蜜蝋と財力
この度も『松春軍師伝』をお読み下さりありがとうございます!!
作者が体調を崩してしまったため更新が大はばに遅れてしまったことは誠に申し訳ございませんでした。
今後も『松春軍師伝』をよろしくお願いいたします。
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「春様、起きてください。湯船でのお手入れは終わりました。
次は保湿などを施しますので湯船から出ましょう。」
涼麗は松春の肩を優しく叩いて松春を起こした。松春は目を開けるが急に眩い光が松春の目に突き刺さらんばかりに注がれた。眩しくて少し痛くも感じる光に松春は目を細めた。
松春は蠟燭の火や窓の方の日差しを見ないようにしてゆっくりと湯船を上がった。
(湯船って凄く良いな。癖になる……。)
少し名残惜しそうに感じながら松春は湯船を絶賛した。
その瞬間、松春の鼻にある匂いが駆け抜けた。
(この匂い、蜜蝋か?!! やはり名門士族の藍家だ。
しかも、それを湯殿にまで使えることが出来るとは……。
財力があることが容易に分かるな。)
松春は蠟燭の原料が蜜蝋であることを知り、藍家の財力の余裕にとても関心を示した。
蠟燭の主な材料は植物性の油脂や獣脂と呼ばれる獣の脂肪、穀物の糠で作られた蠟燭である。それらを原料とした蠟燭が多く流通している理由は至極簡単だ。それらを原料とした蠟燭はとても安価で平民も日常生活で使うことが出来るからである。
逆に蜜蝋は蜜蜂の巣を蝋にする。蝋にすると出来上がりは少量である。しかも、もともと蜜蜂の巣を手に入れるのが非常に困難である。養蜂をすることである程度安定して手に入れることが出来るが養蜂には初期費用も維持費もかかり、収穫量も年によってばらつきがあるため養蜂が出来るのは財力のある家で蜂蜜や蜜蝋はとても高価な品というわけである。
その代わり蜜蝋蠟燭は、融点が低いため、非常にゆっくりと燃焼し、煤が出ず、とても甘い香りがするうえ、美容効果もあるのでお金に余裕があり、体裁を気にする王侯貴族にはとても人気である。
また、研究職や医者などにも大変人気であるため夜に研究や勉強を行うときに非常に重宝されていた。松春が世話になった老師たちもそういった夜の研究活動の際は蜜蝋蠟燭を愛用していたので松春も嗅ぎ慣れた香りであり、身近なものであった。そのため嗅いだだけで蜜蝋蠟燭であることを充てることが出来るほどである。
(しかし、藍啓様の御父上の性格上、領土の管理は向かないだろうし商売は毛嫌いする部類のはず……。
さらに、実力主義・結果主義の士族であるため体裁を気にするような性格でもない……。
かと言って、藍啓様も清廉潔白すぎて領土管理や商売は向かない……。
藍家にそういった類が得意な者がいるのだろうか……?)
松春はこの藍家の財力の謎について黙々と推理をしたが、結局のところ結論を出すことが出来ず、かと言ってこういった家の事情を易々と涼麗に聞くことも出来ずに桃琳に案内されて人が一人が横になれるぐらいの大きさの台に仰向けになるように促された。
「それでは春様、化粧水を塗っていきます。こちらの化粧水の原料は糸瓜でございます。」
そう言いながら松春の顔は勿論、体にも丁寧に塗っていく涼麗。どちらかと言うと塗ると言うよりかは揉み込むという表現の方が近いのかもしれない。
ひんやりとした液体を塗られるのは湯船に入った歳の火照った体には丁度よい。松春も自身の火照った温かい肌に化粧水のひんやりとした冷たさは心地よく感じている。
「続いては保湿剤を用いて先程塗った化粧水の水分が逃げないようにしっかりと蓋をします。こちらの原料は乳脂です。
乳脂は蜜蝋と同じく保湿効果があり蜜蝋よりも溶けやすく人肌に当てますとゆっくりじっくりと溶けていきます。香り付けでのために少量だけ蜜柑の香油を使用しています。」
桃琳は茶色の壺に入っている保湿剤を大きめの木の匙でたっぷりと掬いながら保湿剤の説明を松春に丁寧に行う。松春も固形よりの保湿剤がじっくりと自分の体温で溶かされている感覚を感じた。保湿剤が解け切ったあたりで松春はヌルヌルとした感覚を感じるようになった。不思議な感覚を感じるようになったが決して不快に思うことはなく、少し経てばぬるぬるとした感覚が緩和されてきた。
「お肌の保湿をしている間に髪の保湿もしておきますね。」
そういった涼麗は松春の髪の毛に少量の香油を付けた。非常にキレのあるさわやかな香りの中に仄かに甘い香りを感じる香油である。体に塗ってある柑橘系の香りとも相性が良く、松春は柑橘系の香りと合わさったこの香りをとても気に入った。涼麗に聞くと涼麗か快く髪に塗った香油の香りは女無天という西の大陸で採れる薬草だと情報を付け加えて答えてくれた。女無天は西の大陸では茶として飲まれたり、香り袋の材料として香りを楽しんだりするのだそう。
外国のものを輸入していることから松春はますますこの藍家を管理している人物が気になった。恐らくだが女無天の香油を仕入れている人物は藍家を管理している人物と同一であると考えている。貴士族の家は生活品の仕入れも家を管理している人物の采配になることが非常に多いからだ。
まだ見ぬ管理人を考えるのを一旦やめた松春は柑橘系と女無天の合わさった香りが気にったことを涼麗と桃琳、二人に伝えると二人とも松春の好みが知れてことがうれしくて小さな笑みを溢した。
松春は二人の様子にを不思議に思いながら二人の顔を見つめて首をかしげた。