小さな卒業
子供時代は守られてるのか閉じ込められてるのか判断が難しいと思う。
卒園式で先生が
幼稚園が小さな池、小学校がプール、そのあと、少しずつ広がって大海原に出かけていく。って感じの例えをしていた。
泳ぐ力が備わって少しずつ広い世界に行くって。
残念だけど私の生まれじゃその優しい実感はない。
私は今娘の卒園式に来ている保護者である、と。自分の経験として実感しようとするのが精一杯だった。なんとか逃避しようとしてる気も。何か考え事でもしようとして。
私はこれを受け取っていい。って単純に結びつかなくて。
ゆっくりゆっくりマインドフルネスの呪文を唱え、なるほど
私みたいに何かと何かがバラバラの位置になってしまった人に向けて作られた呪文なんだなぁなどと思った。卒園式で泣くほどの余裕が無い母は、こういった堅苦しい式典はひつようなんだろうか、とか、着物を着たり脱いだりするようなもので終わるとすっきりするのだろうとか頭の中は相変わらずだった。
人を介してなにかを私は体感していく。今回は母という役割と視点、この子を通して、子供ではなくなった私は小さな学校の様な場所にいた。小さな時からそうだが私の意志や意見で来た場所では無い。今回は子に連れられて運ばれた形で。
娘と共にまたひとつ経験を積んだ。
小さな私へ行きつ戻りつしながら私は元へ還る運転なのか飛行なのか何かをし続けている。




