第2章 「メル友は御先祖様」
こうして私は、大日本帝国陸軍第4師団隷下女子特務戦隊信太山駐屯地の士官用兵舎にある園里香少尉の私室に起居する事になったんだ。
ペンキで白く塗られた兵舎の外装はフランス式で小洒落ているし、士官用私室の住み心地だって、なかなか快適なの。
曾御祖母ちゃんが将校さんで本当に助かったよ。
士官は兵卒の子達と違って1人部屋が割り当てられているから、同居人相手にボロを出す心配はないし、エアコンや冷蔵庫、それにテレビやオーディオ機器も備えられているから、居住性も言う事なし。
もっとも後の2つに関しては、白黒の真空管テレビとポータブルレコードプレイヤーだけどね。
まあ、70年近い昔とはいえ、同じ日本の堺県堺市に来れた訳だから、そこまでカルチャーギャップは無くて済んだよ。
これが何処ぞの深夜アニメみたいに、中世ヨーロッパ紛いの異世界に転移か転生でもしていたなら、どうなっていたか分からないけど。
それに元化25年との連絡手段も残されているし、いずれ帰還出来る事は確約されている訳だからね。
元の時代に友達や家族を残して来ちゃったのにも関わらず、私が割と太平楽を決め込んでいられるのは、そういう事なんだ。
この辺の事情に関しては後で詳しく説明するけど、まずは身支度をさせてね。
「さてと、お次は…」
そして私は部屋の片隅に歩み寄り、コンセントプラグを占領している充電器ごと、レーザーブレードとスマホを取り外したんだ。
どちらも元化25年の時代から持って来れた、大切な品だよ。
なにせコンセントプラグの形は、大正15年から変わっていないからね。
この時代ではまだ発明すらされていないスマートフォンだって、問題なく充電出来ちゃうんだよ。
「おっ…里香ちゃんから早速、今日の段取りがメールで来ているな。」
スマホのメールアプリを起動させてみると、「今日が期限の貸本漫画を2冊返却して欲しい。」ってメールが届いていたよ。
「随分と念押ししてくるよね、御先祖様も…」
私は苦笑しながらも、貸本屋の蔵書印が押された少女漫画を手に取り、カバンに押し込んだ。
この「里香ちゃん」というのは何を隠そう、私の曾祖母である所の園里香少尉なんだよ。
驚いた事に、園里香少尉も私と同様、珪素獣との戦闘中にタイムスリップしてしまったんだ。
それも元化25年の時代に、私と入れ替わるみたいにだよ。
詳しい原理は専門家じゃないから分からないけど、エキゾチック物質の影響で、タイムスリップした者同士ならスマホで連絡を取り合う事が出来るらしいの。
それを応用して、私と御先祖様を各々の時代に送り返す実験が行われるんだけど、実験に必要なタキオン粒子加速器の準備に時間がかかるみたい。
それまでは、修文4年にいる私が御先祖様に成り切り、元化25年にいる御先祖様が私の振りをする事になったんだ。
だから私と御先祖様は定期的にスマホで連絡を取り合い、お互いにやるべき事を確認してるって訳。
いずれにせよ、若い頃の曾御祖母ちゃんとメル友になるだなんて、珍しい事もあるもんだよ。
とは言え、70年近い過去から来た御先祖様を、私こと枚方京花少佐として振る舞わせるのは、色々と不安が残るんだよなぁ…
さすがに両親相手だと、娘が別人と入れ替わった事に気づかれちゃいそうだから、御先祖様は私の実家じゃなくて支局で起居しているみたいだけど。
聞いた話じゃ、御先祖様ったら遊撃服を着ているのにも関わらず、ついつい陸軍式の敬礼をやっちゃうみたいだし…
帰った後にどんな噂話を立てられているか、今から心配だよ…