第六話 ゴブリン討伐
いろいろとひどい目に遭ったケアール草の採取クエストから翌日。
俺たちは再び冒険者ギルドのクエストボードの前に立っていた。
「さて、エル、今日の依頼はどうする?」
「そうだね……昨日は採取依頼だったし、今回は討伐依頼にしてみないかい?いずれ経験することになるだろうし、今のうちに慣れておいても良いんじゃないかな?」
「そうか……それもそうだな。それなら、今回は討伐依頼にしてみるか。」
エルからそう言われた俺は、クエストボードに貼られている討伐依頼を探す。
とはいえ、受ける依頼については目星はついている。
「あったあった、これだ。」
俺はクエストボードから1枚の依頼書を引っ剥がした。
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《ゴブリン3体の討伐》
依頼主:冒険者ギルド
受注条件:なし
報酬:3000グリム
昇格点数:3点
《依頼主からのコメント》
繁殖力の強いゴブリンの異常増殖を防ぐため、少しずつではありますが、ゴブリンの討伐のご協力をお願い致します。
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そう、昨日のケアール草の採取依頼と一緒に見つけたゴブリンの討伐依頼だ。
ゴブリンは繁殖力が強く、放っておくとあっという間に増殖し、群れができる。
さらに群れが大きくなると、ゴブリンキングとゴブリンクイーンが誕生し、周辺の人里に多大な被害を与えるゴブリンスタンピードを起こす原因となるとのこと。
そのため、冒険者ギルドはゴブリン討伐の依頼を毎日斡旋しているらしい。
「すみません、依頼の受注をお願いします。」
「はい、承りました。」
俺は手にした依頼書を受付に持っていき、依頼を受注してもらった。
「よし、エル、早速ゴブリンの討伐にいくぞ〜。」
「あの……コーイチさん?」
俺がエルを連れてゴブリン討伐に行こうとしたとき、受付嬢さんに声をかけられた。
「ん、なんですか?」
「いや、その……武器はどうされたのですか?」
「…………あ」
受付嬢さんに指摘されて、俺はハッとなった。
(俺……武器持ってねぇ……)
俺は完全に武器のことを忘れていたことに、思わず冷汗をかいた。
「まさか、昨日受けた依頼のときも、武器を持っていなかったのですか……?」
「は、はい……」
受付嬢さんの質問に「はい」と答えたあと、彼女は深いため息をついた。
「コーイチさん、昨日は受けた依頼が採取依頼だったとはいえ、魔物の生息する場所に行くのに武器を持たないのは自ら死にに行くようなことですよ。冒険者は常に危険と隣り合わせなんですから。」
「はい……」
「アハハ、コーイチ、まず武器を買いに行くことから始めようか……ブフッ!」
受付嬢さんにジト目で呆れられ、性格の悪いエルに嘲笑われ、俺は恥ずかしくなった。
《恥ずかしく感じる出来事に遭遇しました。ULPを2獲得しました。》
(来ると思ったよこんちくしょうめぇぇッ!!!!!)
◆ ◆ ◆
「確か、昨日はここらへんでゴブリンに遭遇したよな?」
「うん、間違いないよ。昨日コーイチが足を突っ込んだ底なし沼がそこにある。……もう一度足を突っ込んでみるかい?」
「やるわけねぇだろッ!!!」
俺とエルは昨日も訪れたセレシア大森林に来ていた。
そして武器に関してだが、街の武器屋で量産品のロングソードを購入した。
数が余ってしまい、在庫処分に困っていた物だったためか、店主が通常は3000グリムのところを半額の1500グリムにまけてくれた。
正直、あまり出費はしたくなかったので、ありがたかった。
「さて、ここからゴブリンを探さないといけないな。」
「そうだね。まあ、あっちのほうから来てくれたら楽なんだけどね。」
「いやいや、そんな都合よく来るわけがないだろ……」
エルとそんな会話をしていると、背後の茂みからガサガサと音がした。
「え……?」
「アハハッ、昨日にも同じようなことが起きてたね。」
嫌な予感ながした俺はその茂みのほうへ視線を向けると……
「「「ギャギャギャァァァァ!!!」」」
ゴブリンが討伐指定数ちょうどの3体茂みから飛び出してきた。
「やっぱりねぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!」
俺たちはゴブリンの奇襲攻撃を躱した。
そして、昨日に続いてゴブリンと遭遇した俺は、腰に下げた剣を鞘から引き抜く。
「今度は武器を持ってるんだ!かかってこいや!」
そう威勢の良いことを言ってはいるものの、剣を持つ手は震えている。
(こ、怖えええええええええ!!!!)
