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藍家 一

この度は『松春軍師伝』をお読みくださり、誠にありがとうございます。

更新があまりにも遅くなり誠に申し訳ありませんでした。

大学生である作者ですが夏休みは基本家の手伝いとサークルの依頼で外部のショーに参加ばかりで執筆時間が取れず、夏休み明けは新しい授業について行くのがやっとで更新できたのが夏休み明けて1週間後ぐらいになりました……。

大学に時間割も変わりましたのでもしかしたら更新の頻度がバラバラになると思います。

夏から秋にかけてサークルが忙しくなるので尚更、更新頻度が下がるかと思います。

ご了承ください。


いいねやコメント待ってます!!

王都、蓮鈴(レンリン)に着いた松春(ショウシュン)はそのまま馬車に揺られながら藍家の屋敷に来た。


(さすが藍家、膨大な権力を有してるとこんなにも広くて丈夫な屋敷が与えられるのだな……。)


松春は感心しながら藍家の門を見上げた。


「門を開けよ。」


松春の後ろにいたはずの藍啓(アイケイ)は次の瞬間には勢いよく前に出て従者に屋敷に入る旨を伝えた。


その合図に藍啓の従者は滞りなく命令に従い門を二人がかりで開けた。


そこには綺麗な庭と洗礼された造りの屋敷が広がっていた。松春はこの外観に心を奪われ眺めていたが、藍啓の急ぐぞという意味が込められた咳払い一つで我に返って藍啓の後を顔を赤らめながら、そそくさと着いて行った。


母屋の日当たりの良いであろう部屋の前まで着いた。


 着いた瞬間、松春は少しヒリついた空気を感じた。


ふと斜め前の藍啓の顔を除くと藍啓は少し張りつめた表情をしていた。


(何をそんなに警戒しているのだろうか? )


 松春は警戒している藍啓に違和感と疑問を持った。


 「啓か、入れ。」


 部屋の向こうから男の声がした。


 姿は戸が隔たっているため見えないが、とても迫力のある芯の通った声の持ち主であるので男の容姿は声の通り武人のような人であろうと松春は予想した。


 「失礼します、父上。」


 松春が部屋の向こうの人物に予想を立てていることをよそに、藍啓は戸を開け、自分の父親に挨拶をしている。


 (あれ、藍啓様の話し方や雰囲気が何だか可笑しい……。


 ご家族のはずなのにまるでどうでも良い他人のような感じの接し方だ。)


 松春は藍啓が自身の父親に対しての態度に更なる違和感を持った。


 藍啓の父親は藍家の人間なだけあってとても上質な服を身につけている。とてもなめらかで光沢のある衣だが煌びやかな装飾が布の模様はなく簡素な意匠(デザイン)の服である。しかし、藍啓の父親はあまり上級階級の人物にしては少し野性味の帯びた風貌でとても藍啓とは似ても似つかない顔立ちであるし、着ている物もあまりに似合っていない。


(どちらかと言うと嵐然(ランゼン)老師(せんせい)と似た風貌だな。


猛々しいというかなんというか……。)


 松春は藍啓の父親を観察しながら今後の事を考えた。藍啓の父親の様子を見るに松春に対してあまり良く思っていないのが見受けらる。松春の身分を考えたらそうなのかもしれないと思ったが、それにしては辻褄が合わないと感じた。藍啓の父親は武人であり、蓮華国(レンカコク)になくてはならない人材と言われるほどの武の才がある。世間体や見栄、派閥などを気にする貴族と違い、士族は実力主義、結果主義の人が多く特に藍家は実力主義の筆頭であるため身分だけで松春を邪険に思ってはいないだろう。


 (なら何故、藍啓様の御父上は私に対して良く思わないのだろうか……。)


 松春も疑問が深まるばかりである。


 「好きにしろ、出来損ないのお前に期待も何もしていない。


  精々この藍家の顔に泥を塗るようなことはしないでくれ。」


 藍啓の父親は藍啓に冷徹な表情と雰囲気を纏いながら、暴言を吐いた。


 「はい、決してそのようなことのないように努めてまいります。」


 藍啓は何事もなかったかのように自分の父親の暴言を受け入れていた。


 松春は頭が真っ白になった。まさか自身を拾ってくれた恩人も自身と同じように家族に愛されていないことを知ったからである。松春の場合は藍啓が身分と権力を使って助けてくれた。しかし、今の松春では己の主である藍啓を助けることは到底できない。それが松春にとって悔しくて辛くて己に力がないのが今までで一番妬ましく思った。


