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【コミカライズ作品】幸せという罠

幸せという罠 王太子とマリア編

作者: りったん
掲載日:2022/12/28

 マリア・アークランドは社交界で評判の悪女である。しかし、それは彼女に悪意を持つ輩がマリアの悪評を広めただけに過ぎない……と彼女を溺愛する婚約者、公子クラウスと王太子ゲオルクは考えている。



 一方、当のマリアは、自分を善人と露ほども思っておらず、むしろ悪女寄りだと自認している。もし、クラウスが不実な男だったならば、マリアはその爪と牙を容赦なく振るっているだろうが、公子クラウスは真面目で誠実、少し抜けているところもあるが優しさと気高さを持ち、そして純粋な愛をマリアに捧げてくれているため、今のところ出番が全くないのだ。





「オイ。話がある」


 王宮の渡り廊下、めったに人が来ないはずの北離宮でマリアはいきなり呼び止められた。濃い茶髪を短く刈り上げた騎士風の青年だ。どこかで見た覚えはあるが、専属侍女も振り切るほど急いでいるマリアにとって邪魔でしかなく、マリアは一瞥しただけで通り過ぎる。


「無視するな!!! この性悪女!!」

 重い音を響かせて邪魔者は蔦柄の美しい壁に掌底を当てた。恋人同士がすればロマンチックだが、無礼な男にそんな真似をされてもときめくどころか苛立ちしか起きない。


「ふん。人を舐めているとどうなるかわかったか?」


 マリアが押し黙ったのを怯えだと勘違いした男は馬鹿にしたように笑う。それがあまりにも下品でマリアは顔を顰めた。ただでさえ、急ぎの用を邪魔されて腹に据えかねているのになんという無礼だろうか。



「オットー・ブリンガー卿。怒鳴らずとも聞こえてますわ」

 マリアは記憶のかなたから邪魔者の名前を引っ張り出した。騎士団分隊長の子息で、親は伯爵。中堅どころの貴族だ。つまり、侯爵令嬢マリアを堂々と呼び止める身分ではない。


「だったらなぜ無視をした! 話があると言っただろう!」

 貴族の端くれの癖に礼儀作法もなっていない彼にマリアは怒りを通り越して呆れてしまう。


「わたくしは急いでいますの。わたくしに用があるのならアークランド侯爵家に書面を認めて下さいな。時間が取れればご用件を伺いますわ」

 にっこりとマリアは余所行きの笑顔を向ける。

 マリアの笑顔にオットーは勢いを削がれ、むしろ頬を紅潮させる。性格に難があるがマリアは国一番の美女だ。悪評のせいでその部分はあまり有名ではないが、笑顔の彼女と向かいあえば、それが敵であろうとも認めざるを得ない。


 うっかりマリアに見惚れたオットーだが、ぶんぶんと頭を振って煩悩を振り払った。


「そ、そんなことを言って煙に巻こうとする気だろう!! 今ここで俺の話を聞け!!」


「お断りですわ。それに、お互い婚約者のある身、人気のない場所での会話はあらぬ誤解を招きますわ」

 マリアはオットーの交友関係を確実に思い出していた。たしか可愛らしい子爵令嬢と婚約していたはずだ。もっとも、彼は別の女にうつつを抜かしていたが。


 オットーはマリアの言葉に激高した。


「お、俺をお前みたいな不埒な女と一緒にするな!! 見かけの美しさに俺は絶対に騙されんぞ!! さっきの笑顔で王太子殿下と公子殿下を誑し込んでいるんだろう!! この悪女め!!」


