昼に思い夜に誓う
昼を回り、急にリーが明日帰るのだという実感が湧いてきたアディーリア。オートヴィリスと話し終えたあとも離れがたく、リーの膝の上に乗ったまましがみついていた。
「まだ明日までいるから。今のうちに皆でやりたいこととかないのか?」
「リーと一緒にいるんだもん」
「俺はまた来るって」
きゅうっとくっつくアディーリアに笑いながら、リーが背を撫でる。
「わかってるけど、すぐじゃないもん」
だから今のうちにとばかりに擦り寄ると、リーはそれ以上何も言わずにいてくれた。
ぴとりとリーに触れていると、じわじわと大きくなる大好きな気持ち。その気持ちのまま、アディーリアはリーを見上げる。
自分の大好きで大切な片割れ。傍にいると嬉しくて仕方なく、離れていっても変わらず大事で。
リーがここにいないことに寂しくなるのは、リーからの絆を結んでいないから。
今は離れるとわからなくなるリーの気配。どこにいても彼の存在を感じられるようになれば、自分の片割れがそこにいるのだと認識できる。そうすれば、わからなくなって不安になることも、わかるようになって浮かれることもなく、いつもそこに大事な存在を感じることができるようになる。
しかしその反面、会えた時の幸福感は形を変えてしまうだろう。
この膨らみ弾けるような気持ちはなくなり、常にあるべきものとして心を占めるようになる。
それが少し惜しいから。
リーが目の前にいるという特別な幸せを、味わっていたいから。
今はまだ素直にその気持ちに従って。アディーリアはぎゅっと抱きついていた。
必死にしがみつくアディーリアを宥めながら、片割れ同士はどこもこんなものなのかとリーは思う。
自分の知るほかの片割れ同士は、ソリッドとジャイルの一組しかおらず。なんとなくあの大男はもちろん、風体だけはかわいらしいもうひとつの姿にも同じ思いは抱けそうにないなと内心苦笑する。
そしてまた、片割れだということを差し引いても、おそらく自分はアディーリアに庇護欲のようなものを抱くだろうし、こうして甘えられるとかわいらしいと思うのだろう。
そう考えると、片割れだからというよりはアディーリアであるからこその感情にも思えもするが。しかしそうでなければこれほど懐いてはくれなかったかもしれない。
今となってはそれを少し寂しく感じるだろうなと思いながら。リーは見上げるアディーリアに笑みを返した。
結局その後もアディーリアにくっつかれたままだったリー。さすがに夜は池に帰るように言い含め、名残惜しそうなアディーリアが池底へと姿を消すのを見送った。
寝泊まりしているテントへ戻ってきて暫く。酒瓶片手にカナートが顔を出し、少しいいかと尋ねる。
「ああ、アーキスもいてくれ」
気を遣って入れ違いに出ようとするアーキスを止め、カナートはふたりの前に酒瓶を置いた。
「儂から詫びを」
「詫び?」
怪訝そうなリーに、気付いてなかったのかとカナートが苦笑する。
「前に儂がフェイづてにリーに百番依頼をしただろう?」
そう言われ、リーはマルクの話を思い出した。
「俺が愛子だってバレたって…」
そう、と頷いて。カナートはまっすぐリーに向き合う。
「少し騒がしいことになるかもしれぬ。本当にすまなかった」
「ちょっ…やめてって」
そう言い頭を下げるカナートを引き起こしてから、リーは困り顔で溜息をついた。
「百番依頼が増えても本部が対応してくれるから。アーキスも手伝ってくれるし、大丈夫だって…」
「それもあるがそうではない…というより、組織を通してくれる分はまだましだろう」
顔を上げてもまだ苦虫を噛み潰したような顔のカナート。考え込むようにその瞳を見ていたアーキスが、はたと気付いて目を瞠った。
「…直接ってこと……?」
その呟きに、同じように目を見開き。次の瞬間にはリーの口から絞り出したような呻き声が洩れる。
ふたりの様子を申し訳なさそうに見届けてから、カナートはそういうことだと頷いた。
