第7章 「いざ行かん、府中キネマへ!」
バスの終点である国鉄和泉府中駅前へ無事に到着した私達は、府中キネマ館を目指してロードインいずみを突き進んでいたの。
『へえ…これが修文4年のロードインいずみか…』
アーケードの葺かれた駅前商店街は、私が思わず感心してしまう程の、活気とエネルギーに満ち溢れていたんだ。
驚いたのは、鮮魚店とか仏具屋とか、結構プレーンなお店が軒を連ねているって事だね。
元化25年でもロードインいずみは相応に人通りがあるけれど、漫画古書専門店や缶詰バーとか、若い店主の営む個性的な店が増えているんだ。
それもこれも、大手ショッピングモールとの差別化による生き残り戦略の賜物だよね。
そういう創意工夫をする必要がなかった時代の駅前商店街ってのは、何とも素朴でノスタルジーを掻き立てられちゃうよ。
メイド喫茶やネットカフェは勿論、コンビニさえも影も形も無いじゃない。
その代わり、ゴーゴー喫茶や歌声喫茶みたいに元の時代じゃ滅多に見られないお店が普通に営業しているのを見ると、ついつい驚いちゃうんだよね。
「もう…里香ちゃんったらロードインいずみに着いてからこっち、色んな所を物珍しそうに見ているんだから…『イタリアの祝日』で王宮を抜け出した王女様じゃあるまいし。」
白黒時代の懐かしい洋画を引き合いに出してくるね、美衣子ちゃんも。
もしかして美衣子ちゃん、熱心な映画ファン?
「ここしばらくは里香のヤツも、軍事訓練のマニュアル化に携わっていて忙しかったからね…物珍しく感じるのも無理はないな。だが、余所見してたら通り過ぎちまうよ!」
「…っぶっ!」
誉理ちゃんったら、急に立ち止まるんだもの。
ブロンドの後頭部で鼻を打っちゃったじゃない。
まあ、キョロキョロしていた私が全面的に悪いんだけどね。
「オイオイ…気を付けろよ、里香。」
「イッテテ…おっ!」
ぶつけた鼻を労る私が目にしたのは、六角形の東活マークが掲げられた、クリーム色のモダンなビルだったの。
これこそ、東亜活動写真の封切り館だった頃の府中キネマ館だよ。
夜ともなれば、1階大扉の上に設けられた「府中キネマ」のネオンサインが赤々と輝くんだ。
耐震基準の都合上、私のお母さんが小学生だった頃には建て直されちゃったんだけど、木造だった頃の府中キネマ館には、前身である芝居小屋の面影が色濃く残っていたんだね。
そいでもって軒先に掲げられているのは、油絵の具で描かれた巨大な絵看板。
こういう絵看板は職人さんの個性が出てくるから、同じ映画の看板でも、まるで違った印象を受けちゃうんだよ。
極端な例だと、格好良く銃を構えたハリウッドスターのはずなのに、看板を見ると、洋装した時代劇俳優にしか見えなかったりね。
拡大した版権ポスターを掲げるシネコンには出し得ない、古き良き映画文化の極地だよ。
ドアを押して入った府中キネマ館のエントランスは、赤い絨毯が清潔な印象を与える、明るく広々とした空間だったの。
ドアの傍らの立て看板や壁面に貼られたロビーカードも、名画座やネットオークションで見掛けるような経年劣化した物じゃなく、発色の鮮やかな新品だし。
この真新しい清潔さはノスタルジーとは異質だけど、考えてみれば、当時の府中キネマ館は現役バリバリの封切り館だからね。
やれ、「レトロ」だとか「ノスタルジー」だとか言うのは、後世の人間が後付けした付加価値なんだよ。
「すみません、高校生3人お願いします!」
邦画全盛期の古き良き映画館の雰囲気に舞い上がっていた私は、必要以上に朗らかな声でチケット窓口に呼び掛けたんだ。
何せ、このチケット窓口の脇には黒板製の伝言板まで据えられていたんだから。
携帯電話が普及する前は、こういう伝言板で待ち合わせをしていたんだね。
ここまで郷愁を掻き立てられちゃったんだもの。
自ずとテンションも上がっちゃうよ。
「えっ…?失礼ですが、軍人さんですよね?」
「あっ…!」
窓口に座ったお姉さんの怪訝な表情で、自分がどう口を滑らせたかに思い至った次第だよ。
今の私は、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属の特命遊撃士である枚方京花少佐ではなくって、大日本帝国陸軍女子特務戦隊の園里香少尉って事になっているの。
元の時代では堺県立御子柴高等学校1年B組に在籍している私だけど、御先祖様である園里香少尉は、もう既に士官学校を繰り上げ卒業していたんだよね。
要するに、もう社会人。
学割は使えないね。
「オイオイ…しっかりしろよ、里香。いつまでも地方人の学生気分だと、天王寺ルナ大佐に叱られちまうぞ?」
「ゴ、ゴメン…」
度重なる私のウッカリに、誉理ちゃんもすっかり呆れ顔だね。
帰還した後の御先祖様が、友達グループの中でドジッ子キャラとして認識されちゃっていたら、申し訳ないなぁ…
「アハハ…はい、そうなんです。大人3枚でお願いします。」
見るに見かねた美衣子ちゃんが、岩倉具視の500円札を3枚取り出して、私の代わりにチケットを買ってくれたよ。
我ながら情けないなぁ…