藍啓と松春
この度は『松春軍師伝』をお読みくださり誠にありがとうございます。
作者の家が冠婚葬祭が続ぎ、落ち着いたころに家がカラス被害に遭ってカラスvs作者の仁義なき戦いを繰り広げていたので更新が遅くなりました。
すみません……。
いいねやコメントお待ちしております。
今後とも『松春軍師伝』をよろしくお願しますい。
昼前、松春は妹の松夏の髪を綺麗な材木を使ったことが容易に分かる櫛を使って丁寧に梳いた。その前にはいつもより上質な布で仕立て、細かい刺繡が施された煌びやかな意匠の濃い桃色の衣と淡黄の羽衣の着替えを手伝った。
(一体、こんな上等な服や装飾品、化粧品をどうやって手に入れたんだろうか……。
まさかあいつら借金したんじゃ……。)
松春は牡丹を模った簪を松夏が痛くないように優しく、且つ髪型が崩れないようにしっかりと挿しながら顔を青ざめ引き攣らせながら最悪の事態を考えた。
(一世一代の好機であろうこの機会を逃したくないあの人らは借金してまで夏の身なりを最高のものにしたいはず。
先方に見初められ婚姻できれば旦那側の家からとんでもない額の結納金を得られるのでそれで返済すればいいのだろう。
それでも結納金は余るだろうからそれで散財する未来が容易に想像できる。
仮に駄目だったとしても私を奉公に出して借金の返済を私に背負わせる気なのだろう……。)
推測した松春はさらに腸が煮えくり返りそうな怒りを抱え、顔に深い皺をつくり顔を顰めながら此処で考えるのを放棄した。
もし万一に松夏が先方に見初められなければ松春に待っているのは遠方での奉公だ。王都や何処かの城下町でのやんごとなき方々のところならまだましだが、これが鉱山労働などになればあり得ないくらいの劣悪環境で働かされる。今よりを汚いところで作業をするので病気にかかりやすいだろうし、上司は赤の他人なので今よりもきっと理不尽な暴言暴力に耐えなければならない。耐えられるか分からない不安と恐怖から松春は唇を噛みしめてこの二つの感情を紛らわそうとした。
時が変わって申の刻の初め頃、松春は両親と妹と広場に来ている。松春は松夏の下女という立場で高貴な御方との謁見をすることとなった。綺麗な白の天幕に行列ができており、なかなか進まないことで苛立ちを募らせる松春とは反対に松春の両親と松夏は期待で胸が一杯の様子である。
松春の両親は目をぎらつかせ、悪だくみしているようなニヤリとした笑みと恐らく金の計算をしているような素振りを見せている姿に呆れて二人に聞こえないように小さなため息を一つ吐いた。松春の妹である松夏は自身に満ち溢れており、絶対の自信があるように窺える。
(今回この街にいらっしゃったやんごとなき御仁は大変美丈夫だという話だ……。
これは何が何でも玉の輿に乗ってやるっていう覇気がすごい……。
これが後何人もいるのだろうから例の御仁からしたらたまったものじゃないだろう……。
そのうえ、がめつい奴らが多いから奴らの要求を聞くのも反吐が出そうになってるだろう……。
御仁とその従者たちには本当に気の毒でならないよ……。)
松春はあったことのないやんごとなき御仁たちに同情をしながら鱗雲の拡がる空を見て暇な時間をつぶすことにした。
「次の方、どうぞ中へお入りください。
どうか殿へ失礼のないようにしてください。」
(おそらく例の御仁の従者だろう。
従者でさえこれほど上等な衣を纏えるのだからこの人の主はとても身分の高い御方なのだろう……。
とても清潔感のある若々しい従者だな。
多分だけどこの人の歳を考えたらこの人はとても優秀な方なのだろう……。
それにしても、私らの前に謁見した奴らは一体何をしたんだ……。)
松春は天幕の前にいる青年に好印象を抱きながら青年が最後に言った言葉に不安を感じながら頭を下げて天幕の中に入った。
松春は中に入った途端に顔を青ざめ、背筋が凍るように冷たくなり、肩が大きく震えた。中にいる人物の何とも形容しがたい怒りの覇気をもろに浴びた。両親や松夏の様子を見たが何一つ感じている様子はがなく父親に至っては長々しい挨拶をし始めた。父親の挨拶でだんだんと御仁の怒りの覇気が増していくのでとても生きた心地のしない松春は出来ることならこの天幕から逃げ出したかった。だが、逃げたら待っているのは奉公先での今よりも不当に扱われることなので、松春はじっと耐えるしかなかった。
「面を上げよ。」
御仁の言葉に松春の家族はゆっくりと頭を上げた。
(あれ、どこかで聞いたことのある声だな……。)
松春は既聴感のある声に疑問を抱きながら家族の後にゆっくりと頭を上げた。その直後、松春と御仁は驚きを隠せなかった。
なぜなら、その御仁の正体は松春を軍師にと誘ったあの青年であった。
青年の名は藍啓。この蓮華国の中枢で膨大な権力を握っている家の呼称『五色の蓮』の一つ、藍家本家の出である。
「ご主人、私はこの者を身請けしたい。」
最初こそ驚いていた藍啓は座っていた細かい装飾が施されている椅子から立ち上がり、松春の側まで近寄り松春の肩に優しく手を置きながら松春の父親をの目を見て伝えた。