「今まではリーのことを愛子だと気付いても、リー自身が龍のことを知っているかはわからなかった。なので安易に声をかけるものもなく、姿を現すようなことはなかっただろうが…」
「…いや、俺があの時フェイに頼んだからだって」
少なくとも、ほかに龍がいることと龍の連絡手段について知っているということは、謝罪のつもりの自分の言葉から気付かれたのだろう。
それには首を振ってから、カナートはもう一度ふたりを順番に見やった。
「あまり無茶を言うようなものはおらぬと思うが。気儘なものも多いからな」
脳裏に浮かんだ姿に苦笑してから、リーはカナートを見返し、わかったと頷いた。
「とりあえず、そういうこともあるかもしれないって覚えとくよ」
「すまぬな」
重ねて謝るカナートに、何言ってんだよ、と呆れ半分の笑みを見せる。
「確信したのは俺の話からだろうし。それに、ホントに困ってんなら手ぇ貸せたらって思ってるよ」
当たり前のように告げるリー。それを横目で見たアーキスがくすりと笑った。
「リーはお人好しだからね」
「お前だって似たようなもんだろ」
「リーほどじゃないよ」
もしこの場にそれなりにふたりを知る者がいたなら、どっちもどっちだろうと言われそうなやり取りのあと、ふたりしてカナートに大丈夫だと頷く。
そんなふたりに笑みを返し、カナートは今度こそ礼を述べた。
隣のテントではソリッドとヤトがここ数日のことを話していた。
ここへ来るまでの心配やら恐怖やらを思い出し、お互い苦笑しながら。許され認められたことはもちろんだが、何より変わらず接してくれたアディーリアとユーディラルの様子が嬉しかった。
尤もユーディラルに関しては、何も気付いていなかった自分たちを不甲斐なく思いもするのだが。
それでも昼間自分たちのところへと来てくれたユーディラルは、嬉しそうに笑ってくれていた。その様子に感じることができた、少しの安堵とユーディラルの強さ。
昨日の夜、自分たちにできることをしようとふたりで決めた。何ができるかはわからないが、それでもユーディラルのため、恩を返すため―――そんな様々な言葉を並べながらも、根底にあるのは一言だけ。
子どもらしく、笑っていてほしいから。
「…来れてよかったよな」
ぽつりと呟くヤトに、だな、とソリッドが笑った。
「会えてよかった」
穏やかな表情で、心からの呟きを洩らす。
これが最後というわけではない。
そのことが嬉しく、しかし次がすぐではないこともわかっていた。
「俺らも頑張んねぇとな」
だからこそ、その時には少しでも成長した姿を見せられるように。
胸を張って前に立てるように。
灯された灯りを見据えて進むだけ、だ。
「…そう、だな」
少し考えるような表情で頷いてから、ヤトが大きく息を吐いた。
「ソリッド」
名を呼ぶ少し改まった声に、ソリッドが怪訝そうな視線を向けてくる。
ここを出れば、ソリッドはテーラーにある保安協同団南本部内の訓練施設に入ることになっている。
暫く会えないのは、自分たちだって同じなのだ。
「…戻って姉さんに相談してからになるけど、なるべく本部近くの宿場町で仕事探すから」
僅かに見開かれた黒い瞳に、ヤトはなんて顔してんだよと笑う。
「そのうち食べに来いよな」
ソリッドが罪に向き合いこの先を生きるならば、自分も逃げて忘れるのではなくともに向き合いたい。
この出逢いが罪の上にあるというのなら、その罪ごと受け入れようと決めた。
暫く呆然とヤトを見つめていたソリッドが、くしゃりと顔を歪ませてうつむく。
「……一緒にやらかした仲間だって説明すんのか?」
「事実だろ」
ヤトの即答に、ソリッドは息を洩らした。
「違ぇねぇ…」
声音に滲む感情はひとつだけではないのだろうが、それでもわかりやすいそのひとつがとても嬉しく。
どうしても零れる喜びを、顔を覗き込もうとするとふいっと逸らすソリッドを笑うことでごまかした。




