二人姉妹
この度は『松春軍師伝』を読んでくださりありがとうございます。
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「何処で油を売っていたの!!
今日は王都のとても高貴な方が謁見を設けてくださったのよ!!
夏の将来を見据えてたら必ず成功させないといけないの!!
アンタみたいな穀潰しとはわけが違うのよ!! 」
(風慧老師、時すでに遅かったです……。)
松春は風慧の忠告は意味を成さなかったことに対して大きなため息が出そうになるくらいに自身の母親に対して不快感を募らせていた。しかし、そのような感情は一瞬のうちに過ぎ去り、母親の甲高い声で青筋を額に立てて怒鳴り散らす姿を見た松春は呆れ果て、右側の口端が引き攣った小さな苦笑いを一つ浮かべた。また、目線を母親に向けるのも耐えられなくなった松春は綺麗な青空に移した。
「ねえ、聞いてるの!!? 」
松春の態度が気に食わなかった松春の母親は更に声と鼻息を荒げ顔を真っ赤にさせながら松春に向けて右手を爪紅をしているため真っ赤な色に変わっているとても長い爪を立てながら振り上げた。顔あたりを狙って引っ搔こうとしていることを本能で察知した松春は咄嗟に目を固く瞑った。目に当たったら失明する可能性があるからだ。
「このような底辺のために手を汚す必要はありませんよ、母上。」
可憐で綺麗で、それでいて人の温かみの感じない冷たい少女の声で松春の母は振り上げていた右手をゆっくりと下した。
(夏……。いつの間に……。)
それと同時に恐る恐る目を開けた松春は声の主である少女もとい自身の妹である松夏を見て顔色が青くなり、瞳孔を小さくし、先ほどまで歪な笑みを浮かべていた唇を嚙んだ。
「でも、貴女の謁見が失敗する要因は一つでも減らさないといけないわ!! 」
松春の母親は松夏に向かって心配そうに反論をした。
「ええ、確かに失敗する要素は一つでも減らすに越したことはありません。
しかしその謁見に同伴させる予定の者を怪我させてはこちらの印象が悪くなるものです。
ここはグッと堪えてください。」
松夏は母親にまるで子を諭す母親のような優しい声と穏やかな笑みで説得しながら松春に近づく。
「私を見降ろさないでくれる? 目障りだわ。」
冷ややかな笑みを浮かべ少女は松春の肩を押した。
あまりにも突然のことで踏ん張り切れなかった松春は後ろによろけて尻餅をついた。
「あら、やだ。そんな睨まないでくれる?
なんて野蛮で汚らわしいのでしょう。」
松夏は松春をまるで汚物を見るような不快感を帯びた不愉快極まりないような目で軽蔑した。おまけに眉間には少女には不釣り合いなしわをつくり、口元を袖で隠しながら微かにニタリという音が付きそうなぐらいの嫌らしい笑みを溢している。
実際に松春は少女を睨んでなどいない。要するに八つ当たりのようなものだ。
それでも松春は反論せずに耐えるしかないのだ。松夏には絶対に逆らってはいけないのだ。逆らえば必ず痛い目を見ることを身に染みて分かっているからだ。だから松春は松夏に暴言を吐かれた直後にすぐさま正座して地面につくギリギリまで頭を下げた。仕方ないと己に言い聞かせながら松春は少女の言葉を待った。
松夏は何もかも松春とは違った。
松夏は陶器のように白く透き通った肌と細すぎず太すぎず程よい女性らしい肉付きの肢体、女性らしく小柄な背丈、一目で上等なものだと分かるほどの綺麗なくすみの一切ない薄桃の衣、手入れのよく行き届いた艶のある絹のような滑らかな腰ほどの長さの漆黒、その髪を彩るかのように存在感のある煌びやかで細かい装飾がびっしりとある髪飾り、すっきりとした小顔にそれとは正反対の今にも零れそうなほど大きく黒曜石のような輝きのあるタレ気味の目、血色感のある頬と唇、労働をしたことがないのが一目で分かるほど荒れていない手と汚れていない綺麗な爪である。
一方、松春はというと外仕事によって焼けた健康的な小麦色の肌、労働や好きな武術によって逞しくなった体格、平均的な女性より頭一つ抜きん出ている背丈、過酷な労働によりボロボロになった灰色帯びた緑の衣、手入れが出来ないため傷みすぎて途中で切れて長さの揃わない年齢とは見合わない短い髪、奴隷のように扱われているため髪飾りはおろか作業する際に髪を纏めるための組紐さえ与えられない状態である。顔も中性的だどちらかといえば男のような顔立ちで、昼夜問わず水仕事をしているため荒れている手と畑仕事等で汚れきった爪。
これほど容姿が違えば周りからの反応も違うし、やれることも違う。やらなければならないことも違うし親から注がれる愛情の度合も違う。
そこから人格形成への影響にが出るのである。
罵倒され暴力を受け続けてきた松春は消極的で年頃の女の子にも関わらず、酷く達観した考えを持っており、言動や行動もとても大人びている。
一方、松春の妹である松夏は平民の中では比較的高い教養があるものの、甘やかされて育ったため我儘で自己中心的な性格をしており、松春から見ればとても幼い思考回路をしている。
(でも、まだどちらも本当に幼い頃はとても優しい良い子だったんだけどな……。)
松春は頭を深く下げたままゆっくりと固く瞑っていた目を開きながら自身の妹の昔の姿を浮かべた。松春の言う通り、松夏は小さい頃はとても優しい女の子だった。松春にも他の人と同様に接し、親の暴力を受けたり暴言を浴びたりした直後に心配してくれる子だった。
「お願いだから失敗しないでくださいね、姉さん。」
松夏はいかにも馬鹿にしたような口調と含み笑いで松春のことを『姉さん』と言った。
松春は歯を食いしばりながら地面にある自分の手を両方を固く握りしめた。
爪紅・・・女性の化粧法の一種で、指の爪に紅をさすこと。現在で言うマニキュア。昔の日本や中国
で鳳仙花の汁を用いて爪を染めていた。