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巻き添え

作者: あいうら

「なんだよ。危ねえな。」


片道3車線の高速道路。真ん中の車線を走っていると些細なことから左を走る車とトラブルになった。

お互いにクラクションを鳴らし、威嚇をするように近づいては離れる。


頭に血がのぼっていた私は、しばらくすると自分を取り戻し、その車から離れるように右車線に移動した。


その直後だった。


「うわっ」


後ろから軽自動車が突っ込んできたのだ。車線変更をする前に、たしかにサイドミラーを確認したはずだ。後ろの軽自動車とは十分な車間距離があったように思う。


私の車にぶつかった軽自動車は大きく向きを変えるとガードレールに正面衝突した。運転席は見たこともないくらい小さく押し潰されている。


私はなんとか車を路肩に止めたが、パニックで長い間動けずにいた。

その間にパトカーや救急車が集まってきたようだ。


窓ガラスをノックする音にハッとして顔を上げると、警察官が会釈をしている。


「すみません、まず免許証を拝見してよろしいですか?」


この一言から聴取が始まり、その後はありとあらゆることを質問された。そして、私の運転が原因であると判断されると、その場で現行犯逮捕となった。あまりにあっけない逮捕で、まるで夢の中にいるようだった。まさか自分が手錠をかけられることになるとは。想像を越えることが一度に起きすぎて、ふわふわとした妙な感覚だった。そして、気が付くと私は検察から聞き込みを受けている。


「あなたが事故の前に別の車へあおり運転をする姿が目撃されています。その"巻き添え"になる形で被害者の男性は亡くなられました。罪の意識はありますか?」


「ちょっと待ってください。たしかに別の車とトラブルにはなりましたが、それはあちらの車が先にあおってきたからです。」


担当の若い女性検察官は、怪訝な顔でこちらを見ているが、私は構わず続ける。


「それに右に車線変更するときも、後続者との距離は確認していました。被害者の前方不注意だった可能性はないんですか?」


「亡くなられた方によくもそんなことが言えますね。反省の気持ちはないということですね。」


私の言葉には警察も検察も耳を貸さなかった。私には彼らが、正義の仮面を被った悪魔のように見える。


長い取り調べを受けた結果、やはり起訴されることになった。この頃になると、事故はワイドショーを通じて全国に知れわたり、私は世間から強い非難を浴びていた。検察官も有罪にするため躍起になっているようだった。



「主文、被告人を懲役5年に処する。」


傍聴席から被害者の遺族が見つめるなか、裁判官が判決を下した。弁護人は無罪を主張したが、検察は数々の証言を引用し、私を悪人に仕立て上げた。被害者の前方不注意は認められなかったのだ。


後日、弁護士から控訴を提案されたが、悩んだ末にこのまま判決を受け入れることにした。この間に仕事、家族、友人など、何もかもを失った。もうこれ以上は精神がとても持たない。それに、事故から時間が経つにつれて、やはり亡くなった男性に取り返しのつかないことをしてしまったという自責の念が強くなっていった。正直、右に車線変更をするとき、本当に車間距離が十分だったかと聞かれると自信をもって頷けない自分がいる。


そして、私は刑務所で5年間を過ごすことになったのだった。


*****


「よくぞ、いらっしゃいました。」


被害者の母親からの意外な言葉に驚きつつも挨拶する。


「その節は、大変申し訳ありませんでした。本日、出所しまして、その足でこちらに参りました。ぜひ、お線香をあげさせていただけないでしょうか。」


私は被害者の実家に来ている。本当に長かった刑務所での生活が、ようやく終わった。出所をしたら、自分のせいで亡くなった男性に直接謝罪をしようと決めていたのだ。

正直、門前払いを受ける覚悟だったが、意外にも母親は低姿勢で歓迎してくれている。


そして、私をリビングにつれていくと、椅子に座るよう促した。てっきり仏壇のある部屋に通されると思っていたが、とりあえずそこに腰を下ろした。


すると母親が、奥の部屋から1冊のノートを持ってきた。表紙にはボールペンで「日記」と書かれている。


「実は、昨年息子の部屋の天井裏からこれが見つかりまして。見せるべきかどうか、あるいは処分してしまった方がいいのではないかと本当に悩みました。でもあなたには真実を知る権利がある。親として謝罪します。大変申し訳ございませんでした。」


被害者の母親は机の横にしゃがみこむと、土下座の姿勢を取ったまま頭をあげない。


「何を仰るのです。今日はこちらが謝りに来ました。どうか頭をあげてください。」


私は椅子から立ち上がり、土下座をやめさせようとする。


しかし、母親は地面に額をこすりつけている。心なしか震えているようにも見える。


しばらく時間が経っても母親が動かなかったので、仕方なくその日記を手に取った。


そこには、被害者が感じていた世の中への恨み辛みが書き連ねられている。


私は被害者の性格について詳しく知らなかったので、意外に感じながら読み進めていった。


なぜ母親はこんなものを見せるのだろうか。


そして、日記の最終ペーシに目を移す。


事故の3日前に書かれたその内容に、私は衝撃を受け言葉を失った。


ーーーーーーーーーー

幼い頃からどこをとっても他人より劣っていた。

容姿、勉強、運動、仕事、、全てが俺に劣等感を抱かせる。

ずっとこの世界を恨んできた。抵抗してきた。

しかし、もうこれ以上抗うのには疲れた。俺の負けだ。死ぬことにする。


でもただでは死にたくない。

この世界に何か仕返しをしないと気が済まない。

誰かの人生を狂わせてやりたい。

最後に誰かを"巻き添え"にしてやる。

ーーーーーーーーーー






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