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この度は『松春軍師伝』をお読みくださり誠にありがとうございます。

いいねやコメントお待ちしております!!

 「ご主人、私はこの者を買いたい。」


 藍啓(アイケイ)の言葉に松春(ショウシュン)は目を見開き驚いた。


 (この方はまだ諦めていなかったのか……。


  何で……私なんかよりももっと才覚ある者はいるはずだ……。


  それこそ()なんて器量も良いし、教養も十二分にある。


  それこそ中級貴士族の娘と引けを取らないほどだ……。


  話術もあるから妻として迎え入れようとしている貴士族もいるぐらいだ……。


  また、間諜(スパイ)として夏を欲する者も少なくない。


  夏が光で私が影、夏の代わりに私が不幸にならないといけないのに……。


  老師(せんせい)以外はみんな助けてくれなかったのに……。


  老師たちも助けきれないこともあるのに……。


  どうして殆ど知りもしない私なんかをこの方は助けようとしているのだろうか……。)


 松春は目尻に涙をためながら藍啓を見つめた。


 「お待ちください、このような汚らわしい者より私どもの一人娘である夏の方が藍啓様のお役に立てます。」


 松春に一筋の希望の光が差しかかった頃合いで松春の父親が妨害をした。それに賛同した松春の母親は更に松春を貶し松夏を褒め、松夏の美点を挙げていく。


 「そうでございます、この奴隷は満足に茶を淹れることも出来ない役立たずにございます。


  そのうえ、身分不相応な不必要な知識だけは頭にある穀潰しでございます。


  その点私どもの娘は親の贔屓目抜きでとても優秀な子でございます。


  娘はこの通り器量が良く、教養もあります。


  話術にも長けております故、嫁にとしても、侍女としても、間諜としても藍啓様のお役に立てるでしょう。


  どうかご再考ください。」


 松春の母親はペラペラとあらかじめ考えていたのではないかと疑いたくなるぐらい流暢に松春を貶し、松夏の方が優秀だと述べた。その際、松春の母親は時折松春に目配せしてあからさまに蔑んだ笑みを浮かべた。


 母親の言葉と自分に向けられた表情を目の当たりにした松春は服の裾を固く握りしめ、うっすらと血が滲むほど強く唇の噛みしめ、深く俯いた。


 (ああ、どう足掻いても私の努力は、我慢は、報われないんだな……。


  何で少しでも希望を持ってしまったんだろう……。


  何で少しでも幸せを考えてしまったのだろうか……。


  こんなことなら、考えなかったらよかったのに何で私は考えてしまったのだろうか……。


  今までこんなことなかったのに……。)


 松春はそう思いながらポロポロと周りに見られぬように自身の髪で隠しながら涙を流した。


 今までの経験上、松春は自身より妹の松夏が選ばれることを痛いほど見てきた。今回もそうなるであろうという考えに至り涙が止まらなかった。


 「いや、私が欲しいのは貴殿と貴女らの娘ではなくこの者が、春が欲しいのだ。


  これ以上の説得は無意味だぞ。


  分かったのならこの金子は全てやるから即刻立ち去れ。」


  藍啓の冷徹な目と声色に松春の両親と松夏は怯えてしまったため後ずさりをしながら天幕から出て行った。もちろん、お金に目聡い松春の両親はちゃっかりと藍啓が投げ渡した庶民では手の届かないくらいの大量の金子の入った袋を持ち去っていった。


 松春は泣いた。悲しいのではなく、嬉しすぎるあまり泣いた。藍啓が松夏ではなく自分を選んでくれたことに対して何とも形容しがたい喜びが一気に押し寄せたのだ。


 そのすぐあとに藍啓の従者であろう者が様子を見に天幕に入って来た。


 「どうなさいましたか、殿。して、そちらの者は? 」


 藍啓の従者であろうその青年は微笑みかけながら藍啓に問うた。


 「やっと目的の者が見つかったぞ蒼雷(ソウライ)。この者の名は松春と言うぞ。


  俺は春を軍師として育てるぞ。


  私と同等がそれ以上の才覚が既にあるのだ。


  きっと、歴史に深く名を刻む軍師になるだろう。


  この蓮華国(レンカコク)にとってもとても重要な人材となるぞ、蒼雷。」


 藍啓は心做しか蒼雷と呼ばれている男に目を輝かせながら松春の話をしている。


 (少しばかりか藍啓様が幼く見えるな。


  きっと藍啓様にとって蒼雷様は心を許せる数少ない人なんだろうな……。)


 かなり落ち着きを取り戻した松春は藍啓と蒼雷の会話から二人の関係性を感じ取った。


 「私はこの者が軍師を目指すのはやめた方が賢明かと……。」


 「何故だ? 技術は申し分ないぞ。身分か? それも地道に出世していけばいい話だろう。


  過去に立身出世を果たした者も多くはないが存在するしな。


  確かに、春はかなり身分が低い者に見えなくもないが調査の末これは家族が虐待していたからであって春の身分は平民だ。


  ならば十分に軍師の道を目指せるはずだ。


  もしも後ろ盾がないことを心配しているのなら俺が、藍家が後ろ盾になればいい話だ。


  もともとそうするつもりでいたんだ、それなら何の問題はないはずだろう、蒼雷? 」


 意外と頑固なところがある藍啓は自分の家を後ろ盾にしてでも松春を軍師にする気である。それほどまでに本気であることが窺える。少しすねた表情をちらつかせながら藍啓は蒼雷に反論した。


 蒼雷は一瞬、松春の方をチラリと見て溜息を一つ溢した。


 「殿の家が後ろ盾になる以前の問題です。この者は女ですよ。」


 蒼雷は面倒くさいと言わんばかりに先ほどよりも大きなため息を一つ吐きながら藍啓に言った。


 「お、お前、女だったのか?!! 」


 (分らんかったんかい!! )


 藍啓が慌てふためきながら恐る恐る松春本人に確かめる言葉を述べている中で松春はやんごとなき身分である藍啓に対して心の中でツッコんだ。

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