第3章 「陸軍少女将校三羽烏」
こうして私が物思いに耽りながら身支度を進めていた、その時だったの。
「里香、起きてるか?もうすぐ朝食の時間だぞ!」
「一緒に将校集会所へ行こうよ、里香ちゃん!」
10代後半の少女特有の賑やかな声と、その伴奏みたいに規則正しいリズムで繰り返されるノック音。
どうやら、お迎えが来たみたいだね。
「あっ!誉理ちゃん、美衣子ちゃん!今行くよ!」
レーザーブレードとスマホを詰襟のポケットへ注意深く収納し、私はドアを開けて朝の来訪者を招き入れたの。
「ゴメン、待たせちゃったかな?美衣子ちゃん、誉理ちゃん?」
ドアを開けた先の廊下では、私と同年代の女の子が2人、私が来るのを待ってくれていたの。
ここが士官用兵舎だから当然だけど、2人とも私と同じ大正五十年式軍衣に身を包んだ少女将校だよ。
「ううん!私と誉理ちゃんも今来たばっかりだよ。誉理ちゃんったら、セッカチで心配性なんだから。」
2人の少女将校のうち、柔らかい桜色の髪をイギリス結びに束ねた子が、やんわりと同輩を窘めている。
のんびりとした口調の持ち主に相応しく、整った童顔には大らかで穏和な表情が浮かび、全体的にも太平楽な佇まいに満ちていたんだ。
この子は四方黒美衣子ちゃん。
奈良市にある御実家は、老舗の和菓子屋さんらしいの。
階級は少尉で、御先祖様とは士官学校以来の旧友なんだって。
「そうは言うけどさ、美衣子。里香の奴は珪素獣の野郎に1発かまされて、まだ病み上がりだろ。ああ…こんな事私に言わせんなよ。」
美衣子ちゃんに窘められた方の子は、ジト目にした金色の瞳で同輩を一瞥すると、バツが悪そうに頭を掻くのだった。
そんな真似をしたら、セミロングにした金髪のセットが乱れちゃうよ。
折角、いい感じにウェーブしているのにさ。
この金色の髪と瞳が印象的な少尉さんは、友呂岐誉理ちゃんといって、岸和田にある御実家は銭湯を営んでいるんだって。
言葉遣いは少し荒っぽいし、ちょっぴり素直になれない所もあるけど、本当は友達想いの良い子なんだ。
私が元々いた時代の言葉なら、「ツンデレ」って言うんだろうな。
誉理ちゃんも美衣子ちゃんと同様に、御先祖様とは士官学校以来の付き合いで、女子特務戦隊でも「三羽烏」と呼ばれる程の仲良しなの。
要するに、私にとっての千里ちゃんや英里奈ちゃん、そしてマリナちゃんみたいな間柄だね。
『メールやSNSでやり取りはしているけど…早く元の時代に帰って、マリナちゃん達に会いたいなあ…』
直接会えなくなると、こんなに寂しい思いになるんだね。
こんな切ない気持ちになったのは、作戦中に大怪我を負った千里ちゃんが昏睡状態になった時以来だよ。
「ねえ…ねえってば、里香ちゃん!」
「ううっ…あっ!」
肩を左右に揺さぶられる感触で我に返ると、美衣子ちゃんと誉理ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでいたんだ。
「どうしたんだよ、里香?急にボンヤリなんかしちゃってさ…」
「アハハ!いやぁ…この所は下士官や兵卒の子達を相手に訓練が続いたからね。少し疲れがたまってさ!」
誉理ちゃんを騙すような事になって申し訳ないけど、私の口実は割かし説得力のある物だったの。
この時期の陸軍科学研究所では、少女兵士用の生体強化ナノマシン開発の最終段階にあったんだけど、元化25年から来た私の身体は、既にナノマシンで改造されてる訳でしょ?
事情を信じてくれた天王寺ルナ大佐の計らいで、私はナノマシンの臨床被験者という扱いになり、私から採取した血液を元にして生体強化ナノマシンが実用化されたんだ。
そうして女子特務戦隊の将兵全員に生体強化ナノマシンが投与されたんだけど、この子達はナノマシンで改造された身体に慣れていないの。
そこで一足先にナノマシンで改造された事になっている私が、将兵達の訓練教官をやる羽目になっちゃったんだよね。
元化25年にいる御先祖様のスマホで、特命教導隊の先生達に訓練メニューを送って貰ったから、兵卒の子達相手の訓練自体はどうにかなったけど、教官を育成するのには苦労したなあ…
まあ、今となっては天王寺ルナ大佐を始めとする幹部の方々に訓練メニューをマスターして頂いたから、私が付きっきりで訓練教官をしなくても済むようになって、正直ホッとしているんだ。
「ああ…里香ちゃんったらここ最近は、ず~っと訓練の教官で忙しかったからね。」
「ボンヤリするのも、無理もないってか!」
どうやら美衣子ちゃんも誉理ちゃんも、私の口実を納得してくれたみたい。
「だったら今日の休暇で、ジックリ鋭気を養わなくちゃな、里香!」
口調は蓮っ葉だけど、私を思いやる意志は明確な誉理ちゃんが、快活な笑顔を爽やかに煌めかせる。
名前の読みは「えり」だけど、それと同じニックネームで呼ばれている私の友達とは、大分雰囲気が違うね。
私達の友達グループの「えり」こと生駒英里奈ちゃんは、気が弱くて内気なお嬢様だから。
元いた時代の友達だと、英里奈ちゃんというよりはマリナちゃんや美鷺ちゃんに近いタイプだね、誉理ちゃんって。
「その為には朝御飯をしっかり食べないとね、里香ちゃん!」
美衣子ちゃんの屈託の無い笑顔も、柔らかくて癒されるよ。
こっちは差し詰め、千里ちゃんに近いタイプかな。
「それでは御2人さん!いざ将校集会所へ、参りますか!」
「あいよ、里香!」
「行こっか?里香ちゃん、誉理ちゃん!」
私の呼び掛けに、誉理ちゃんと美衣子ちゃんは笑顔で頷いてくれる。
こうしていると、ずっと昔から2人と友達だったみたいな錯覚に陥っちゃうよ。
いずれにせよ、御先祖様も私に負けず劣らず、良い友達に恵まれたって事は確かみたいだね。
三代先の子孫としては、喜ばしい限りだよ。