松春と美青年
受験生のためなかなか時間が取れなかったのと、この話をもう少し伸ばそうかどうか悩んで投稿するのが遅れました。
すみません……。
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(あの人のあの怒りようだと今日も野宿かな……。
まぁ、いいんだけど……。
それより、食料が欲しいから山に入ろう、山に……。)
松春はふうーっと小さなため息をひとつ漏らした後、城下街を出て二刻ほど歩いた先の山へと入っていった。
ここのところ毎日野宿生活の松春だが、当の本人は存外この生活を気に入っているのだ。野宿になればその時間は家の事も松夏の世話もしなくて済むし、満腹にはならないにしろあの薄汚い家族のいる家にいるよりかは腹が満たされるし、夜中に面倒事で叩き起されなくて済むのだ。
そのため、今日も嬉々として山の中に入る松春だった。
場所が変わって山の中。嶺雲山と呼ばれるその山は人が住んでいる気配はなく、軍人がたまに練兵で使うか、狩人が獲物を仕留めに来る程度で人が通るには些か険しい道しかない山である。
しかし、人の出入りが少ないので植物が豊富で齢十七ほどの松春の分ぐらい毎日一食分をここで賄ったところでなんら問題はなかった。
そう、この時までは……。
(今日分の食料は手に入れたし次は火を確保しなきゃだな。
今日は運良く魚も釣れたし、焼いて食べよ。)
松春は久しぶりに魚を食べれるということもあって口から涎が溢れそうになりながら今日の寝床と焚き火用の乾燥した木の枝を探していると二十人から三十人程の男が野営の準備をしていた。このことからすぐに軍人であることが分かる。
「何者だ!! 」
松春の存在に気づいた一人の男が冬のように凍てつくような、それでいて炎のように煮えたぎるような怒りとも敵意とも言える感情を帯刀していた剣と共に松春へ向けながら言った。
(何かとんでもない事になってんだけど……。
久しぶりの魚に気を取られすぎてこの人らの気配を察知することも私自身の気配を消すことも忘れてた……。
どうしよう……。
にしてもこの人、綺麗だな。これで男なんて勿体ない……。)
最後の方は自身の命が危ぶまれている状況でこんな呑気なことを思っている松春であった。
松春は昔から気配の察知と気配を消すことに長けていた。それは家庭環境によるものが大きく、怒鳴られたり嫌がらせされたり、暴力が振るわれるのを極力避けるためには相手に近づかないことと自身の存在を消すことだった。
そのためには気配に敏感でなければならなかったのだ。これは松春が生きていくために必要な事だったのだ。
それから松春にとってこのような事は日常茶飯事で慣れているので怯えることはなく、むしろボケっとその男の顔を見つめ続けた。
そして今、松春に剣を向けている二十代前半であろうこの男は確かに危機的状況にいる松春が自身の立場を忘れてしまうほど美しく、男というには勿体ない美貌の持ち主だった。
(絹のような肌と翡翠のような濡れた輝きをもつ黒髪、無駄のない綺麗な孤を描いた輪郭、柳のような眉、女性並みに長い睫と切れ長で暗緑色が印象的な目、筋の通った高い鼻、ほんのりと色づいた薄桃の程よい厚さの唇。
女だったら傾国してたなこりゃあ……。)
上等な衣服や装備を身につけている相当やんごとなき身分であろう男に対して凄く無礼なことを思いながら松春は視線を男の顔から自信に向けられた剣先へと落とした。
「だから貴様は何者だ!! 何度も言わせるな!! 」
男が何も言葉を発さない松春に痺れを切らし、怒鳴りながら再度同じ質問を松春に投げかけた。
男と共にいた者たちは青ざめた顔をしながら松春を心配していた。男を止める様子もなくただオロオロと慌てているところを見ると男の部下なのだろう。
「私は松春と申します。二刻ほど歩いた先の城下街の者です。この山には食料の確保と日を越すために来ました。」
松春は男に怯えることなく、むしろ興味があるため彼の暗緑色の瞳をじっと見つめながら質問に答えた。
「……城下街の者が何故こんな山で食料を調達し野宿する必要がある? 食糧難か? 」
松春の自身へ対する態度に驚きつつも男は続けて質問をした。
「いえ、街には食べるものが沢山あります。ですが、私のような卑しい身分の者は上の機嫌によっては食べ物を貰うことが出来ない時もあれば暴力を振るわれることもありますし、酷い時はこのように屋敷から一晩追い出されることもあります。
しかし、それは仕方のないことなのです。
これが、私たち卑しい身分の者の運命ですから……。」
松春は目線を斜め下に落として顔を少し俯き、翳りゆく声でそう言った。
刻・・・時間の単位。中国で15分のことを指す。
時代や国によって一刻の長さが変わる。
ちなみに日本では一刻=2時間で使われていた時
期が長かった。
傾国・・・絶世の美女の代名詞。傾城とも言う。