭さなのか、時にはこちらがはっとするようなことも言われた。
助けられてきた、だなんて。面と向かっては言えないが。
フェイが飽きるまで続くかと思っていたこの旅路。
ここへ戻る道中に、今までは単なる同行者としてきたがさすがにこれ以上は許可できないと言われたのだと、フェイから聞いた。
驚く自分に、だから職員になってくる、と、なんでもないことのようにフェイは告げて。今日ここから、暫くの別行動が決まっている。
知らぬ間に決まっていたことへの動揺と、何ひとつ相談のなかったことへの落胆のような不満とを呑み込んで頷いた自分に、フェイはいつものように屈託ない笑みで、楽しみだと呟いた。
ざわりと逆撫でられたような己の気持ちが伝わってしまったのかはわからない。
『これでリーとの旅を続けられる』
続けられた声が、どこか言い聞かせるようなそれに聞こえたのは気のせいなのだと思いたいが。
自分を見返すフェイはどこまでも穏やかで。向けられる真紅の瞳に、やはりフェイも龍であるのだと改めて思い知った。
リーは息をつき、いつも通りのどこか飄々とした顔で自分を見返すフェイへと拳を突き出す。
「じゃ、頑張れよ」
怪訝そうにその拳を見てから、気付いたようにフェイも己のそれを合わせた。
「ああ。すぐに戻る」
「すぐって。ちゃんと覚えてこいよ?」
職員となるのにどの程度の知識がいるのか自分にはわからない。尤も世間知らずのあの双子でさえ職員になれるのだから、おそらくフェイでも大丈夫なのだろうが。
「当たり前だろう?」
自分の軽口にも変わらず答えるフェイには、気負いも不安も見えず。思わず大丈夫なのかと聞きかけたリーに、フェイは笑って続ける。
「職員にさえなれればいいと言われている」
「龍の場合は職員になれば同行員としても認められるからな」
足されたトマルの言葉に、確かにと苦笑う。
魔法で戦闘補助をするエルフと違い、龍はむしろ主力。己の身を守るという点でも心配するだけ無駄だということだ。
「まぁそういうことだからな。六の月の間には終わらせてくる」
どうにも強気なフェイの言葉だが、トマルが頷いているところを見ると、どうやら不可能ではないらしい。
「わかった。頑張れよ」
妙な寂しさを感じていたことと、すぐの再会を願う己の心情に苦笑しながら、リーは励ましの言葉を口にした。
フェイとトマルと別れたリーは、クフトに本部内の一室に連れてこられた。組織長室に程近いそこは面会室というよりは休憩室のようで、テーブルと椅子が四脚、奥に小さな調理場があった。
てっきり組織長室へと行くものだとばっかり思っていたリーに座るよう勧めながら、クフトも手に持っていた箱をテーブルに置き、向かいの椅子へと腰を下ろす。
「副長の手が空くまで、ここで年受付をさせてもらっても?」
こんな部屋ですみませんと謝られ、リーは慌てて首を振った。
「並ばなくていいから俺は助かりますけど、いいんですか?」
「副長がいいと言っていますから」
クフトはそう笑い、箱から書類を一枚と封書を二通出してリーの前へと置き、続けてペンを差し出した。
「準備をしている間に、よければこちらの確認を」
「わかりました」
ペンを受け取り書類に目を通すと、預かりの書面が二点あると書かれていた。封書の宛名を確認し、受領確認の署名をする。
署名済みの書類はクフトに返し、封書を手に取る。
一通は請負人組織長レジストの名。
そしてもう一通は、同期で友人であるアーキスからのもの。
(…ってことは……)
自然と上がる口角。
自分がなぜ請負人組織副長のマルクの下へ連れていかれるのか、ようやくリーは理解した。