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故郷の面々

 夕方に橙三番の宿場町に到着したリーとアーキス。義兄ナバルの務める菓子店に顔を出す前に、リーは今まで黙っていた本名をアーキスに告げた。

 驚いた顔はしたものの、わかったと一言で受け入れてくれたアーキスにほっとしながら。リーはまだ店にいたナバルに今日からの滞在を告げたあと、バドック村ヘと向けて少し早足で歩きだす。

 今日中にどうにかバドックの護り龍、ネイエフィールにアーキスを紹介したかった。

 橙三番から一時間の距離をなんとか少し縮め、ふたりはバドックへと到着した。

 まずは、と、リーはアーキスを実家へと連れていく。

「金細工師だって言ってたよね」

「そ。コレも兄貴が」

 そう言い、リーは服の上から胸元を示す。

 リーが首から下げている二本の鎖。一本には請負人(コート)の所属証、そしてもう一本には就職祝いと昇級祝いとして兄ジークから贈られた透かし彫りの二枚の金属板が通されていた。

 自宅である二階建ての小さな家ではなく、ジークの工房である隣の平屋へと入るリー。

「ただいま!」

 見えていた背中に声をかけると、奥の作業場にいたジークが驚いて立ち上がった。

「リーシュ! おかえり」

 近寄りそう迎えてから、ジークはリーの隣のアーキスを見る。

「同期のアーキスといいます」

「リーシュの兄のジークです」

「俺ちょっと護り龍のとこ行ってくるから」

 ふたりの性格から考えるに、放っておいても大丈夫だろうと判断し、自己紹介し合うふたりを置いてリーはすぐに工房を出た。そのまま村長宅を訪れ、一緒にネイエフィールのところに来てもらえるよう頼む。

 護り龍がいるということ。

 バドックは近隣の町村と少し距離があるお陰で問題はないが、場所によってはほかからのやっかみを受けることもある。よって、護り龍がいることをあまり公言しないところもあるのだ。

 メルシナ村では、事前にソリッドとヤトを連れてくると言ってあったので、ウェルトナックが村長に自分が連れてくる者はそのまま通していいと伝えてくれていた。

 同様に、バドック村の住人ではないアーキスを護り龍の下へ連れて行くには、護り龍からの許可を村長に確認してもらわねばならない。

 おそらく断られることはないだろうと思っていても、村の皆にアーキスを受け入れてもらうためには省くことができなかった。

 村長とともにネイエフィールを訪ねて無事に許可を取り、リーはアーキスを迎えに戻る。

「アーキス! 今から一緒…に……」

 工房の扉を開けながらの声は、中にいた茶髪の女性を目にしたことで途切れた。



「どうしてうちには来ないのかしら?」

 仁王立ちのシエラに睨まれながらも、リーは負けじと睨み返す。

「急いでっからあとで行くつもりだったんだよ」

「声もかけられないくらい急いでるの?」

「ナバルには言ったからいいだろ」

「ナバルはまだ帰ってきてないじゃないの!」

「帰ってきたら聞けるだろって! こっちは時間ねぇんだから! 行くぞ、アーキス!」

 がしっとアーキスの手首を掴んで工房を飛び出したリー。

 待ちなさいと叫ぶシエラと、それを宥めるジークの声を背に、リーはアーキスをネイエフィールの下へ引っ張っていった。

「慌ただしいねぇ」

 視線を合わせるためだろう、うずくまるように姿勢を低くした地龍が、駆け込んできたリーたちを見てそう笑う。

「シエラも心配しているのだから。もう少しお互い素直になればいいだろうに」

 シエラと言い合いをしてここへ逃げ出して来るのは幼い頃から変わらないねとでも言いたげな、言外の響きに。

「それより、さっき話したアーキス。仕事を…龍絡みの依頼の時、手伝ってもらうことになって」

 ごまかすように話題をすり替え、リーは掴んだままだったアーキスの腕を放す。

「アーキスといいます」

 名乗って頭を下げたアーキスに、頭を上げるようネイエフィールが告げた。

「以前から名は聞いているよ。リーシュと仲良くしてくれてありがとう」

「護り龍っ!」

 恥ずかしいからやめろとぼやくリーに、そうだったねとネイエフィール。

「アーキス。私のことはネイエフィールと。これでリーシュも名で呼べるだろう?」

「そんな理由?」

 アーキスが瞳を見開いて硬直し、リーの声が裏返る。まさかと笑い、ネイエフィールは微笑んだ。

「ほかでもないお前が信用する相手だからだよ」

 銅色に輝く眼が、リーとアーキスを包み込むように見つめている。

「…俺が?」

「もちろん会えばわかるが。お前とて龍の魂を持つのだから、自覚はなくとも人を見る目はある」

 向けられる眼差しはどこまでも優しく。なんとなく子どもの頃に戻ったようなむず痒さを感じ、リーは眉を寄せて少し多めに息を吐く。

 見守られているのは、今も昔も同じこと。

 おそらく自分が何歳になろうとも、龍にとってはさほど変わりもしないのだろう。

「わからぬ相手もいるだろうから、過信はせずに。今まで通りのお前でいればいい」

「わかってるよ」

 自分がそんな大層なものだとは思ってはいない。

 今まで通り―――教えられた通りに、まっすぐ向き合い話すだけだ。

「…本当に。お前は幸せものだね」

 僅かに眼を瞠ってから、そう呟いたネイエフィールがリーへと手を伸ばす。

「大事にするといい」

 自分の浮かべた感謝の先を悟られたと知り、リーはさり気なく本人から目を逸らしながら、黙っていてもらう代わりにされるがままに頭を撫でられることを受け入れた。



 すぐに自分のことを語ろうとするネイエフィールと、隙あらば昔のことを聞こうとするアーキスをどうにか止めて、もう暗くなってきた山中を村へと戻る。

 おそらくと思い実家ではなくシエラの家へと向かうと、帰宅していたナバルとやはりこちらへ来ていたジークが話していた。

「あら、何しに来たのかしら」

「シエラ」

 食事を運んできたシエラがリーを見てそう言うと、すぐさまナバルが窘める。

 一方リーも隣のアーキスに促すように背を叩かれ、不貞腐れた顔でシエラを見た。

 姉が自分を大事に思ってくれていることは十二分にわかっている。

 面と向かうと照れが勝つのはお互い様だということも、また。

「姉貴……ただいま」

「…おかえりリーシュ。もうできるから座って」

 逃げるように調理場へ戻るシエラを見送ってから、リーは周りから向けられている生温い眼差しには気付かぬ振りをしつつ、アーキスに座るよう勧める。

 あんなことを言いつつも、テーブルにはきちんと五人分の食事が用意されつつあった。連絡もなく夕方に突然来たというのに、それから急いで準備をしてくれたのだろう。

 何気に自分の好物まで並んでいることに対しては、きっと礼は言えないままになるだろうが。

 精々たくさん食べてごちそうさまと伝えようと思いながら。リーもまたアーキスの隣へと座った。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  素直になれないふたり。笑   お互いに思い合っているのはわかっているのですけどね。性格が似てるのかな?    ネイエフィールはリーのおじいさん?みたいですね。  (おばあさん?シリーズに…
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