 マリアの綺麗な顔が険しくなる。

 悪女と呼ばれるのは別に構わなかった。しかし、オットーの言葉で我慢がならないのが一つだけあった。



「ブリンガー子爵。わたくしがお慕いするのは公子様のみ。王太子殿下を敬愛すれども公子様以外に心を向けるなど一切致しません!!」

 マリアはオットーを睨みつけた。最愛の婚約者を持つマリアにとってオットーの言葉は耐え難い侮辱だったのだ。


 その迫力は氷雪にたたずむ一匹の狼のようだった。鋭い眼光、凍えそうなほど冷たい目、オットーは身震いした。



「……ッハ」

 場に似合わない軽い声がマリアの背後から聞こえた。

 振り向くと、口元を手で覆って体をぷるぷる震わせている青年の姿が見えた。


「ま、まあ、王太子殿下、ごきげんよう。こんなところで偶然ですわね」

 ここはめったに人が通らない通路。マリアも今日のような緊急時でしか使わないのだが、まさか王太子に出くわすとは思わなかった。



「中央廊下を通っていたんだけれど、猛獣の吠える音が気になってね」

 王太子の青い目がちらりとオットーを見る。

「大きい声でしたものね」

 オホホ。とマリアは笑う。正直、先を急ぎたいのだが、王太子を放り出して走り出すわけにもいかない。


 一方、オットーは侮辱されたと激高した。

「も、猛獣とは失礼な!! 俺はただこの悪女に自分の犯した罪を自覚させようとしただけです!!」

 王太子に怒鳴る度胸にマリアは驚いた。単なる馬鹿なのだろうが、もしマリアが彼の身内だったら泡を吹いて卒倒しているところだ。


 しかし、マリアはオットーの言う『罪』が今一つ理解できないでいた。清廉潔白の身ではないが、オットーの恨みを買った覚えはない。



「マリア。すまないね。彼は私のかつての……仲間なんだ。気兼ねなく話そうということで、彼の無礼は許しているのだが、まさかそれを乱用して君に暴言を吐くとは思わなかった。私に無礼を許されたことで特権を得たと勘違いしているらしい」


 その言葉でマリアはようやく腑に落ちた。

 少し前まで、王太子はある平民とそのとりまきと行動をともにしていた。マリアの婚約者、クラウスの怒りを買ったためにその平民は処罰されたのだが、オットーはそれが許せず、原因となったマリアに文句を言いに来たのだろう。

 あの平民のどこがいいのか理解しかねるが、恋は盲目ということをよく知っているマリアは許すことにした。


「よほどあの者を慕っていたのでしょう。わたくしは言いたいことを言い終えましたし、特に思うところはありませんわ」

 マリアが微笑むと王太子はどこか寂しそうに笑った。


「やはりマリアは寛容で優しいな。本当に……」

 何かを言いかけたが、王太子はそこで言葉を切った。


「いや、なんでもない。それよりも、早くしないと騎馬戦が終わってしまうぞ。クラウスの雄姿を見に来たんだろう?」

 王太子はマリアの目的を看破していたらしい。言い当てられてマリアの顔は真っ赤に染まる。

 この渡り廊下の奥に小さなテラスがある。あまりにも小さく、眺望もよくないのでほぼ使われないのだが、演練場が一望できるのだ。演練場は女人禁制のため、マリアがクラウスの姿を見る唯一の手段である。


 マリアは気恥ずかしくなりながらも、王太子の厚意に甘えることにした。


「殿下、お言葉に甘えて失礼いたしますわ!」

 お辞儀を一つしてマリアはその場を小走りにかけた。マナーの教師が見たら目を吊り上げて怒るだろうが、恋は盲目のマリアにそんな小言は意味をなさない。


 大好きなクラウスの姿を見るために走るマリアの顔はとても幸せそうな笑顔だった。





 マリアが去った後、通路はオットーと王太子……ゲオルクの二人だけになった。

 ゲオルクの顔は先ほどまでとは違い、優し気な顔が一変して能面のように冷たいものとなった。

 薄い唇がゆっくりと開き、地を這うような低い声がオットーに向けられる。

「オットー。お前があの女を未だに思っていることはよくわかった。だがな、マリアを侮辱することは絶対に許さない。彼女に免じて今回だけは許してやるが、次は……わかっているな?」