 気が付くと松春はとある部屋に通されていた。簡素ではあるが、良い材料を使っているため品のある調度品が置かれており、そこそこ広い部屋である。


 「今日からここがお前の部屋だ。ここを出で左の突き当りに俺の部屋がある。


  用がある時は俺の部屋を訪ねると良い。」


 「ありがとうございます。」


 少し元気がないと感じる藍啓の説明に今できる精一杯の微笑みを浮かべながら松春は藍啓に礼を述べた。


 「そんな顔をするな、春。


  小さい頃からだからもう慣れた。


  俺は大丈夫だから、春は何も心配しなくて良い。」


 松春の気遣いに気が付いた藍啓は松春の頭をポンポンと優しくなでながら今にも泣きそうな表情を隠すように笑いながら去っていった。


 一人、部屋に取り残された松春は藍啓が用意したいかにも上等でこんな良いものを着る機会なんてこれがなかったら一生なかったであろう服の胸部分を強く握りしめた。


「強くなりたい……。藍啓様の剣に、盾になれるぐらい強くなりたい……。」


 松春は独り言をぽつりと漏らした後、下唇を強く噛んだ。噛んでいる唇からは薄っすらと濃く鮮やかな血が滲んできた、悔しさと己に対する憎しみから一筋の涙を溢した。そこから歯止めが利かずボロボロと大粒の涙を溢した。


 松春には初めての感情であった。


 こんなにも人のことを想えるようになったのも、こんなにも悔しいと思うようになったのも、こんなにも無力な自分が情けないと思ったことも、こんなにも現状を覆したいと思ったことも、こんなにも泣いたのも、松春にとってはどれも初めてのことである。


 物心つく前はそういったものがあったのかもしれないが両親や街の大人からの理不尽な扱いのせいで松春は気づいたころから相手の顔色を常に窺うようになった。人の気配にも敏感になって息を潜めることも学んだ。感情を表に出すことはなくなった。周りに反抗することもなくなった。


 松春は何事も諦めて周りの大人に素直に従ってきた。


 そうすれば何も心配することはなかったし、必要以上に暴言や暴力が自分に降りかかり、自分の心や体を傷つけることはなかった。


 これからもずっと緑陵(リョクリ)に住み続けるか松春の妹である松夏(ショウカ)の侍女として松夏の身の回りの世話をして一生を終えるかの二択だけだと松春は思っていた。


 実際あの環境ならば、この二択しかなかったであろう。


 しかし、松春には『学問』、特に『軍略』があった。


 周りに暴言を吐かれても、暴力を振るわれても松春は学ぶことは諦めたくはなかった。学ぶことは松春にとってとても大好きな時間だった。学問に触れている時間は非日常に触れることができ、その間だけ現実を忘れることが出来た。自分の知らない知識を知ることが出来ることが松春にとってはどうしようもなく楽しくて仕方がなかった。学問はとても松春の性に合っていた。


 松春は、例えどんなにたくさんのことを手放しても『学問』だけは手放したくなくてしがみついた。そのおかげで松春は藍啓に拾い上げてもらえた。松春に『学問』がなければ松春は暗黒の地の底で這いつくばる生活をこれからもすることになったであろう。


 そのことを考えれば『学問』に触れることが出来たのはとんでもない奇跡である。


 しかし、『学問』に触れることと引き換えに人としての感情が欠落している。


 感情が非常に乏しく基本的には作った感情を顔に張り付けるようにして表に出している。幼い頃からなので松春にとってはもう慣れたものとなっていた。


不快感や呆れなどと言った感情はあれど嬉しいや悲しいと言った極端な正と負の感情はなかった。


しかし今はどうだ。


心の底から悔しがることも喜ぶことも徐々にだができるようになった。


それを支えているのは他の誰でもない藍啓である。だからこそ松春は悔しいし自身を情けないと強く思うのである。


しかし松春はまだ自分の気持ちに気づいていない。


何故こんなにも悔しいのか、何故こんなにも自身を情けないと思うのか、何故強くなりたいと願うのか……。


松春がその根本である感情の名前を知るのはもう少し先の話になる。

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