王都 蓮鈴
この度は『松春軍師伝』をお読み下さり誠にありがとうございます。
試験期間前で試験勉強があって更新が遅れました。
次回の更新は試験が終わるまでありません。
今後とも『松春軍師伝』をよろしくお願いいたします。
(何か話を振った方がいいかな……。)
松春は冷や汗をだらだらと流しながら俯き、拳を太ももの上で握り締め、身体をこわばらせながら必死に当たり障りのない会話を頭から何とか捻り出そうとしている。
藍家の現当主の許しは一旦置いて、松春はこれから軍師になるべく学校に通うこと方向に進んだ。
官僚や官吏、武官や文官になるためには、国の運営する太学と呼ばれる学校に通うかその道の著名人に弟子入りをしなければならない。学校の場合は卒業試験が設けられ、それに合格しなければならない。弟子入りの場合は、師匠から推薦状をもらい国に提出しなければならない。それが出来なければ採用試験である科挙の受験資格すら得ることが出来ない。中には何年も留年している者や何年も師匠が推薦状を書いてもらえない者もいる。
学校は更に入門する前に入門試験が設けられている。それに合格しなければ通うことすらできない。
しかし、松春は科挙の基礎中の基礎である四書五経をまともに学んでいなかった。それもそのはず、松春は今まで実の家族に虐げられてきてため正規の教育を受けることが出来なったのである。
本来、地域によって異なるが蓮華国の王都周辺では基本六歳になると平民は私塾に通うことになる。私塾は大体三年から七年を目途に生徒は卒業する。その間は、読み書き算術から始まり四書五経などの有名な書や詩を読み意味を理解したり、その時の時代背景を学ぶ。後半になると家業で必要な知識を学ぶようになる。
それを松春は履修していないのである。松春は読み書き算術以外の基礎学習を飛び越えて専門的な知識を老師から学んでいた。本の虫でもあった松春は老師たちの所有している書物を読み漁っていたため四書五経や有名な詩人の詩は一言一句間違えずに暗記している。しかし、意味や韻などと言ったところは全く理解していないのである。
老師たちも専門分野を松春に教えることで頭がいっぱいになり、松春に基礎教育を学ばせていないことが発覚したのは松春が出発する前夜のことである。
そのことが発覚した際、風慧を始めとする知識人が風慧と嵐然の家で平謝りし中には土下座する者までいた。武人気質である嵐然は風慧たちの土下座に指をさしながらガハガハと豪快に涙が出るほど笑った。最終的には床で転がりながら大きな笑い声を響かせた。松春は柄にもなく慌てふためき風慧たちに土下座をやめるように促し、嵐然に大笑いするのをやめるように言った。その様子に藍啓は口をあんぐりと開けて放心状態になっており、藍啓の従者である蒼雷は顔の上半分を手で覆いながら静かにため息を吐いていた。
(あの光景はもう、混沌としか言いようがなかった……)
松春はげんなりとした表情で昨晩のことを振り返った。
「春、話しておくことがある。」
しばらくの沈黙でを藍啓が破った。しかし、真剣な表情で切り出しているため、松春も気が気ではなかった。
「次の太学の入学試験はあと三月しかない。
しかし春は基礎である四書五経も韻文もまともにできない状態だ。
そこで、太学の入試まで俺が世話になった老師に頼んで春の家庭教師をしてもらうことになった。
短い時間ではあるが、必ず成果を出して合格しろ。
ここで躓くようでは軍師になれぬぞ。」
「はい。」
藍啓は力強く松春の目を見て言った。その期待に応えようと松春は藍啓に劣らぬ力強い声と朗らかな笑顔で返事をした。
「ようやく着いたぞ、ここが王都、蓮鈴だ。」
「ここが王都……」
絢爛豪華な建物、見たこともない意匠の衣服、美味しそう食べ物、人々の明るい声。すべてがすべて目新しい松春は年甲斐もなくキラキラと玉のように輝いた瞳で王都の情景を自身の目に映し込んだ。それを見た藍啓は穏やかな笑みを浮かべた。
太学…古代の中国や朝鮮・ベトナムに設置された官立の高等教育機関。古代の教育体系においては最高学府にあたり、官僚を養成する機関。
四書五経…儒教の経書の中で特に重要とされる四書と五経の総称。ただしこのうち『大学』『中庸』はもともと『礼記』の一章を独立させたもの。
韻文…聴覚に一定の定まった形象を感覚させる一定の規則に則って書き表された文章。散文の反意語。多く詩において用いられる。 一定のリズムを持ち、暗誦されるのに適しているため、古代から神話や歴史の叙述に用いられてきた。俳句、和歌、漢詩、連歌、連句、四行詩、脚韻詩などの韻文詩なども韻文に含まれる。 科挙では知識問題の他に受験者にお題を課して制作させる問題も出題されていた。