藍家 二
今回も「松春軍師伝」をお読み下さり誠にありがとうございます。
今回は少し早めに更新が出来たのでとても気分が良くなりました。
いいねやコメント、ブックマークよろしくお願いします。
〈追記〉
すみません、文章が重複してたので編集しました!!
これで読みやすくなったと思います。
綺麗な木目の寝台の天井を松春は寝転がりながらボーっと眺めていた。
(もっと強くなりたい……。)
先ほどの藍啓の何とも言えない、もの悲しげな、仄暗い、口元だけ無理繰り弧を描かせて目尻は今にも泣きだしそうなほど朱色に染めて不自然な目尻の下げ方をした顔。その顔を思い出すたびに無力な自分に松春は嫌気がさした。
(これからこの屋敷でお世話になるんだから何か仕事をしないと……。
まずは自室の掃除かな……。)
ゆらりと起き上がった松春は屋敷の人に掃除道具を借りようとゆっくりと部屋の戸に手を伸ばした。戸に手が差しかかろうとしたその時、勢いよくガラガラっと音を立てながら松春の目の前の戸が開いた。
そこにいたのは十と少しばかりの少女だった。松春とは頭二つ分ほど低く、小さく細い手足と雪のように真っ白で絹のように滑らかで艶があり、餅のように弾力がありそうな肌が印象的である。桃色を基調とした動きやすくこの家に相応しい簡素な意匠の服を着ている。主に淡い桃色の布に帯や袖や裾の縁、襟など部分的なとこは濃い桃色を使った服である。髪も目より上の部分で二つの御団子を結っており、前髪は眉辺りで切り揃えており子供らしさがある。北の方の出身か先祖が北方出身なのだろう、瞳は薄い茶色の瞳をしており、子どもらしくクリっとした大きくパッチリな目をしている。紅を挿したのかと疑うぐらい赤らんだ頬と真っ赤な唇が差し色のような効果を発揮している。
「貴女が春様ですね!! 」
女の子はパーッと星や花が飛びそうなほどの満面の笑みを浮かべながら、松春に本人確認をした。あまりにも明るく、キラキラと眩しい子のため松春は考える間もなく首を縦に振った。
「桃琳、あまり春様を困らせてはだめよ。」
右の方から女の子もとい桃琳を窘める女性が現れた。松春よりも幾らか年上の女性で、既婚者なのであろう。髪を垂らしている部分は一切なく、すっきりとした髪型をしている。しっかりと化粧をしているがどちらかと言うと薄化粧で淡い色の紅がとてもよく似合う柔らかい印象を持つ女性である。タレ目や柔らかな灰色の瞳も相まって更に柔らかな印象を感じる。だが、柔らかな印象の中にもどこか凛とした美しさを持ち合わせている。まるで白百合のような女性だ。緑を基調としたふんわりと軽やかさのある服を纏っており、袖や裾の縁に細かい刺繍が施されており、髪飾りや首飾などの装飾品は淡い金色の金属を用いており、今まで見てきたどの装飾品よりも美しく、品のあるものだと松春は感じた。
あまりにも突然すぎることで松春は慌てふためき、理解が追い付かなかった。
「では、春様。湯殿の準備が整いましたのでご案内致します。
どうぞ、心ゆくまで旅の疲れを癒してください。」
にっこりと女性は微笑みかけながら松春を湯殿に案内を呼びかけた。
「へぇ?!! 湯殿ってあのお湯を張って浸かったり、髪や身体を洗い流すところですよね? 」
松春は『湯殿』という単語を聞いて慌てだした。湯殿と言えば高貴な人だけ使用することが出来るとてつもない贅沢品であるからだ。水を手に入れることはとても大変で、綺麗な水は人が口に入れるものの分が精一杯で、基本それ以外は川の水を利用することが平民は殆どである。
また、湯を沸かす薪も安価で手に入るものではないため、人が浸かれるほど水とその水を温めるだけの薪を用意しようとなると平民なら普通に破産するほどである。家に運び入れることが出来る水も限られているし、薪に至っては料理や暖をとるためのものですら平民は確保ができない年もある。
だからこそ王侯貴士族だけが利用することが出来る贅沢品である。
「はい、そうでございます。
春様は大変汚れております故、今回は通常よりも時間をかけて丁寧にお手入れをいたします。」
女の人は松春の問いにさも当然のように柔らかな笑みを浮かべて答える。
松春が状況を飲み込めていないことをいいことに桃琳と女性は松春の両手を片方ずつ引っ張りながら湯殿に向かう。
「ちょっと待ってください!!? どいうことですか?!!
私は平民の出なので貴女方が私にそのような対応をする必要性はありません!!
そんなに汚れが酷いならそこら辺の川で洗ってきますから!! 」
ようやっと情報の整理が出来た松春は二人に対して慌てながら湯殿に行くことを拒否した。
「嗚呼、まだ名を名乗っていませんでしたね。
私の名は水涼麗と申します。春様の身の回りの世話を行います。
これからよろしくお願いしますね。」
「私は侍女見習いの清桃琳と言います。
涼麗さんと一緒に春様の身の回りの世話をします。
精一杯頑張りますのでよろしくお願いします。」
どうにも松春の発言とはかみ合わない話をし始めた女性もとい涼麗。涼麗の自己紹介に続いて自己紹介をし始める桃琳。さらに状況を飲み込めなくなり、慌てた顔をして二人の後ろ姿を交互に眺めることしかできなくなった松春。
松春にとってはとんでもない混沌である。
「あ、あの!! 涼麗さん、桃琳さん。
私に敬称はいりませんから……。」
ようやく発言することができた松春は自分に敬称が付いていること違和感というか気持ち悪さを覚えた。敬称は不要であることを涼麗に松春は伝えた。しかし、会って間もないが涼麗の性格上、敬称を付けた呼び方を訂正する気はないこと、桃琳は自身の上司である涼麗の言うことは絶対であろうから涼麗が訂正しなければ桃琳も訂正はしないだろうということを容易に想像できてしまった松春は伝えた直後に空笑いを一つ溢した。
「それはできません。 ですよね、涼麗さん。」
桃琳は松春の言葉に頬を膨らませた。次の瞬間、桃琳は涼麗の方を振り向きコロリと先ほどのふてくされた顔から満面の笑みを浮かべて涼麗に確認をとった。
「ええ、そうよ桃琳。
春様、桃琳の言っている通り私たちは春様に敬称をつけて呼ぶことが絶対なのです。
私と桃琳は春様の侍女ですので当たり前です。
また、春様も私たちに『さん』付けで呼ぶことも私たちに敬語を使うこともしてはいけませんよ。
春様の威厳に関わりますから。」
涼麗はニコリと笑みを浮かべて松春を諭した。
松春は二人に対し『さん』付けで呼ぶことも敬語を使って話すことも急に禁じられ、焦った。その上、二人は自分の侍女だと名乗り出したため松春は更に状況を掴めずにいた。そのようなことは桃琳も涼麗も露知らず、目を白黒させている松春を何の遠慮もなく引っ張って目的の場所である湯殿へと三人は姿を消した。