プレイリスト
私は暇さえあれば音楽を聴いてる。音楽はまるで精神安定剤だと思う。イヤホンをつけて、お気に入りのプレイリストの再生ボタンを押せば、もうそこは私だけの世界。誰にも侵入はできない。もちろんずっと音楽に入り浸ってる訳では無い。他に好きなものと言えば、ラーメンが好きだ。そう、老舗の店に、ラーメンを食べに行った時のこと。店のローカルラジオから音楽が流れ出した。その声、その音、そのリズム、私は一瞬で惚れることになったのだ。だけれど、そのラジオのMCは不親切で、アーティスト名や曲名を教えてくれなかった。しばらく熱く耳に残ったフレーズを思い出す。
『もう転んだりできないね。泥だらけだけど、傷だらけなんだけど、転ぶのはもうダメ───────』
家に帰っても、ご飯の時も、お風呂の時も、寝る時も、頭にしっかり刻まれたメロディーは、強かな温もりを秘めた安らかな声で、耳障りのいいギターのお日様みたいなメロディー。それはずっと、私をドキドキさせていた。好きだ。どうしてももう一度、聴きたい。
その日の晩は、夢を見ていた。小さい頃の夢だった。
私は小さい頃に少し、バレエを習っていたことがあった。その時の淡い、苦い、嫌な思い出。
「どうしてみんなとリズムが合わせられないの!」コーチにはたくさん怒鳴られるけれど、肝心なコツを教えて貰えなかった。お父さんもお母さんも、毎日プレッシャーをかけてきて、応援や慰めなんてなかったから、怖くて、1人で、寂しくて、嫌だった。その年の発表会は出なかった。そして翌年、バレエを辞めた。今ではバレエに未練なんてないけれど、小さい頃のあの思い出は、今も私をしんどくさせている。あの思い出のせいで、何をしても埋まらない寂しさが生まれてしまった。
だから私は、音楽を聴くのかもしれない。
街を歩く。今日は大学の入試日だ。私は、難関の美大を受けるのだ。この日のために、私はかなりをかけてきた。怖くて足取りがよくわからなくなってきた。刹那。私は足が止まった。冷たかった体温が、一気に温まっていく感じがした。ドキドキしてきて、どうしても、そちらを見ずには、いられなかった。
「もう転んだりできないね。泥だらけだけど、傷だらけなんだけど、転ぶのはもうダメ。それだけが俺との約束。守って、強く、前へ、歩いて」
一人の男の人が、ギターを抱えて、路上で歌っていた。彼は、その場で立ち尽くす、今にも泣いてしまいそうな私に、歌いながらふんわり笑いかけた。温かい笑みだった。
彼の足元に立てかけてあったスケッチブックにマッキーで不器用に、書かれた、曲名は『歩いて』
後に私はサブスクに彼の曲を見つけた。
再生ボタンは押さず、プレイリストにも入れなかった。
それが彼との約束だからだ。