 凍り付くような気迫にオットーは呼吸すら苦しくなった。全身が凍え、ぶるぶると震えはじめる。やっとのことで頷きだけを返し、オットーはふらつく足取りで必死に走り去っていった。


 その後ろ姿は滑稽だったが、ゲオルクは笑えなかった。

 一歩間違えれば自分もあちら側だったかもしれないと何故か思ってしまうからだ。


 いつのまにか出ていた冷や汗を拭い、ゲオルクはふうとため息を吐いた。そこで余人の気配に気付いた。


「なんだお前か」

 ゲオルクは苦々しい顔をした。


「ゲオルク様、ご気分が悪いご様子ですね。アークランド侯爵令嬢を呼び戻しましょうか? なにせあの方がいるとゲオルク様は安定されますから」

 声の主はノイマン・アルトリッツ。

 冷たい印象を受ける人形のような顔にノンフレームの眼鏡をかけ、緑みを帯びたストレートの髪を肩口まで垂らしている。ゲオルクの乳兄弟で才知に恵まれた補佐官でもある。


「笑えない冗談だぞ、ノイマン」

 ゲオルクが睨むと彼は食えない顔で笑った。


「半分本心ですので。なにしろ、アークランド侯爵令嬢は王后陛下として相応しい方ですから臣下としては隙あらば推したいのですよ」


「お前に言われなくてもマリアが王妃に相応しいのは私が一番知っている。寛容さ、芯の強さ、忍耐力……数えるときりがない」


「ハァ。今でも慕っていらっしゃるのに婚約者の座を譲るなんてバカなことをなさいましたね……。手に入らないからといって頭の軽そうな女に手を出した時は眩暈がしましたよ」

 ノイマンは呆れきった顔でさらに追い詰める。


 ゲオルクはズケズケと物を言うノイマンに苦笑するしかない。

「相変わらずノイマンは容赦ないなあ。……女性を見る目のなさは反省しているよ」


「あの女性の何処が良かったんです?」


「……マリアに少しだけ似ていた。意志の強いところと、俺になんでもはっきり言うところが」

 少し恥ずかしそうに言うゲオルクにノイマンは冷めた視線を送る。


「そんなにも恋い慕っているなら婚約を取りやめなければよろしいのに」


「それはダメだ!!」

 ゲオルクは声を荒げる。ノイマンは目を丸くした。


「いや……そのただのカンだけれど、彼女は俺と結婚すると不幸になる気がしてならないんだ」

 幾分か声が低くなる。

 ノイマンはその感情の温度差を逃さなかった。


「カンとおっしゃいながらも、確信されているような物言いですね。何か根拠でも?」


「根拠はないさ。ただ、夢を見るんだ。私とマリアが婚約者同士っていうクラウスが聞いたら泣きわめきそうな夢をな」

 ゲオルクは喉を鳴らして笑う。


「フフッ。クラウス様を宥めるのは大変そうですが、臣下一同大歓喜ですよ」

 ノイマンが目を輝かせて笑みを浮かべると苦笑しつつ、ゲオルクはつづけた。


「あいにくと悲劇で終わる苦しい夢だったよ。それを幼少から繰り返し見ていると、マリアと結婚するわけにはいかないって思ってしまうのさ」

 ゲオルクはそう言って笑った。冗談ともとれるいい方だったが、ノイマンはそれがやけにリアルに感じ、何も言うことができなくなっていた。

 

「さて、書類整理がまだ途中だったな。急いで戻るぞ」

 そう言って何かを振り切るように走り出すゲオルクの背中をノイマンは慌てて追った。



 








(絶望した顔で俺を見つめる彼女の目、夢と言い切るにはあまりにも鮮明だった)


(だからこそ俺はこの思いを告げてはいけない)


(マリアを幸せにするために)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゲオルグと幸せになる道を読んでみたい気すらする良い奴でした。でも血迷った過去もあるのか……難しいところです。
[良い点] 新しい切り口ですね…!ゲオルグくん切ない… シリーズのようなので続き楽しみにしています!
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