そう内心ビビりまくっている俺であった。
いや、だって怖いじゃん?これからガチの命の取り合いをするんだよ?こんなのビビらないほうがおかしいと思う。これでビビらない人がいたら精神力お化けだよ。
まあ、そんな人いるわけがないだろうな。現実的に考えて。
「いや〜、来るのが思ったより早かったね〜。」
うん、いたわ。すぐ隣に謎に冷静なやつが。
「いやエル、なんでお前はそんな冷静でいられるんだよ!?」
俺はエルにそう問い詰める。
「なんでって言われても、こうなることは僕のユニークスキルで予知してたからだけど?」
「いやそれを早く言えよッ!?」
やっぱりこいつは性格が悪い。俺はいつにもましてそう思った。
「あーもう!文句をタラタラ言うよりもゴブリンたちの討伐が先決だ!エル、後ろから援護を頼んだぞ!」
「了〜解。」
俺は少し恐怖を感じながらも、ゴブリンへと斬りかかる。
「くらえっ!」
「ギャヒャアァ!」
「うおっ!?」
しかし、俺の攻撃は躱され、空を斬る。
剣の扱いにまだ慣れていない俺は、振った剣の遠心力で少しバランスを崩してしまった。
「ギャギャァ!!」
その隙をゴブリンが見逃すはずもなく、その手に持つボロボロの短剣を俺に向かって振りかぶる。
だが、俺はギリギリのところでそれを剣で受け止める。
(あ、あっぶねぇぇぇぇ!?)
しかし、ゴブリンは複数体いる。俺が攻撃を受け止めている間に別のゴブリンがこちらに向かって来た。
(やべ、流石に複数を同時に相手にするのは……!)
俺がそう焦っていると、エルが何かブツブツとつぶやいていた。
そして、その直後にエルは高らかにこう叫ぶ。
「セイクリッド・チェイン!!」
その瞬間、エルの眼の前に魔法陣が現れ、そこから光り輝く鎖が俺に向かっていたゴブリンたちへと伸び、奴らを拘束した。
どうやら、エルが魔法で足止めをしてくれたようだ。
「コーイチ、他のゴブリンは拘束しておいたから、目の前のゴブリンを今のうちに倒しちゃって。」
「すまん、助かる!」
俺は他のゴブリンたちが拘束されている間に、相対しているゴブリンに反撃を放つ。
「お返しだッ!!」
「グギャァァァァァッ!!!」
反撃をくらったゴブリンは首筋を切り裂かれ、血を噴き出しながら絶命する。
「あ………」
しかし、元々殺しとは縁のない環境で過ごしてきた俺は知らなかった。殺しを知らない人間がそれを経験するとどうなるのかを。
魔物とはいえ、人型の生物を殺した。それを物語るように肉を断ち切った感触が手に残っていた。
倒れ伏したゴブリンから赤黒い血がどくどくと流れ出る。
「うっ……!?」
俺は不意に吐き気を感じた。
しかし、今は戦闘中だ。俺は吐き気をを抑え、まだ拘束されているゴブリンたちを討伐するために血で濡れた剣を構え、ゴブリンたちへ斬りかかっていった。
◆ ◆ ◆
「はあ、はあ、はあ……」
「お疲れ様コーイチ、あとは討伐したこと証明する部位を持ち帰ろう。」
拘束されて動けないゴブリンたちを討伐した俺に、エルがそう言うが、今の俺の耳には全然入っていなかった。理由はいたって明白だ。
「うぅ………オエエッ……ゲホッゲホッ……!!」
さっきまで押し殺していた吐き気が一気にこみ上げてくる。
俺はその場で伏せ、止まらない嘔吐に苦しむ。
「……コーイチ、冒険者として活動するうえで、こういうことは日常的になる。」
苦しむ俺にエルが珍しく同情するような声色で語りかける。
「僕も、冒険者になる前だけど、今の君と同じようなことになったことがある。これは、冒険者なら誰しも通る道なんだ。最初は大変だけど、これから慣れていけばいい。」
「………ああ、そうだな……。エル、ありがとな……」
まだ吐き気を感じるが、俺はエルの慰めの言葉に感謝する。
このあと、討伐証明部位である、ゴブリンの左耳を3体分切り取り、冒険者ギルドに持ち帰り、無事に依頼は完了した。
だが、俺はこの日、冒険者として生きていくことの過酷さをその身に思い知った。
そして、今日の出来事は、俺にとって、この先も忘れられない苦い思い出として刻まれることになった。
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