眼差しの先
恒例…。
やらかし発覚いたしました…。
前作『黄金龍/願わくば今暫く』『黄金龍/大好きと大切』にて、ラジャート村のことをラージェス村と書いておりました…。
どこから出たんだ、こんな名前……。
訂正しております……。
失礼いたしました……。
という文を投稿前のこちらに入れようと思っていたのに。間違えて投稿済みの前話に入れており…。
二度目の出会いをされた方、重ねてすみません…。
翌朝、起き出してきたヤトは朝食の準備を始めた。
今回はここへ来たことを報告をする必要もなく急ぎ本部に戻らねばならないこともないから、と言っていたリーとともに、自分たちももう一日滞在することを決めていた。昨日の夕食も喜んでもらえたようなので、皆がいいなら滞在中の食事は自分が作ろうと思っている。
それなら足りないだろうからと、ソリッドが薪を拾いに行ってくれた。寝ているのか寝る必要がないのかはわからないが、既に起き出していたアディーリアとカルフシャークも嬉しそうについていった。
リーは池の縁でシェルバルクと話し込んでいる。そしてアーキスは、昨日のアディーリアたちのようにじっと自分の作業を眺めていた。
「…えっと、アーキス? どうかした?」
ここまでの道中、丁寧な物言いをやめようとしない自分たちに。俺は恩人でもなんでもないからと、にっこり笑ってふたりをさん付けで呼び同じ言葉遣いを返したアーキスに、とうとうふたりが折れた。そこからはアーキスのみならずリーにも普段の口調で話し、名も呼び捨てるようになっている。
「気にしないで」
返事をしながらも、アーキスはじっと自分の手元を見たままだ。
「気にするなっつっても……」
やりにくいんだって、と、後半の本音は呑み込んで。昨日の子龍たちよりも食い入るような視線を感じながらも、仕方なくそのまま作業を再開する。
昨日は塩漬けにして持ってきていた肉を出したが、朝なのでスープとサラダ程度にしようと思っていた。龍が何を好みどれだけ食べるのかはわからないが、アディーリアとユーディラルには懐かしいと思ってもらえるかもしれない。
昨夜ウェルトナックから告げられた、ユーディラルのこと。
自分たちに何かできるかも、何ができるかも、正直わからない。ただ自分たちは龍とか人とか関係なく、ユーディラルを大事に思っているのだと。そう伝えることができたらいいよなと、あのあとソリッドと話した。
次はいつ会えるのかわからないから、なんとかこの機会に伝えられればと思っている。
そんなことを考えつつスープに味付けをしていると、ここまで黙って見ているだけだったアーキスが口を開いた。
「どれだけ入れるとか、計らないの?」
本当に不思議そうに聞いてくるアーキスに、まぁ、と頷く。
「なんとなく感覚で…」
「感覚なんだ? すごいね。手で持ったら大体の重さ、わかったりする?」
「いや…ていうか、このくらいの量ならこんなもんかなって感じで…」
「それで同じ味になるんだね…」
まじまじと鍋の中を見るアーキスの顔は今までのどこか落ち着いた様子とは異なり、なんだか楽しそうで。
「…大体でよければレシピ書こうか?」
思わずそう聞くと、少し嬉しそうにヤトを見返しながらも、すぐに首を振った。
「リーに怒られるからやめとくよ」
「怒られる?」
「アーキス!! 邪魔すんなって!」
こちらの話し声に気付いたリーが、アーキスに向けそう叫ぶ。
「わかってるよ」
ありがとねと言い残し、アーキスはリーの方へと歩きだした。
なんだったのだろうかと首を傾げつつ。何やら笑って言い合うふたりを見てから、ヤトは目の前の作業に意識を戻した。
落ちている枝を拾いながら、ソリッドは前を行くアリアとケルトを追いかける。
「あんまり先行くなよ?」
「はぁい」
「ソリッドが遅いんだよ」
そう言いながら木の枝を振り回すのは、水色の髪に青い瞳の十五歳くらいの少年。ウェルトナックの三男カルフシャークの人としての姿だった。
昨日ヤトの調理の様子を覗いていたことといい、ケルトはアリア並みに好奇心旺盛なようで。ウェルトナックからも自分から離れないよう言われてはいるのだが、まったく気にした様子がない。
仕方ないなと苦笑しながら距離を詰める。気付いたアリアが隣へ並び、見上げて笑った。
少女らしい、屈託ない笑み。
あの日空を見上げていた表情とはあまりに違うその様子。慈しむようなそれは彼女が龍であると知れば納得もいくが、片割れへと向けられていた顔はそれだけではなかった。
どこか焦がれるその眼差しは、外見からも、龍としても、どこか似つかわしくなく。それがどんな感情からのものなのかだけは、彼女の正体を知った今でもわからない。
「アリア」
何、と自分を見つめる金の瞳に、問うべき言葉が見つけられず。呼んでおいてから暫く言葉に詰まったあと。
「……片割れって、どんな存在なんだ?」
ようやく口から出たのは、似ているが違う、そんな言葉だった。
アリアはソリッドを見返したまま首を少し傾げていたが、やがて何か思いついたように柔らかく笑む。
「リーはね、とっても大好きで、いつでも大切!」
答えるアリアの表情に含まれる、ふたつの感情。どこまで言葉通りなのかはわからなかったが、それでも幸せそうなその様子に自然とこちらも笑みが浮かんだ。
「…そっか」
「うん! ソリッドもそうでしょ?」
当然だとばかりに続けられた言葉に、ひくりと引き攣る。
脳裏に浮かぶ銀髪の大男。恩はあるが、今のところ大好きでも大切でもない。尤も絆を結ぶという行為をしていない自分には、ジャイル―――ハリスガジェックを特別には思えない。
「…………どうかな…」
無事保安員になったら絆を結んでやると言われているが、それにより得られる感情が『大好きで大切』ならば。
(……いらねぇよな……)
遠い目をしてそう思ってから、ソリッドは怪訝そうに自分を見上げるアリアの頭を撫でた。
手頃な長さの枝を振り回しながら帰ってきたケルトが、そのままリーの下へと駆け寄ってきた。
「リー! 剣教えてくれるって約束だったよね」
シェルバルクとアーキスと三人で話していたリーは、覚えていたかと苦笑う。
「いいけど…俺よりアーキスの方が向いてると思うけど」
力押しでどうにかしてきた自分より、ちゃんと剣を扱えるアーキスの方が教えられることがあるだろう。そう言いながらアーキスを見やると、仕方なさそうな顔で見返される。
「否定はしないけどさ」
その通りなのだがわざとらしく溜息をつく様子に半眼で睨み返すリー。降参とばかりに笑み崩れてから、アーキスはケルトに自分でもいいかと確認する。
ふたつ返事で了承したケルトに朝食のあとでと約束したアーキス。待っていてくれたシェルバルクにオススメの菓子店を教えてから、もう一度リーを見て立ち上がった。
「じゃあ向こう手伝ってくるよ」
「それはいいけどアーキス―――」
「わかってるよ。邪魔しないから」
ひらひら手を振ってヤトのところへ向かうアーキスの背を見送りながら、本当にわかってるんだか、と嘆息する。
手伝いに行こうかと思ったが、戻ってきたソリッドとアリアも加わり賑やかな様子に、自分の手は必要ないかと考えを変えて。
リーはその場に座ったまま、朝食ができあがるのを待つことにした。
勘違いで前話に顔を出してしまいました。
目撃された方、おられますかね…。




